パトリシアの家
目の前の女性……パトリシアは見た目はとても若く二十代後半くらいにも見えるが中学生以上の子供が二人もいる。生徒会に属していたのは、かなり昔なのだろう。
そういえばチュリッシェが通信が切れる前に「あそこなら多分大丈夫」といっていたのを思い出す。それはつまりこういうことだったのだ。知っていて敢えてシドには教えなかったのだろう。
「それでも、よく分かりましたね」
シドは参りましたと言うように両手を軽く上げる。
「ふふふ、これくらい簡単に分かるわ。修行が足りないわね」
パトリシアはすっかり先輩気分になっているようでシドに向かって得意気に言う。
「それで、どんなシークレットジョブなのかしら。教えてくれたら先輩として力になるわよ」
任せなさいというように胸を叩いて見せるパトリシア。シドは悩んでいた。正直に話すか、誤魔化しながら話すかを。家庭の話というデリケートな話を一生徒である自分が聞くのはいかがなものかと思いながらも、この人を誤魔化すことはできないと思っている自分もいた。
悩んだあげくにシドは正直に話してみることにした。それで話してもらえるかどうかは彼女に任せよう。これは本来知り得なくていいことなのだから。ダメであったら別の方法を考えるまでだ。
「正確にはシークレットジョブではないんです」
そしてシドは話す。今までの経緯を。セスに出会ってから校長との賭けのことまで出来るだけ細かく。
最初はシドが何を話すのかウキウキしていたパトリシアの表情が段々と強張る。シドはいつ追い出されるか冷や冷やしながら穏やかに話を続ける。
幸い、パトリシアはシドを追い出すような真似をすることはなく話を聞いてくれた。
「ということで、僕は今日ここに来ました」
「そうだったのね。またあの男が……」
パトリシアは狼狽したようだった。額に手を当てて首を横に振る。シドは紅茶のカップを彼女に差し出す。それを彼女は静かに喉に流した。
そうして一息ついて彼女はやっと口を開いた。
「ありがとう。それは本当の話なのね」
「はい、残念ながら」
「そうよね、あの男だものね」
パトリシアは何か諦め気味に呟いた。その内情は計り知れなく、シドはこえをかけるが、彼女はそれを遮った。
「あ、あの……」
「大丈夫よ、クラスタはもう知っているの?」
「彼女にはまだなにも伝えていません。この後で会いに行こうとは思っていますが、すべてを伝えるつもりもありません」
クラスタにはこの件を……家族の確執などを話したくはない。あれほど無邪気に校長を慕っている彼女に真実を話すのはあまりに酷すぎる。
「知らなくていいこともありますから」
「あなたは優しいのかしらね」
そう答えたシドに対しパトリシアは表情を緩めて問いかけた。
「いいえ。僕は家族を救えなかった。彼女にはそれを味わわせたくないだけです」
そこでシドははっとする。おかしい、こんなことを言うつもりはなかったのに。ひた隠しにしている気持ちをなぜこの人に言ってしまっているんだ?その一つの可能性をシドは口にする。
「能力?」
「あら、バレちゃった正解よ」
思い付きを口に出しただけだったが、ことの他簡単にパトリシアは言った。
「どんな能力なのか聞いてもいいですか?」
教えてはもらえないだろうから口にしようと思わなかった言葉が次から次へと出てくる。
「さっきからシド君は正直に話すのね。というか、正直に話そうと思っていなくとも話してしまっているでしょう?」
「はい」
「それが私の能力よ。あえて名前をつけるなら正直に話させる能力。嘘やごまかしは私には通じないの。だから、あなたとも安心してお話が出来るの」
それはシドと同じ系統の能力だった。教えてくれたのは理由がつく。知られたところで防ぎようがないと思われているからだ。シドは初めて同じ系統の能力持ちに出会ったことに驚きよりも嬉しさを感じていた。
「そうだったんですね」
「ええ、それを見初められてクーララ家に娶られたのだけれど」
つけ足しをする彼女からは憤りも悲しみも感じられない。ただ事実を述べただけという風だ。
「けど気づくのが早いわね。流石、私の後輩ね。あなたも何か能力を持っているのかしら?」
「どうでしょうね」
「なるほど、もう対処方まで分かっちゃったのね」
今度は本当に感心したようにパトリシアが言った。能力を証したとたんに口を紡ぐものは多くいたが、攻略法を考え会話を試みようとしてきたものは少ない。目の前の彼はそれを容易く行ってくれたのだ。
彼女の能力は相手に嘘をつかせないこと。彼女が能力を使用している間は相手が口に出せることは本心のみとなる。
しかし、嘘をつくことも嘘で誤魔化すこともできないが、はぐらかしてしまうことは出来る。嘘をつかないことと本心を言わないことは同意ではないからだ。それに気づき試してきた少年に彼女は好奇心を抱いた。
彼女がそう思っている時、シドはシドで考えを張り巡らせていた。もちろん彼も能力を使用していた。
だから気づいた。嘘やごまかしは私には通じないと言った彼女にほんの少しだけ思考の乱れがあったのが。なのでシドは彼女の問いを意識してはぐらかして見せたのだ。それは彼のもくろみ通りに言ったが、はぐらかすことは肯定しているのと同じだと思う。あまり意味はない行動に思えたが、彼女は感心したようなのでよしとしよう。
シドにはあまりばれたくない自身の正体という秘密がある。それに関する質問はされないように気を付けようと思った。彼女は能力に関してかなり上手くコントロールしているようだからポロっと本音を言ってしまいかねない。
嘘を見抜く彼と嘘をつかせない彼女。似ているようで非なる能力持ちはお互いの力を正しく表していたのだ。
「ねぇ、シド君。無理だとは思うけれどあまり警戒しないでほしいわ。あなたの疑問にはちゃんと答えるから。こんな能力を使ってしまってなんだけど協力すると言うのは嘘じゃないもの。それが例え身内の問題だとしても」
思考から伝わってくる強い意思からは嘘は感じられない。シドはひとまず彼女のことを信じることにした。
「分かりました。信じます」
「ありがとう」
「いえ、お礼を言うのは僕の方です」
突然来た上に、身内のデリケートな話をしてほしいと無理を頼んでいるのだ。快諾とは言えずとも協力してくれるというのは本当にありがたい。
「何から話そうかしら。シド君はどこまで知っているの?」
「僕が知っていることはあまりありません。セスさんをこちらで保護しているので彼からは話を聞いています」
「一時期、屋敷に来ていたあの子ね。クラスタとフェイロンの兄なら私の息子にあたるのかしら」
楽しそうに彼女は笑う。セスが屋敷にいた平和な日々を思い出しているのかもしれない。
「分かったわ。最初から話しましょう。私が彼、フェルディールと出会ったところから。少し長い話になるけど勘弁してね」
「いえお願いします。ただ、あんまり辛いことならば、省いてくれても構いませんからね」
「シド君は優しいわね。でもそれではダメよ。依頼のためなら人を傷つけることも覚悟しなければならない。それかシークレットジョブよ」
気遣ったつもりが優しく諭されてしまった。確かに彼女のいう通りであるが、傷つかずにすむならその方がいいとシドは思っている。
そんなシドの気持ちを汲んだのか、パトリシアは優しげな目付きで前置きをした。
「そんなに気にしなくとも大丈夫よ。もう昔の話だから」
過去を思い出すように紅茶をコクリと喉に流すパトリシアが語りだすのをシドは無言で待った。
そのカップを置き、悩ましげなため息を小さく吐いた彼女は語り始めた。
「私が彼フェルディールと出会ったのはちょうどあなたくらいの年齢だったわ。高等部の生徒会で一緒に仕事をしていたの」