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偽主  作者: シュカ
103/141

賭けの始まり

「一晩の間本当に世話になった。皆に感謝するぞ」

 

 明くる日の朝食の席。キーツは皆に笑顔を向ける。

 

 「いえいえ、こちらこそ来てくださりありがとうございます。坊っちゃんがご学友を連れて来るのは珍しかったので私共も嬉しく思っております。これからも坊っちゃんをよろしくお願いいたします」

 

 「坊っちゃんの学校の話もいっぱい聞けて楽しかったです。また、来てください!」

 

 朝食の給仕をしていたヘザーとナタリーが口々に言う。やや興奮気味にキーツに詰め寄るナタリーにヘザーは視線で注意を促していた。

 

 「是非また来たいと思う」

 

 キーツの言葉はそんな二人にだけでもなくシドにも向けられていた。それを察したシドも笑顔を浮かべる。

 

 「坊っちゃん方、車の用意が出来やした!ご準備出来やしたらお越しくだせぇ」

 

 「ああ分かった」

 

 席をはずしていたジェイドが朝食の席にやって来てシドとキーツに声をかけた。時計を見るとちょうどいい時間だ。それとなくキーツに声をかけ、持ち物の用意をする。

 

 「それと坊っちゃん。今日はアルベルトが学校まで送りやす。俺はちょっと用を頼まれたもんでして」

 

 申し訳なさそうに言うジェイド。彼は普段運転手としてシドの送迎をしている。最近その役目をアルベルトにとられ気味だったり、シドが歩いて帰ることもあるためか少し不満そうだった。

 

 「そうか。ジェイドの運転する車に乗れないのは残念だが、今日は用事を済ませておいてくれ。明日からはまた僕の送迎を任せるからな」

 

 用事というのはおそらく建前だ。アルベルトはキーツと僕の様子を確かめたかっただけだろう。シドはそう思ったがために、ジェイドにフォローの言葉をかける。

 

 「坊っちゃんの頼みとあらばもちろんでさぁ」

 

 ジェイドはシドから声をかけられて嬉しそうに胸を張った。キーツはそのやり取りを見て小さく微笑んでいたのを隠すように紅茶を飲み席を立った。

 

 「行ってらっしゃいませ」

 

 「行ってくる」

 

 「皆、ありがとう。楽しかったぞ」

 

 ヘザーとナタリー、ジェイドに見送られ、シドとキーツは車に乗り込む。今日はシドも後部座席に座った。

 

 「おはようございます、坊っちゃん、キーツ様」

 

 「おはよう、アルベルト殿」

 

 運転席に座ったアルベルトがミラー越しに挨拶をする。キーツはにこやかに返事をし、シドは軽く頷いた。

 

 「夕べはよく眠れましたか?」

 

 アルベルトが運転を開始する。視線からキーツに向けた問だとは分かった。

 

 「ああ、おかげさまでぐっすりだったぞ。今日は頑張れそうだ」

 

 「それは良かったです」

 

 シドにとっては見慣れた通学路を車は進んでいく。頬杖をつき窓の外を眺めるようにしていたシドにキーツは話しかける。

 

 「いつものシドはそんな感じなのか」

 

 「え、どんな感じですか?」

 

 不意にかけられた声にシドは、はっとして頬杖をつくのを止める。

 

 「大人しいというかぼーっとしてるというか……不機嫌そうな感じか?」

 

 「すみません。油断してました」

 

 無邪気に笑うキーツに対し、シドは気まずそうに居ずまいを正した。

 

 「坊っちゃんは朝に弱いのです。ご不快に思われたのならば申し訳ありません」

 

 シドが困っているのを感じてかアルベルトが運転席で主のフォローを行う。キーツは慌てて手を横にふった。

 

 「いやいや、そうではない。シドはアルベルト殿の前ではありのままでいられるようで良いなと思っただけだ。いつも気を張っているように見えるからな」

 

 尋常ではない観察力を持つキーツでなくともシドと親しくしている人間は少なくとも気にしていることだった。

シド自身薄々気にかけていたことだ。

 

 「……アルベルトは屋敷の中で僕の秘密を知っている唯一の人間ですから」

 

 シドは苦笑いで言う。キーツは嬉しそうに目を細める。

 

 「そうか。そんなありのままの姿を俺の前でもしてくれることに嬉しくなったぞ」

 

 ありのままと言うことを否定しなかったシドに対し、キーツは笑みを深める。その笑顔がいつかの兄に似ていてシドは目を見張った。

 

 (シルヴィアは僕らの前ではよく笑うね)

 

 軟禁され大人の前では常にビクビクとしていたシルヴィアに兄はそう言って笑った。

 

 「……兄……さん」

 

 「シド?」

 

 虚ろな目でキーツに手を伸ばそうとしたシドにキーツは不思議そうに声をかける。

 

 「シド様!」

 

 アルベルトが運転席から少し強めにシドに声をかける。シドはびくっとして伸ばした手を下げた。虚ろな目ももとに戻っていた。そして謝罪の言葉を口にする。

 

 「キーツ先輩、すみません」

 

 「ああ、気にするな」

 

 キーツは得意の観察力と推理力でなにかを察したのか何も聞かず微笑んだ。少しの沈黙の後、シドは口を開く。

 

 「キーツ先輩がさっきおっしゃっていたように、朝はぼーっとしてしまって苦手なんです」

 

 うつ向いたままポツリと呟いたシド。キーツはそんな彼の頭をガシガシと乱暴に撫でた。

 

 「誰にだって苦手なものはある。そんなに気にすることない」

 

 「わっ、キーツ先輩」

 

 乱暴に頭を撫でられ揺れる視界。驚いたシドは声をあげる。

 

 「俺も苦手なものはあるしな」

 

 「キーツ先輩にですか?」

 

 「ああ、俺はな動物が得意ではないのだ。かわいいとは思うが行動が予想できんからな」

 

 あっけらかんといい放つキーツにシドは意外な気持ちになった。正直、この完璧超人に見えた生徒会長が動物が苦手だとは思っても見なかったのだ。

 

 「ティム辺りには言うでないぞ?イタズラのネタにされそうだ」

 

 「あいつならあり得ますね。分かりました」

 

 シドがいつもの調子で苦笑いを浮かべたことで、運転席のアルベルトはホッとした。内心では気にしているかもしれないが、これなら登校してもらっても問題なさそうだ。

 

 「シド様、キーツ様。行ってらっしゃいませ」

 

 「行ってくる」

 

 「ありがとう、アルベルト殿」

 

 校門前につけられた車からシドとキーツは降りる。二人はまっすぐに生徒会室に向かう。

 

 「おはよう」

 

 「おはようございます」

 

 シドとアルベルト以外のメンバーはすでに揃っていた。

 

 「話は昨日していた通りだ。各自動いてくれ」

 

 会長のその言葉を待っていたと言うように生徒会メンバーは動き始める。シドはリャッカに捕まり昨日の話をしていた。キーツはそのどさくさに紛れ来た道を引き返す。ユウリと目が合いアイコンタクトを送ると彼女は静かに頷いた。

 

 「戻ってこられると思いました」

 

 「流石だな」

 

 学園から少し離れた場所に停車された見慣れた車。運転席からアルベルトが降りてきて後部座席のドアを開ける。キーツはそれに従い座る。

 

 「坊っちゃんは中ですか?」

 

 「ああ、しっかり送ってきたぞ。しばらくは出てこないだろう。だからアルベルト殿、教えてくれないか?今朝のシドはどうしたのだ?」

 

 いつになく真剣な顔でキーツはアルベルトに話しかける。アルベルトもそれを話すつもりで待っていたのは分かっている。だからすんなりと彼は口を開いた。

 

 「はい、お教えいたしますよ。簡単に言いますと坊っちゃんはキーツ様にシド様の姿を重ねて見てしまったのです」

 

 キーツが車での間、盗聴がないことや防音を確認したアルベルトはその場から車を動かさない。ただ、静かに話始めた。

 

 「それは俺も何となく理解したつもりだ。朝が弱いと言うのはあのようなことなのか?」

 

 シドもアルベルトもさっきそう言っていたとキーツは指摘する。

 

 「ええ、坊っちゃんは毎晩のように夢にうなされています。それがどんな夢なのかは話たがられませんので存じありませんが、シド様に関することなのでしょう」

 

 「そうだったのか」

 

 「はい。ですので、坊っちゃんは眠りが浅く寝不足気味であられますので朝に弱いのです。そして、今朝はその夢をひきづってしまわれたのでしょう」

 

 「なるほどな。普段からああなのか?」

 

 少なくとも学園にいる間のシドにはそんな様子は見られないとキーツはシドの様子を思い出しながら言った。

 

 「いえ、事件の謎を調べ始めた最初の一月ほどはそんな様子もありましたが、それ以降はあまりありませんでしたね。悪夢からか時々可愛らしい悲鳴をおあげにはなりますが」

 

 「では、俺の宿泊が原因だな」

 

 「坊っちゃんが探しているシド様とキーツ様は年が近いですからね。大方何らかの共通点でも見てしまったのでしょう」

 

 キーツが泊まったことが原因だなと言うのをアルベルトは否定はしなかった。キーツがあくまで事実として確認したから否定しても意味がないと知ってのことだ。

 

 「ではアルベルト殿。なぜ、昨日俺を招いたのだ?こうなる可能性が高いことは分かっていたのだろう。というか、こうなるのを見せるために招いたのか?」

 

 昨日、アルベルトはやや不自然にキーツを招いたのは記憶に新しい。家に送り届ける選択肢かあったのにも関わらずクローバード家に泊まることを提案されたのは嬉しかったが引っ掛かっていた。

 

 「お察しの通りでございます」

 

 「なぜ、俺にそれを?」

 

 「学園の中では私は坊っちゃんについていることは出来ません。ですので、学園の中ではキーツ様に坊っちゃんのことを見ていてほしいとお願いしたいのです。坊っちゃんの正体をいち早く見抜いたあなたに坊っちゃんを託したいのです」

 

 「大袈裟だな。だが、シドは俺にとって大切な後輩だ。アルベルト殿に頼まれなくとも俺は前からそのつもりでいるぞ」

 

 深刻そうなアルベルトにキーツは軽く返した。任せろと言った彼にアルベルトは安心する。

 

 「ありがとうございます。どうかよろしくお願いいたします」

 

 「ああ。話は終わりだろうか?中のことは任せてきたが、シドに勘づかれるとお互い困るだろう。そろそろ戻ろうと思うのだが」

 

 「ええ、私からは以上です。ご足労感謝いたします」

 

 「有意義な時間だった。シドは責任をもって預かるぞ。では、またな」

 

 軽く手を降って車から降りていくキーツをアルベルトは敬意を持って見送る。

 

 坊っちゃんはいい仲間をお持ちになった。アルベルトは一人シドのことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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