三日間のゲーム
「校長先生のお気持ちは充分伝わりました」
決して大きな声ではなかったが、シドの声はよく通った。肯定されたことで校長の勢いがいささか弱まる。
「…そうか、では引き続きシークレットジョブを進めてくれ。奴は君の配下となったんだろう。それならばすぐに終わるはずだ」
不機嫌な声色で校長が命令する。しかし、シドは平然とそれを否定した。
「それはお断りします。彼らは僕の部下としてクローバード社の社員として働いてもらいます」
「この期に及んでまだ言うか!あれは私の者だと言っただろう。ああ、ただでは返せぬと言うことか?…金ならいくらでもやる。だからさっさと奴を返せ!」
額に青筋を立てた校長は再び声を荒らげ腰を浮かせる。シドの臆することない様子にさらに怒りのボルテージが上がったようだ。
「まあまあ校長先生。落ち着いてください。ほら、いったん腰かけてください」
見かねたキーツが取り成すと校長は渋々ながら無言で座った。シドは一瞬キーツと目を合わせる。
「お金なんてとんでもないです。しかし、校長先生は本当にセスのことを欲しているようですね」
「当たり前だ!!」
「それなら僕と賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
話しの流れが変わったのに校長は敏感に反応する。シドはその隙を見逃さない。できるだけ穏やかに見えるように微笑む。
「ええ、校長先生がそんなにセスのことを大事にしているとは思いませんでした。ですが僕も彼のことは必要です。お互い譲れないとなれば何かしらで決着をつける他はないでしょう僕はこういったゲームは好きなんです」
シドの言葉に交渉の余地があると判断したのか校長は苦々しい顔つきではあるが話しは聞いてくれるようだ。
「暴力で決着をつけるのは僕の趣味じゃないですし、何より先生と生徒の立ち位置では不可能です。だから、それ以外の方法で決めませんか?」
「なるほど一理あるね。私が勝てば奴が手に入り、君が勝てばこのままという訳か。奴は元々私のものだ。君にリスクがなさすぎる賭けではないかい?」
怒りに身を任せていた割りに意外と的確なことを言う。だが、それは想定の範囲内だ。せっかく校長が乗ってきたのだ。このチャンスを逃す訳にはいかない。
「それもそうですね。では校長先生、僕が負けた場合の条件を考えてみてください」
シドは挑発するように校長に言った。彼は黙ったままだ。シドはさらに言葉を重ねる。
「僕ができる範囲ならば何でも構いませんよ。私利私欲のために学園の一生徒を黙らせることも校長先生には必要なんでしょう?」
乗ってこいとシドは思いながらも挑発を続ける。
「僕に勝てばセスはあなたのものです。これは言わばゲーム。何を条件にしてもあなたは悪くない。僕が負けたら何でも言うことを聞きますよ。ねっ、校長先生」
とびきりの笑顔を見せるシドに校長は明らかに苛立ったようだ。キーツが何も言わずに静観している。普段の校長ならそこに何らかの疑問を抱き慎重になるだろうが、この時はそれどころではなかった。怒りに任せて言葉を発する。
「言いだろう!大人をバカにすると痛い目に遭うと教えてやる。お前が負けたらセスは私がもらう。それとそうだな…。君の秘密を全校生徒に伝え、その上で退学してもらうことも付け加えようか」
シドの秘密という言葉に反応したのはキーツだ。校長がそれを見抜きニヤリと笑う。
「知らないとでも思ったかい?」
意味ありげに校長は二人の顔を見比べて様子を伺った。
「その様子では、キーツ君も知っているようだね?はっきり言おう。クローバード君、君はうちの生徒ではないね。君はうちの生徒のシド君の兄妹だ」
ピタリと言い当てられてシドは動揺する。
「私が勝てば、うちの学生ではないものが学生の名を語り通っていたこと。その者が生徒会にいたことなどを明るみに出した上で君は退学だ。その条件を飲めるかい?」
シドはうつ向き肩を震わせる。その様子にキーツは心配そうであったが、なにかを話す前に校長が口を開く方が早かった。
「君が復学してすぐに気づいてはいたが、君は一年生の中でも成績がトップクラスだ。その上、クラス委員や生徒会役員を行う優等生だった。どんな目的でそんな真似をしているのかは知らないが大人しくしているようなら目を瞑ろうと思っていた。この手を使うのはもっと別の機会にしたかったんだがね。今回の君の態度は目に余る。ちょうどいい罰になるだろう」
シドは黙って校長の話を聞いている。校長はそうそうと付け加えた。
「もし君がそんな真似をし学園に通っていたことが発覚すれば、お家や会社の方も大変だと思うよ」
校長はだんだんと諭すようにシドに言い始めた。彼としてはシドがこれで折れて、当初の目的通りシークレットジョブを実行してくれたら、それが一番なのだろう。予定通りに行くし、シドの秘密は今後もいくらでも利用できるから。
シドはそれに気づいていた。だから、顔を上げる。
「分かりました。それでいいです」
「なんだと!本当にそれでいいのか?」
今度は校長が動揺する番だった。彼の脳内ではすでにシドが発言を取り消した後のことを思い浮かべていたのだろう。
「僕は校長先生の出した条件を飲みます。校長先生はどうします?僕と賭けをしますか」
「当然だ」
傷ついた様子も動揺した様子もないシドは不敵に校長に挑戦をする。その言い方に校長は乗った。ここで引くのは校長としても大人としても舐められると考えた。
それに個人的にも目の前の生徒に腹を立てていた。この生意気な子供には教育的指導が必要なのだ。そのための罰も勉強の一貫だと自分に言い聞かせた。
「そうですか。では、僕からの条件です。僕が勝った場合はセス達はこのまま働いてもらいます。後は僕の秘密を黙っていてもらうこと、生徒会に手を出さないこと。それでいいですか?」
「ああ、構わない」
シドの出した条件は、校長にとってはなんのリスクもないものだった。否定する必要もない。どうせ私が勝つのだから。
「分かりました。それでは肝心の賭けの内容を考えましょうか」
「それについてだが、クローバード君」
淡々と業務をこなすように進めるシドに、校長は自ら提案をする。
「賭けの内容は何でも構わない。しかし、大人の私と子供の君では平等ではない勝負もあるだろう。ましてや君には事情とやらもあるだろう?」
「まぁ、そうですね」
間の抜けた返事をしたのは、校長からその話が出るのが意外だったからだ。彼のことだから、その差を利用して自分の有利に働くゲームを仕掛けると思ったのだ。
「だから、私は知識や体力を競う賭けは却下する」
これは決定事項だと言うように、校長は余裕たっぷりに宣言をし、異論がないかキーツとシドに確認する。それに対しては二人とも反論などはしない。
「それだとかなり内容は絞られますね」
シドが考え込むような仕草をする。キーツは口を出すべきではないと静観するようだった。
「ああ、そうだね。ここで提案がある。君と私の勝負は宝探しにしないか?もちろん、生徒会の者の協力を得てもいい」
「宝探しですか?」
「そうだ、私にとっての宝物を君が見つければ君の勝ち。見つけられなければ私の勝ちだ。期間は三日間でどうだい?」
それならば確かに、知識量や体力は必要ない。校長が言った通りではある。
「校長先生の宝物とはなんですか?」
「それを探すところからが勝負だよ。君達ならそれも可能だろう」
校長の返答にシドは顔をしかめた。見かねたキーツが口を開く。
「それは…シドの方があまりにも不利ではないですか?」
キーツの指摘にも校長は堂々としたものだ。
「そうかもしれない。しかし賭けを提案してきたのは彼の方だ。私はそれを断り、あれを奪うこともできる。それをせずに付き合うと言っているんだ、これくらいの優遇はされてもいいだろう?それに決めるのはクローバード君だ」
校長は困ったようなシドを見て挑発をする。
「所詮は子供の浅知恵だ。今ならまだ後戻りができる。発言を取り消すならば今だ」
「いえ、その条件でお受けいたします」
「シド!」
シドは間髪いれずに校長との賭けを受け入れた。そんな彼をキーツは短く諌める。
「そうかそうか。では、明日から三日間のうちに私の宝物を探してくれ。四日目の朝、校長室で待っているよ」
「分かりました」
こうして、シドと校長は三日間に渡り宝探しゲームをすることとなった。キーツは片手を顔に当て表情を隠し、シドはうつ向いて校長からは見えないように笑った。