校長の主張
校長とクラスタが席を離れ、シドとキーツが店の中にそのまま残された。ここぞとばかりにキーツが口を開く。
「クラスタは帰宅するようだな。シド、お前の仕業か?」
キーツは質問の体をとっているが、口調は確信しているようだ。
「ええ、ヨシュハに頼んでクラスタに連絡してもらいました。魔道具を購入した時に連絡先は聞いていたので」
「さっき、お手洗いのため席を外した時だな。しかし、よくヨシュハがムウムウを預かっていることを知っていたな」
「文化祭の時、屋上でクラスタが倒れた後、彼がムウムウを見てくれていましたから。ヨシュハの指示をムウムウはちゃんと聞いていましたし、彼もムウムウのことを理解していました。それがなれているようだったから以前聞いたことがあるです。そしたらたまに預かることがあると教えてくれました。だから分かったんですよ」
キーツは知らなかったがシドは中等部の生徒会とも、それなりに交流をしている。情報源は多い方がいいと積極的に関わっていたのが今日は役に立った。
「なるほど、そうだったのか。ヨシュハには今日のことを話したのか?」
「いえ、深くは話してませんよ」
シドはヨシュハに「校長先生とシークレットジョブの話をしたいんだが、その場にクラスタがいる。かなりショックを受ける内容だから、席を外してもらいたいんだがどうしたらいいか?」と問うたのだ。
それに対してヨシュハはタイミングを見てクラスタを呼び出すことを約束してくれた。かわいい後輩にショックを与えるのは彼も嫌がったので、すんなりとのってくれたのだ。
「なんというか、お前が相変わらずで良かったぞ」
校長との直接対決にこの後輩が怯えてたり萎縮してたりしていないかキーツは気にかけていたが、それが全く必要なかったことが分かる。
今日の俺はシドのサポートだ。決して前に出すぎることなく、だが、引くこともなくサポートするのだ。シドは容赦のない男だが甘い部分もある。そこをフォローするのが俺の役割だ。
キーツはそう心に決める。二人がやり取りをしていると、校長が一人で席に戻ってきた。
「クラスタは無事に送ったよ。では、改めて君達の話を聞こうか」
校長の笑顔が笑っていないように見えたのは気のせいではないだろう。クラスタをここで帰すことになったのは彼にとっても計算外だったはずだ。
「はい、ありがとうございます。僕らが受けたシークレットジョブについてご報告があります。キーツ先輩はその付き添いで来てくれました」
「そうか」
そして、シドは話し出す。校長からシークレットジョブを受けた後のことを。リャッカと二人で調査をし、小さな教室を尋ねシェルムに会ったこと。
そして、組織にたどり着きセスと話をしたこと。その後、組織のものにシドがさらわれたこと。その結果でもないが、彼らの組織がクローバード家の配下になったこと。
もちろん全てではない。人の名前はぼかしたり、セスの過去を知ったこともまだ言わない。その辺りは校長の様子を見て小出しにする。
「…私が頼んだシークレットジョブはそのような内容ではなかったな。私は君とリャッカ君に組織を潰してくれと依頼したはずだ」
校長の笑顔が目に見えてひきつる。シドはそれに対しても気圧されることなく言葉を紡ぎだす。
「校長先生の言う通り組織は潰しました。悪いことをしたものも今頃は自分の罪と向き合っていることでしょう」
「だけど、君は君の家の会社でその組織のものを雇っていると言ったろう」
「僕はただ組織が解体され、行き場のなくなった彼らの受け入れ先を提供しただけです。組織の中には幼い子供もいましたし、受け皿は必要でしょう」
シドは冷静そのもので説明をするが、キーツは内心はらはらしていた。校長の体がワナワナと震えていたからだ。
「ふざけるな!!!」
店に響き渡るような大声で校長は怒鳴った。何事かと店員がのぞきに来る。校長は我に返って謝る。店員が出ていくと、明らかに怒りを含んだ低い声で校長は言う。
「私の依頼は組織を潰すことだ。潰した後に復活させたからいいと言うのか?それは屁理屈だ。あまり大人をバカにするな」
店の中だというのを意識してか校長は大声は出さない。だが、その言葉一つ一つからシドに対しての怒りを感じる。校長はキーツに向き直る。
「キーツ君もこの事を知っていたのだね?」
「はい」
校長の問いにキーツは頷く。さすがにへらっとした笑みは浮かべていない。
「この際なぜ君がクローバード君達に依頼したシークレットジョブを知っているかはおいておこう。しかし、知っていながらなぜ放置していた。君ならば後輩がやり過ぎな行動をしたことも分かるだろう」
君らしくもないと校長が吐き捨てるように言う。キーツはさほど考える様子もなく口を開く。
「校長先生のおっしゃることも俺には分かります。しかし、シドが行ったことは問題があるとは思えません。罪を犯した物ならともかく幼い子供まで路頭に迷わせる真似は俺にだって出来ないですから」
キーツからそんな反論が出るとは思っていなかったのか校長は目を見開く。そして、苦々しげにキーツとシドの二人を見た。
「あ、あの、僕がやったことは校長先生にとってまずかったんですね。だけど、何が悪かったのか分かりません。教えてくれませんか?」
ここでシドが若干しどろもどろになりながら発言する。キーツにはそれが演技だと分かっており、その度胸に呆れすら覚えた。
校長はしばらく黙っていた。安易にのせられるタイプではないようだ。話すべきことを選んでいるようにも見える。
「この場で君に嘘をつくのは無謀なことだ。はっきり聞こう。君たちはどこまで知っている」
校長はもう態度を取り繕うこともない。非常にめんどくさそうな口調でシドに問うた。校長も学園に報告されてある書類からシドの能力を知っている。それを承知なのでシドは遠慮なく能力を使用する。
「先程、校長先生にご報告したことくらいです」
シドはそう言ってはぐらかす。校長が深く息を吸うのを感じる。怒鳴る前触れだと思ったが、そこは寸前で押さえてくれたようだ。
「長いこと教職についているが君のような生徒は初めてだよ。その狡猾さも傲慢さも自信もどこから出てくるのやら」
怒鳴る代わりに校長はため息と共にそんなセリフを呟く。
「私はね、君達のことを軽く見ている気はない。そちらにはリャッカ君もユースフォルト君もいる。他の子達も皆優秀だ。その程度の情報で私に直談判しに来たわけではないだろう」
シドは認識を改める。校長は思ったよりも手強いと。生徒会を子供の集団だと軽んじるのではなく、実力者の集まりと分かっていて警戒しているのだ。嘗めてかかられた方が相手の隙をつける分楽だったのに、これは手強い相手になる。
「校長先生と組織のボスであったセスさんとの間には色々とあったようですね」
セスの名を出すと、校長は忌々しげに顔をしかめた。
「随分と懐かしい名前を出すものだ。君達のことだ。私達の関係も把握されているんだろう?」
シドはそれには答えなかった。だが、答えなかったことを校長は肯定だと受け取った。
「知っているのならば話は早い。奴は私達の家を…屋敷を乗っ取り、訳の分からぬ者達の溜まり場としているのだ。あのような蛮行を許すわけには行かない」
校長はギリギリと拳を握る。それがセスに対してどれ程の憎しみを抱いているのか感じさせる。
「だから、だから私は身内として奴の行いをただす必要がある。組織を潰せば奴は私のもとに戻ってくるしかなかったのだ。そして、ゆくゆくは我がクーララ家の跡取りとして家を繁栄するのに死力を尽くさせるはずだった。それをお前は…奴を雇っただと?あれは私の者だ!横取りなどさせぬわ!」
校長の怒りが上がっていくにつれ、逆にシドはどんどんと冷静になっていった。
結局のところ、校長がなぜこんなシークレットジョブをけしかけたかというと、セスを自分のもとに戻すためだった。
その姿はセスの身を心配してだとか、家族として暮らしたいだとかいう祖父ではなく、ただ自分の理想に取りつかれ妄執している哀れな老人のものだった。
この男はとことん自分のことしか考えていないのだ。