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三種の神器

 「天皇様が天皇様であるためのあかしで最も大事なものは・・・」咲姫さきがここまで言うと、神田かみたは、

 「三種の神器さんしゅのじんぎだろ」と、先に口にした。


 「そう。天孫降臨てんそんこうりん、つまり、ご皇室のご祖先様が朝鮮半島から日本へ来るときに、天照大御神あまてるおおみのかみが孫の邇邇芸命ににぎのみことに与えた身分証明書みたいなものね」


 「八咫鏡やたのかがみ草薙くさなぎつるぎ八坂瓊曲玉やさかのまがたまだ・・・ね」神田は膝を組みなおした。


 「この鏡、剣、玉、って聞いて、何か思いつかない?」咲姫が再び神田に問いかけた。

 「ん?・・・」咲姫さきの問いかけに右肘みぎひじをテーブルの上に置き、体を咲姫のほうへ向けた。

 咲姫さきは続けて、

 「天皇様のご先祖様が朝鮮半島からこの日本へやって来る最初の難関はなんだと思う?」と神田に微笑みながら尋ねた。


 「最初の難関?・・・それは、玄界灘げんかいなだだろうな。俺も何年か前に韓国へフェリーで渡ったことがあるけど、それは、穏やかな瀬戸内海とは大きな違いがあるよ」と、地理的なことしか思い浮かばず、それを口にした。


 「でしょ。おそらく、彼らが初めて瀬戸内海を見たときには、鏡のようだ、と思ったでしょうね」

 咲姫の考えもまた、意外にも、神田と同じ考えであった。

 咲姫は間合いをおかずに、

 「そして、山から取れる石を材料にした勾玉まがたま」と、続けた。

 「!」

 「草薙のくさなぎのつるぎ日本武尊やまとたけるのみことが焼津の草原で敵に火を放たれ危機に陥った時に、草をぎ払ってその危機を脱したお話があるでしょ。その時の剣が草薙のくさなぎのつるぎ

 「ぎ払う、つまり、平定っていうことか」

 「三種の神器さんしゅのじんぎの、鏡は海、勾玉まがたまは山、つるぎは里、と、ぴったり重なり合うのよ」



 咲姫は、

 「三種の神器さんしゅのじんぎは、日本の支配者の証明書であると同時にそこには海、山、里を支配下におさめようとする強い思いが込められていると思うの」と、もはや、推測ではなく、事実であるかのようにはっきりとした口調で言った。

 「うーん、すると、鏡の宮島、勾玉まがたまの富士山、そしてつるぎは・・・」と、神田が口にした疑問に咲姫は、

 「草薙のくさなぎのつるぎ熱田神宮あつたじんぐうにご神体しんたいとしてまつられているわ」と、幾分緊張した顔で言った。

 「あっ!!」思わず声が出た。そうだった、神田は、そのつるぎは、終戦後、占領軍による没収を恐れて、一時、密かに別の場所に移されていた時期があった、という噂を聞いたことがある。

 

 咲姫さきは、テーブルの上のグラスに手をかけ、

 「そして、これらの神社に共通することは、厳島神社いつくしまじんじゃ富士山本宮浅間大社ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ、そして、熱田神宮あつたじんぐう宮司ぐうじは、日本の神社の三大宮司なの」と、そのグラスを持ち上げた。

 「なんだって!」

 「しかも、頼朝の母親は熱田神宮の宮司の娘なのよ」と、神田のほうに向け、乾杯の仕草をした。


 「あっ、そういえば、熱田神宮の大宮司は藤原季範ふじわらのすえのりだったね」そうだった、神田は組んだ膝頭を、ポン、と叩いた。


 確かに、頼朝は父、源義朝みなもとのよしともと、藤原季範ふじわらのすえのりの娘の由良御前ゆらごぜんに生まれた子だ。しかも、義経とは違い、母親は頼朝の正室、いわば、正真正銘の源氏の直系になる。


 「日本の、いわばトップ3のひとりの宮司の娘が頼朝の母親かぁ。しかも、海と山に加えて里を平定する意味のある草薙くさなぎの剣がまつられている、となると、なるほど、咲姫さきちゃんの言う通り、三本目の鉄の棒は、熱田神宮に隠されている可能性が高いね」神田は、咲姫の推理の鋭さに驚いた。




 「それと、今思い出したわ」咲姫は背中をそらせ、

 「頼朝が源氏の再興さいこうを願って足しげく通った三嶋大社の中には、頼朝の妻の北条政子が深く信仰していた厳島神社があるのよ」と、以前、剣道大会が開かれた時に立ち寄った大社の姿を思い浮かべながら言った。


 「これはもう決まりだな」神田は、富士山本宮浅間大社ふじさんほんぐうせんげんたいしゃにも厳島神社があったことを思い出した。


神田かみたが、グラスを持ち、咲姫さきとキャシーの方にささげ、乾杯の仕草を取ると、咲姫も再びグラスを持ちグラスを上げた。

 キャシーも、よくは分からないまま、にこりと微笑み、グラスを上げ、三人は、コチ、コチ、と、グラスを鳴らした。

 三人はカラン、と、氷を鳴らし、それぞれのグラスを空にした。


 女将が、

 「問題解決ですか?」と声をかけた。

 神田は、苦笑いをしながら、

 「そう願いたいところですが、次の問題が・・・」と言うと、咲姫のほうを向いて、

 「咲姫さきちゃん、最初に言った、頼朝が恐れていたのが義経だって件を聞かせてくれよ」そう言うと、女将に向かって、

 「あ、女将さん、茄子なす茗荷みょうがのすまし汁と炊き込みご飯を」と、最初に咲姫が注文しようとしたメニューを頼んだ。

 「はい、承知いたしました」女将は、空になった器を盆に載せ下がった。


 神田は、「次々と疑問が浮かび上がってくるが、咲姫は、神田の考えのはるか先が見えているのだろう」と思った。

 そして、次の疑問を口にした。

 「頼朝、義経兄弟の確執は確かにあったと思う。頼朝は義経の人気に嫉妬しっとし、義経の天才的な知略を恐れたのは確かだろう。頼朝にしてみれば、自分は正室の長男、義経はめかけの子。その妾の子が自分よりも人気が出てきたのは面白くないだろう、とは想像できる。でもそれが今回の三本の鉄の棒にどう関わってくるんだい?」

 「さあ、ここからがこの問題の核心ね」咲姫は正座をしたままテーブルの方へ少しにじり寄った。

 「さっき、ご主人が、三本の矢、と言えば、毛利元就もうりもとなり様だ、と言われたでしょ。それを聞いて、ぱっ、と、ひらめいたの」そう、やや大きな声で首を伸ばし、カウンターの中の鉄に聞こえるように言った。


 「へへ、そりゃ、面目ねえ」鉄は背筋を伸ばし、座敷のほうを向いて、笑顔で頭を下げた。


 「神田かみた君が言ったように、義経は、次々と平家軍を打ち負かし、民衆の人気もうなぎのぼりになり、後白河法皇ごしらかわほうおうも義経びいきになってしまったでしょ」

 確かに、法皇は義経に次々と官職を与えている。

 「法皇の、義経と頼朝の仲を裂く作戦だったようだけどね」

 「そうね。頼朝の義経に対するライバル心をうまく利用した法皇の作戦勝ちってとこね」


 「法皇は頼朝を牽制けんせいするために純な義経をうまく利用したのだろうな」

 「それはともかく、義経が最終的に壇ノ浦の戦いで平氏一門を滅ぼすと、頼朝は考えたのよね。このまま義経が力を蓄えたまま、法皇の後ろ盾を元に奥州の藤原一門と手を組んだら、自分自身が危ない、と」




 「そして、義経が壇ノ浦の戦いで捕虜にした平宗盛たいらのむねもりを連れて鎌倉に入ろうとした時には、頼朝は義経に鎌倉入りを許さなかったのよね」咲姫はほんの一瞬まぶたを閉じた。

 「ああ、義経にしてみれば、兄の頼朝からどうして嫌われるのか分からず悩んだだろうね」神田はそう言うと、唇を一文字に結んだ。

 「そこで、義経は、頼朝に対する忠誠心や、弟として兄に対する心情を文書にして、頼朝の参謀に、頼朝との仲のとりなしを頼んだわけね」咲姫は右手でペンを持つ格好をした。


 「それが有名な腰越状こしごえじょうだね。今も下書きが残ってて、それを読むと、義経の純真な心が伝わってくるよ。もし、頼朝がそれを読んでいたら、歴史は変わっていたかもしれないね」神田は咲姫の同意を求めるように咲姫の顔を見た。

 咲姫は神田の視線を頬で受けながら軽くうなづいた。

 「ところが、その文書は、握りつぶされ、頼朝に義経の気持ちは伝わらなかったんだからね。かわいそうなもんだよ」神田は首を振った。


 「その文書を握りつぶしたのが大江広元おおえのひろもと、毛利元就のご先祖様よ」咲姫は、やや強い口調でそう言うと神田の顔を見た。

 「そうか!そうだったね」

 神田かみたは、この店の主人、鉄が言った、三本の矢といえば毛利元就様だ、という言葉から、一挙にここまで推理の枠を広げ、からんだ糸をほどいていく咲姫さきの推理に驚いた。

 そして、咲姫が、三本の鉄の棒をめぐって、謎の大男と中国との関わり等、複雑に絡み合った糸を、一本一本ほどいていることを感じていた。


 神田は、今回の事件により、今までは見過ごされてきた、日本の陰の歴史の一部に光をあてることが出来るのではないか。また、その一方で、このまま行くと、現在の国際政治の闇の中でうごめいている得体の知れない何かに、自分達が巻き込まれるのではないかという漠然ばくぜんとした不安が湧き起こってきた。


 「もう、このあたりで手を引いた方が無難かもしれない」神田はそう思い始めていた。


 しかし、歴史の糸はすでに神田や咲姫、キャシーまでにも絡まり始めていた。

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