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三本の矢

 「ああ、そうだわね。広島で三本の矢、サンフレッチェ、っていえば、毛利元就もうりもとなりよね。ご主人のおっしゃる通りだわ。ご主人、ありがとうございます」咲姫さきはカウンターの中の鉄に向かって、にこりと微笑ほほえみお辞儀をした。


 「へへ、こりゃ、面目ねえ。おい、おとみ、聞いたか。ちったー、亭主をうやまえってこった」鉄は冗談ぽく腕組みをして胸をそらした。

 「まあ、あんたもすぐ調子に乗ってホホホ」と、女将は咲姫に向かって笑った。

 キャシーもその様子を見て笑顔を浮かべてた。


 「毛利元就もうりもとなり、三本の矢、源頼朝みなもとのとりとも、・・・」咲姫さきにはこれらをつなぐ細い線が見えてきた。


 「お待たせをいたしました」女将おかみが料理と酒を運んできた。

 「ワオー、これもおいしそうですね」キャシーは目を丸くしてさっそく料理にはしをつけようとしている。

 

 「神田かみた君、分かってきたわ。頼朝が何を怖がっていたのか」咲姫は、ずっと遠くを見つめるような目をして考えをまとめようとしている。


 毛利元就がどう関係してくるというのだろう?神田にはからんだ糸にもう1本の新しい糸が絡まり始めたとしか思えなかった。


 「神田君、頼朝の敵は誰だった?」

 「そりゃあ、平清盛たいらのきよもりだろう」神田は料理に箸をつけながら言った。


 「そうね。それと、頼朝が恐れた人物がもう一人いるわ」

 「え、誰?」

 「義経よ」

 神田の頭の中で、糸はますます絡まり始めていた。




 「義経?しかし・・・」神田の言葉をさえぎって咲姫は続けた。

 「そう。義経よ。それと、もうひとつ聞いてもいい?東の富士山と西の宮島に三本の矢のうち二本が隠されていたわね」咲姫は膝を少しくずし、神田の顔を見た。

 「ああ、東と西、山と海の支配を目的としたと言うのが俺たちの今までの推理だったけど」そこから先がわからないんだ、と神田は思った。

 「じゃあ、もう簡単じゃない? 残りの一本の隠し場所はどこか」咲姫は、にこり、と笑った。

 「何言ってるんだよ。簡単じゃないから悩んでるんだよ」神田は口をいくぶんとがらせて言った。

 「山、海、そして肝心なものが抜けていたわ」

 「肝心なもの?なんだい、それは?」


 キャシーが山や海という言葉を聞いて話に入ってきた。

 「日本の海はきれいですね。瀬戸内海のインランドシーは、小さな島がたくさんあって、本当に綺麗きれいです。それに飛行機から見えた富士山は本当に美しかったです。緑におおわれた陸地に、スッ、と立つ・・・」神田かみたは、キャシーの言った「陸」と言う言葉を聞くと、

 「陸!! そうか、里だ。山、海、里。この3つを支配してこそ日本の完全な支配になる」神田は目を見開いた。一挙に、目の前のベールが開かれた感じがした。


  咲姫は、「当たり」、というように右手の人差し指をたてて竹刀を振る格好をした。

 「そうよ。山、海、里、これらを支配することが日本を支配することになるのよ」


 神田は咲姫の推理は真実に近付いていることを感じた。そして、

 「山の民を支配する象徴が富士山、海の民を支配する象徴が宮島、じゃあ、里の民を支配するには・・・」うーん、と神田はうなった。


 「どこを押さえればいいだろう・・・」そこまで言った時、

 「あっ、京都御所きょうとごしょだ。天皇の住まいを押さえれば、これは間違いなく日本を支配することになる」神田はさらに目を見開いて咲姫を見た。


 「そうね。でもちょっと待って。源氏も平氏もルーツをたどれば天皇家へつながるでしょ」咲姫は頬杖をついて横目で神田を見た。そして、

 「頼朝にとって、京都御所は天皇家の住まい、単なるからにしか思えなかったのじゃないかしら。中身はもっと違うところにあると考えたと思うわ。」咲姫さきは箸を取って、折湯葉おりゆばの煮物をつまんだ。

 それを聞いていたキャシーが、

 「源氏も平氏もサムライではないのですか?」と、不思議そうな顔をして、咲姫さきに尋ねた。

 「そう、サムライよ。でもね、もともとは皇族の一員だったのよ。天皇は、その家系を未来永劫みらいえいごう存続させるために、妻をたくさん持っていたの。そのほうが、家系の断絶を防ぐことが出来るでしょ」咲姫はキャシーの顔をのぞき込むようにして言った。


 「おー、それは良くないですね」キャシーはまゆをひそめて、首を何度も振った。

 「そうね。でも、そうしなければ天皇家は続かなかったでしょうね。で、そうするうちに、皇族の人数がどんどん増えて、逆に、財政を圧迫し始めたの。それで、皇族のうちから、臣籍降下しんせきこうか、といって、皇族の身分から離れた一族が発生したのよ」

 「それが源氏と平氏なのですね」キャシーは大きくうなずいた。

 「だから、頼朝自身、自分のルーツは天皇にあると思っていたでしょうから、御所はそれほど重要な場所としては思ってなかったのじゃないかしら」

 「なるほど」神田は咲姫の次の言葉を待った。




 「だから、頼朝は、京都御所は天皇家の住まい、単なるからにすぎず、本当に大切なものは、もっと違うところにあると考えたんじゃないかしら」咲姫さきは折湯葉の煮物を一つ口に入れ、「まあ、おいしい」と、小さく言った。

 

 「というと?」神田は咲姫の口元を見つめた。

 「だって、富士山は木花咲耶姫このはなさくやひめ、宮島は、市杵島姫いちきしまひめ この二柱ふたはしらの神がかかわっているのよ。残るもう一か所も、もっと天皇家のルーツに関わるところだと思うわ」咲姫のこの言葉に、

 「ルーツ?天皇の祖先ということ?」神田は手にグラスを持ったまま動きを止めた。


神田は、ルーツと言う言葉で新聞記事を思い出した。

 「そう言えば、この前の日韓共催のワールドカップを控えて、天皇ご自身が、朝鮮半島出身だってことを、ついに、言ってしまったね」

 「そう、あれは、かなり大きなご発言だと思うわ。ご自身の先祖が朝鮮半島にあることをはっきりおっしゃったんですものね」咲姫も大きく頷いた。


 「そのことにも後で関係してくると思うけど、とりあえずはもう一か所はどこか、の問題よ。それは、天皇家は万世一系ばんせいいっけいとして連綿として続いてることを国中に知らしめることが出来る、その大元、ルーツに関わりがあるところよ」

 「国中の人達が、ここは天皇の祖先と深い関わりがあるところだ、と、知っているいるところ、ということになるな」そうすると、一か所しかないな、と神田は思い、女将のほうに向かって、グラスを持ち上げて指を3本立てた。

 「はい、おかわりですね」女将おかみは頷いた。


 「天皇様の祖先に深く関わっているところね。鉄の棒の、残された一本はそこにあると思うわ」咲姫も、グイッ、とグラスを空けた。

 「そうなると、意外と簡単だね。もうひとつしかないよ」神田の声は自然と大きくなった。

 「どこだと思っているの?」

 「伊勢神宮だ」神田はそう言うと、かぶのクリーム煮を口に放り込んだ。そして、

 「何しろ、天皇の祖先の天照大御神あまてるおおみのかみまつっているいにしえからの神社だし、天皇の祖先と深く関わっている神社と言えば神宮じんぐう、一般には、伊勢神宮いせじんぐうと呼ばれているけど、そこしかないだろ」と、自信をこめて言った。


 「それに、富士山の木花咲耶姫このはなさくやひめ、宮島の、市杵嶋姫いちきしまひめ、そして、同じく女性の神様の天照大御神あまてるおおみのかみ、この三柱の神様は、古代史の中でも女神トップ3といってもいいんじゃないかな。だとすると、例の鉄の棒はここに隠されているとしか考えられないだろう」と一気に考えを述べた。




 「お待たせいたしました」女将が新しいグラスを運んできた。女将はグラスを置きながら、

 「あの、神田さん。私たち、次に出雲いずもへ行ったときは八重垣神社やえがきじんじゃをお参りしたいと思っているんですけどね、八重垣神社やえがきじんじゃには、壁画があるらしいですよ」と、言った。

 「壁画?」神田は聞き返した。

 「ええ。八重垣神社には、天照大御神あまてるおおみのかみ市杵嶋姫いちきしまひめ、が一緒に描かれている壁画があるらしいですよ」女将は空になったグラスを片付けながらそう言った。


 「ああ、そうだったわ。確か国の重要文化財に指定されているわ」咲姫も思い出したように言った。

 「市杵嶋姫いちきしまひめ天照大御神あまてるおおみのかみめいっ子だし、木花咲耶姫このはなさくやひめは天照大御神の孫のお嫁さんだよね」神田かみたも、自分で、そうだ、そうだ、というようにうなづきながらグラスを持ち上げ一口飲んだ。


 「そう、この三柱みはしらの女神は非常に近い間柄になるわ」

 「そうすると、宮島、富士山、伊勢神宮。これらの間にはなんらかの関係があって、これらの神々に頼朝は日本支配のがんをかけたということだね」神田は膝を組みなおした。


 「女将さん、ありがとうございます。問題が解決しそうですよ」神田は両手を膝頭に置き、頭を下げた。

 「あら、そうですか。お力になれてよかったです」女将もうれしそうに笑った。しかし、咲姫は、

 「ありがとうございました。でも、神田君、私の考えは違うのよ」と、神田を見た。

 「え?違う?」




 そこへキャシーが、

 「あの・・・」と、遠慮がちに話しに入ってきた。

 「日本人は、天皇の祖先が神様だと本当に思っているのですか?」

 「それは微妙な質問ね」と、咲姫はちょっと困った顔をした。

 「日本人にとっては神=(いくおーる)GODゴッドではないのよ」と、神田を、同意を求めるように見た。

 「そうだね。日本人にとって、神様はどこにでもいるからね。木に宿ったり、山だったり。火を使う台所には「荒神様」、田や畑には「水分神みくまりのかみ」、トイレにも神様はいるんですよ。GODという観念とは違うと思いますね。神様をGODと訳すのはやめた方がいいよね」と、今度は神田が咲姫を見た。咲姫も、そう、そう、という感じでうなづいた。


 キャシーは、ますます混乱した、という顔になった。


 「そして、日本人の宗教観では、神様は神であると同時に人間なんですよ」

 「神で人間?」キャシーは不思議そうな顔をした。

 「分かりにくいと思うけど、日本人にとっては亡くなった人は神様になるという考えがあるんですよ」神田は、なるべく分かり易いように話さなければ、と思った。

 「日本には、実在の人物をおまつりした神社がたくさんあってね、吉田松陰よしだしょういんをお祀りした松蔭神社しょういんじんじゃとか、菅原道真をお祀りした防府天満宮とかね」

 「はい。宮島の清盛神社。私もお参りしました」キャシーは、なるほど、という顔をした。

 「でも、その神と人間の境が曖昧あいまいなところがよその国の人にとっては極めて理解しにくいんだと思いますね。同じ顔や肌の色をし、一部では文化を共有しているアジアの国々の人でさえ理解するのは難しいんですから」と、いくぶん声を落として言った。


 神田のその言葉を説明するように、咲姫は、

 「そのために、いまだに問題が起きているでしょ。神社に参拝するのはけしからんとか。これはある意味、今までの日本は経済中心の輸出にかたよりすぎていたからだと思うわ。これからは、日本の伝統や文化、芸術の広報がいかに大事かって事ね。もちろん日本人の宗教観の広報も含めてね」と、キャシーの顔を見て言った。

 「咲姫さき、ありがとう。日本の文化は難しいですね。ごめんなさい。お話の途中で」キャシーは咲姫の肩に手を置いた。

 「いいのよ。ひとりでも多くの人に日本のことを理解してもらわなきゃ、これからの世界で日本は孤立してしまうわ。それに、キャシーの今の質問は、私の考えの基本なのよ」そう言うと、改めて神田を見た。


 咲姫は一体何を言おうとしているのだろうか、と神田は思った。

 「神宮(伊勢神宮)には確かに、天照大御神あまてるおおみのかみがお祭りしてあるし、天皇様のご先祖をおまつりしてあるということで、昔から多くの人達の崇拝をあつめているわね」神田は、残ったかぶのクリーム煮を口に入れた。


 「でもね、私の考えは、前にも言ったように、神社信仰の基本は、お墓参りにあるということなの」

 「ああ、咲姫さきちゃんの考え方を聞いて、なるほどと思ったよ。確かに、普段は仏壇や神棚に手を合わせていても、肝心な時、お盆とか、お正月とかにはお墓参りをするものなぁ」グラスの酒を一口飲んで、椎茸のみぞれ豆腐に箸をつけた。

 「でしょ?伊勢神宮はお墓じゃなくて天皇様にとっては神棚なのよ」咲姫はグラスを手にしたまま話を続けた。

 「キャシーの言うように、天照大御神あまてるおおみのかみを神としてお祀りしてあるのが伊勢神宮じゃないかと思うの」そして、

 「天皇様の人間としてのご先祖様が祀られてはいないのじゃないかしら?」と、神田がビックリするようなことを口にした。

 「じゃあ、咲姫さきちゃんは、伊勢神宮は、その・・・単なる神棚で、本当のお墓は他にあるって言いたいのかい?」

 「そう」咲姫は瞳を輝かせた。

 「ほら、最近の研究では、エジプトのピラミッドはお墓じゃないってことが分かってきたでしょ」


 神田かみたは、そういう説が主流になりつつあることは聞いていたが、すでに定説になっていることをこの時初めて知った。

 「それと同じことよ。ピラミッドもお墓じゃなく神棚だと思うわ」

 咲姫は瞳を輝かせ確信に満ちた口調で、

 「王のお墓は別のところにあるはずよ。その発見はそんなに遠くのことじゃないと思うわ」と言った。


 神田はそんな突拍子もないことは、これまで考えたこともなかった。それに、伊勢神宮とピラミッドを結びつけることなどは思いも寄らなかった。


 伊勢神宮には、毎年、何十万人もの人たちが初詣はつもうでに訪れる。咲姫の説だと、彼らは、単なる神棚にお参りしていることになる。

 しかし、咲姫の口調からは確信に満ちたものが感じられた。

 「うーん・・・。で、それは、その、天皇のお墓はどこに?」神田には思い浮かばなかった。


 「宇佐神宮よ」咲姫は少し口元に笑みを浮かべて言った。

 「大分県の宇佐神宮?」

 「そう。今も、皇太子様の跡を継ぐ皇位継承問題で、国会でも、もめているけど、八世紀にも、時の天皇、称徳女帝が皇位を弓削道鏡ゆげのどうきょうに譲ろうとした時、それが正しいかどうか神のお言葉を聞くために、わざわざ、大分県の宇佐八幡神宮に和気清麻呂わけのきよまろが出向いたっていう話、知ってる?」咲姫はやや首を傾げて神田を見た。


 「ああ、宇佐八幡神託事件うさはちまんしんたくじけん、とか、道鏡事件どうきょうじけん、とか言われているやつだね」歴史上有名な事件だ。

 「おかしいと思わない?伊勢神宮に行かずに、わざわざ遠くの宇佐神宮に行ったのよ」

 「そういえば、確かに変だな。当時の天皇は奈良に居たんだから、それこそ目と鼻の先の伊勢神宮におうかがいを立てるのが普通だなぁ」と、神田は首をひねった。

 「そうでしょ。それなのに何故、宇佐神宮へ和気清麻呂わけのきよまろを向かわせたか。それは、宇佐神宮が天皇家にとってのお墓だからだと思うわ」




 「宇佐神宮のご祭神は、一之御殿いちのごてんに八幡大神 (はちまんおおかみ)、応神天皇おうじんてんのう、二之御殿に比売大神ひめおおかみ、三之御殿に神功皇后じんぐうこうごうがおまつりしてあるのよ」

 神田は、さすがに咲姫は神社に関して詳しいな、と思った。


 「そして、ここで問題なのは、参拝の方法なの」咲姫はここでグラスの酒を一口飲んだ。

 「宇佐神宮の参拝方法は、出雲大社と同じなのよ」

 「え? じゃあ、例の四拍手、ってことかい?」神田は咲姫の言った四拍手は「死」を知らしめるためのものだと言った言葉を思い出した。

 「そうなの。全国でも、出雲大社と宇佐神宮だけなのよ」


 「では、誰を閉じ込めているのですか?」ふたりの話を聞いていたキャシーは興味深そうに尋ねた。


 「おそらく、比売大神ひめおおかみだと思うわ。だって、二之御殿と言って順位は二番目のように見せかけているけど、実質は真ん中で、中心になっているものね」咲姫は左手の指を三本たて、右手の人差し指で、三本の指の真ん中を指した。

 「つまり、比売大神ひめおおかみの霊を閉じ込めてるってことかい?」神田の眉間には自然と皺が寄った。

 「そうとしか考えられないわね。宇佐神宮と出雲大社に共通して言えることは、比売大神ひめおおかみ大国主命おおくにぬしのみことは二人とも殺されてまつられた、ということだから」咲姫さきはサラリと言ってのけた。

 「殺された?」神田は持ち上げたグラスを途中で止めテーブルにおろした。

 「そう。大国主命も比売大神ひめおおかみも、新しく日本にやってきた天照大御神あまてるおおみのかみの系列の民族に殺されたと思うの」咲姫はグラスに軽く唇をあてた。


 「いや、しかし、比売大神ひめおおかみ卑弥呼ひみこ、すなわち天照大御神と同じだというのが現在、一般的な説だろ?そうするとおかしくないかい?卑弥呼を神に仕える神聖な巫女みことして尊敬こそすれ、殺すなんてことは・・・」


 「天照大御神あまてるおおみのかみの岩戸隠れの伝説は比売大神ひめおおかみつまり卑弥呼の霊力の衰えによって、暗闇のごとくに国が乱れた、ということを暗示しているのだと思うわ。実際に天文学者の計算では、同時期に皆既日食が起こっていると言う事実もあるし」ここまで言って、神田の顔を見て、さらに続けた。

 「何人かの学者や小説家も、同じようなことを発表しているわ。私の考えと少し違うけど」

 「つまり、国が乱れ、そこへもってきて、日蝕という、今まで経験したこともない天変地異が起こり、当時の人たちは、これは卑弥呼ひみこの力の衰えが原因だ、と考えたということかい?」神田も軽く一口酒を飲んだ。


 「そう。当時の人たちにとって、日蝕なんていうのは、それこそ、この世の終わりほどに感じたのじゃないかしら」咲姫はキャシーの方を向いて、でしょ?という顔をした。

 「そして、卑弥呼に代わる、あらたな霊力を備えた人物を求めた、ということか」そういう解釈もできるな、と、神田は思った。

 「だから、当時の人たちは、卑弥呼に再び復活してもらいたくないと思ったでしょうね。卑弥呼が、混乱や天変地異の原因だと思ったのだから」と、今度は神田の顔を覗き込んだ。


 「だから、もう出てこないでください、と、四拍手をするという訳か」そう言って神田はグッ、と酒を空けた。


 「卑弥呼の後継者のことは、中国の歴史書、魏志倭人伝にも書かれているでしょ」

 「ああ、確か、卑弥呼の後継は台与とよだったね」神田も何度目かの邪馬台国ブームの学生時代に呼んだ記憶がある。

 



 「それよ」咲姫さきは、グラスを持った右手の人差し指を立て、神田に向けた。

 「ん?それって?」

 「台与とよよ。伊勢神宮の内宮のご祭神は天照大御神あまてるおおみのかみ、外宮のご祭神は豊受神とようけのかみなの」

 「トヨ!」


 「つまり、伊勢神宮には卑弥呼と、その後継者である台与とよが、記念碑的におまつりしてあるだけじゃないかと思うのよ。だってお墓だったら、いわばライバル関係にある二人を一緒にお祀りはしないと思うのよ」

 

 神田は、

 「あー、だから、皇室のご先祖のお墓は伊勢神宮じゃなく、宇佐神宮、と、こういうわけか」と、ここまで言って、

 「じゃあ、あの鉄の棒の最後の一本は宇佐神宮に隠されているということか」と、自分自身、納得したように言った。

 「待って。違うのよ」咲姫は、神田のその言葉をすぐに否定した。

 「え?違うのかい?」神田の肩が、がっくりと揺れた。

 「私は、三本目の鉄の棒の隠し場所としては、御所ごしょや伊勢神宮よりも宇佐神宮の方が可能性がある、と言いたいだけなの」


 「で・・・」ここで、咲姫は、一口酒を口飲み、

 「問題は頼朝がどうしてわざわざ鉄の棒に封印された矢尻を三本に分けたかって言うところなの」グラスを置いて、左手の指を三本立てた。

 「確かに、宇佐神宮に隠されている可能性はあるわ。でも、宇佐神宮よりも、もっと可能性の高いところがあるのよ。それに、頼朝の時代に、さっき言った日蝕や魏志倭人伝ぎしわじんでんの分析が出来ていたとは思えないわ。どっちにしても、宇佐神宮が皇室のご先祖様のお墓であるってことが定説になるよりもエジプトの王家の墓の発見のほうが先でしょうね」咲姫はそう言うと、口をすぼめて長い溜息ためいきを吐いた。



 海の民、山の民、これらを支配下に治めるために、宮島、富士山、そして、里の神を治めるために、皇室の、いわば本家の墓である宇佐神宮以上に重要な場所が他にあるのだろうか?


 頼朝は海の宮島、山の富士山、そして、里のどこが重要な場所だと考えたのだろうか?



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