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陰謀

 「どうして?どうしてネパールなんかで!?」


 「あの、何か・・・?」女将おかみが酒と突き出しのえ物をテーブルの上に置きながら神田かみたに聞いた。

 「いや、昔の友人のことでちょっと。すみません。大きな声を出して」神田はおしぼりで額の汗をぬぐいながら言った。

 「いいえ。それはよろしいんですけど。お料理はお運びしてもよろしいのでしょうか?」

 「もちろんです。お願いします」神田は頭を下げた。


 咲姫さきはキャシーの手を握り、

 「いつ頃のお話なの?」とやさしく尋ねた。

 「前回のボランティアの医療活動のときです。ちょうど10年前です」

 「ああ、今回は2度目だと言ってたわね」咲姫はキャシーの言っていたことを思い出した。

 「はい、そうです。山口さんが亡くなって10年です」

 「ごめんなさい。今日はこれ以上話すこと出来ません」

キャシーはそう言うと、うな垂れて、両手でグラスを包むように持ち、コトン、とテーブルの上に置いた。

 咲姫は再びキャシーの肩に手を回し軽く抱きしめた。

 「いいのよ。ありがとう。あなたの知っている山口さんが私たちの友達だってことが分かっただけでもよかったわ」そう言いながら神田のほうを向いて小さく一度うなずいた。

 「そうだね。今日はこの話はやめておこう」神田は小さな声で咲姫に言った。しかし、一体何が山口さんの身に起こったのだろう。山口さんは一体どうしてネパールで亡くなったんだろう。神田はその真相を今にでも聞きだしたかったが、それも、今のキャシーには到底耐えられないことだろう。たとえその真実が聞けたとしても、今の神田にはどうしようもない。自分の思いだけでキャシーを苦しめるわけにもいかない。


 「お待ちどうさまでした」女将が料理を運んできた。

 「かぶのクリーム煮と水菜と椎茸のみぞれ豆腐でございます」と、やや遠慮がちにテーブルの上に並べた。

 

 「ワオー、おいしそうですね」キャシーは無理に陽気そうな声を上げたが、それが逆に神田と咲姫にはつらかった。

 「咲姫さき、あれは何ですか?」キャシーは、カウンターの中にある神棚を指差した。

 「ああ、あれはね、神棚と言って、言ってみれば、そうねぇ宮島でたくさんの神社を見たでしょ。そうした神社の支店のようなものよ」

 「はははっ、支店とはうまいこと言うね。ま、御札が入っているんだから、確かにファミリーのための支店とか出張所みたいなものだね」神田もつとめて明るく振舞った。

 「ああ、分かりました」キャシーも「なるほど」と言う感じで大きくうなづいた。


 「へへっ、なるほどねぇ。そういうことも言えまさぁね」鉄もカウンターの中から雰囲気を察したのか話に入ってきた。

 「ご主人は出雲いずものご出身なんですか?」咲姫さきは鉄に声をかけた。話題をどこかに持っていかなければこの場の雰囲気は変わりそうもないし、鉄の人柄にはこの場を和ませてくれる何かがあると思ったのだ。


 「いいえー、あっしは信州長野でござんすよ」

 「あら、じゃあ、あの神棚は?」

 「あっしの遠いご先祖さんが出雲の出身でござんしてね、あっしらの一族は信州に移り住んだんでござんすよ。今となっちゃあ、どういう訳だか分かりゃしやせんがね」そう言いながらも俎板まないたで小気味の良い音を立てている。

 「しかし、あっしが極道ごくどう・・・へっ、こりゃ面目ねえ」

 「あっしが人様の道を踏み外してからは信州には帰っちゃいやせん」


 「ここの店の材料だけは出雲や大山だいせんふもとの農家から取り寄せているんですよ」女将おかみが土間にあるテーブルを拭きながら言った。

 「そりゃ、おとみ、ご先祖さんとつながりを持ちてえってのが人情じゃござんせんか。ね、神田かみたの旦那」そう言って、照れながら、神田に同意を求めた。

 神田は、ニコリと笑い、

 「そうだね。今でも、出雲へは?」と振り返って鉄の顔を見た。

 「へい、暇がありゃ、行っておりやす」鉄は大きな声で答えた。


 「何だか、古事記のお話みたいね」咲姫は興味深げに言った。

 「古事記?」神田は突然の言葉に少し驚いて、咲姫さきのほうを向いた。

 「そう、もともとは大国主命おおくにぬしのみことが治めていた出雲の国が奪われたのは、天照大御神あまてらすおおみかみから命令された建御雷之男神たけみかつちのおかみが、力較べで健御名方神たけみなかたのかみを打ち負かしたからでしょ」

 「そうだったね。それで、健御名方神たけみなかたのかみは信州まで逃げて、もう一生ここから出ません、と誓ったんだよね」


 キャシーはグラスを傾けながら、神田かみた咲姫さきの話を聞いていたが、

 「咲姫、日本は侵略されたことがあるのですか?」と怪訝けげんそうな顔をして聞いた。


 「そうねぇ。難しい質問ね。もとから住んでいた民族のところへ違う民族が流れ込んできて、その結果として今の日本人がいるのだから・・・」ここまで言ってしばらく考えて、

 「その民族同士が初めて接する最前線、フロントでは、元から住んでいた人達にとっては侵略に思えたかもしれないわね」咲姫は考えながら言った。

 そして、神田も、

 「そうだなあ。キャシーさん、このお話は、紀元、A.D.8世紀頃に作られた本に書かれていることですからね。当時の支配者にとっての権威付けや、国を奪い取った言い訳の要素が多く入っているんです。だから、国を奪い取った、とは言えないから、国譲り、と言っているんですよ」と、説明を加えた。


 「その国を奪われた人の大宮殿があの神棚の本家、本店、ヘッドクォーター、出雲大社いずもおおやしろなのよ」咲姫さきはカウンターの中の神棚にグラスを向けた。

 キャシーは、神棚のほうを見ていたが、不思議そうな顔をして、

 「じゃあ、国を奪った人が、奪われた人のために、宮殿を建てたのですか?」と、咲姫の顔を見た。

 咲姫は、

 「そう。言ってみれば、豪華な牢屋ろうやみたいなものね」と、やや顔を上に向けくうを見るようにして言った。そして、キャシーの方を見て、

 「だから、今でも、出雲大社をお参りするときは、他の神社と違って、拍手は4回するのよ。それは、日本人は、言葉の発音を重要視するから、4回の、シ、は、死、とか、古代では、ヨン、は黄泉よみ、のイメージがあるからなのよ」と続けた。「黄泉よみって言うのは、つまり、そのォ、亡くなった人が埋葬されている地面の下ってことね」

 咲姫の説明に、キャシーは興味深そうにうなずいた。

 「だから、拍手を4回して、あなたはもう死んでいるんですよ。出てこないでね、ってことを伝えているのよ」


 神田もそれに付け加えて、

 「そう。だから、注連縄しめなわも他の神社とは逆方向になっているんですよ。それは、亡くなった人の着物のえりの重ねを、生きている人の重ねとは逆にする、左前、と同じ意味で、死んだ人に対する作法そのものなんです」

 キャシーは興味深そうに神田と咲姫の話を聞いている。

 咲姫は、

 「そもそも、本殿はそっぽを向いている構造になっているものね」神田の顔を見てそう言った。

 「え、そうなのかい?」神田はそのことは初めて聞いた。

 「そうよ。拝殿で一所懸命に、結婚できますように、とか、家内安全とかのお願いをしても、肝心の神様は横を向いているのよ。それは、本殿の配置を見れば一目瞭然よ」そう言って、テーブルの上に指で簡単な配置を描きはじめた。

 神田は咲姫の剣道をやっているにしては細い指先の動きに見とれてしまった。

 「ね。こういうふうになっているのよ」そう言って顔を上げた。

 「あ、・・・ああ、なるほど・・・」咲姫の顔が思いのほか近づいたので、神田は、思わず体を起こした。


 「神社の起源にはいろいろな説があるけど、私は、お墓と同じ考え方があるんじゃないかと思っているのよ」咲姫さきは、そう言いながら神田かみたを見た。

 「と、言うと?」神田は、よく冷えた出雲のお酒を、グッ、と一口飲んだ。


 「今でも古い神社は本殿ほんでんを持たない神社があるでしょ。奈良の大神神社おおみわじんじゃや、石上神宮いそのかみじんぐうのような」咲姫もグラスをカラカラと回し、一口飲み、

 「それとか、村の鎮守様ちんじゅさまとか、こんもりした山に小さな神社があるでしょ。そのこんもりした山は古墳、つまりお墓だと思うのよ」

 「なるほど」

 「私のおつかえしている八頭神社はっとうじんじゃ様もそうよ」

 神田は、高見と訪れた八頭神社のこんもりとしたもりを思い出した。


 「だから神社を参拝してお願いをすることと、お墓参りをして、ご先祖様に、おじいちゃん、おばあちゃん、私たち家族を見守ってくださいね、って言うのは同じことなのよね」

 「お墓から出てこないで下さい。そこから私たちを見守っていてください、と言うのと同じことだと思うのよ。ほら、最近、テレビで話題の細木数子さんなんかも、相談者に、ご先祖様のお墓参りをしなさいって、しきりに言うのは、そういう意味もあると思うわ」


 神田はキャシーのグラスが空になったのを見て、女将にお酒の追加を頼んだ。




 「だから、あの件も、頼朝は日本を支配すると同時に、何かを恐れて封じ込めようとしたのかもしれないわ。日本の東の象徴、源氏の白を表す富士山、そして、西の象徴、平氏の赤を表す宮島」咲姫は自分に言い聞かせるようにゆっくりと話した。


 「と、同時に、山と海」神田は咲姫の言葉を受けて言った。

 「頼朝は、あの鉄の棒に関わりのある何かを非常に恐れていたってことだね」

 「そう。あの鉄の棒に埋め込まれている矢尻に関わりのあるものが何かが分かれば、この話は意外と早く解決するんじゃない?」

 「三本の鉄の棒、三本の矢尻かぁ・・・」神田は、カラン、と氷の音をさせて、酒を飲み干した。


 「折湯葉の煮物あがりやした」鉄の声がカウンターの中から聞こえた。そして、

 「神田の旦那、毛利様のお話ですかい?」と、鉄は聞いた。

 「え?」神田は鉄のほうを向いた。

 「へへ、こりゃ面目ねえ。つい、余計なことを。へへっ。いえね、三本の矢って、いやぁ、毛利元就もうりもとなり様のことだと思いやしてね」


 「お前さんも、学のないくせに余計なことを」と女将が冗談っぽく鉄に言った。


 神田と咲姫は顔を見合わせてしばらく沈黙した。

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