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宿命

 2005年(平成17年)9月  広島・宮島 


 この台風14号は多くの被害を残した。美しい弥山みせんの山肌には無残な傷を残し、今日も、県や国の調査団が現地調査に入っている。ふもとにある宮島最古の寺院である大聖院だいしょういんも大きな被害を受けた。

  しかし、その自然の猛威は歴史の皮をぎ取りつつあるのではないだろうか?


 錦帯橋きんたいきょうも今回の台風14号で橋脚を流されてしまい、渡ることは出来ないが、

 「せっかく、宮島まで来たのだから、一部でもその美しいブリッジが見たい」というキャシーの希望で、咲姫さきとキャシーはJRで岩国へ向かった。

 「しかし、どうだろうか、橋脚のない錦帯橋を見てかえって、ガッカリするんじゃないだろうか」と思いながら事務机に向かった。


 宮島で発見された鉄の棒は何者かに奪われ、そしてまた、同じものが富士山頂でも、神田かみた達の目の前で、ここ、宮島に現れた同じ男に奪われた。一体、何が起こっているのだろうか?それに、その鉄の棒を中国が欲しがっているのは何故なんだろう。


 しかも、咲姫さきによると、同じものがもう1つどこかにあるというではないか。あるとすればどこにあるんだろう?




 テレビや、新聞などのマスコミの取材は落ち着いてきたが、依然として旅行会社や観光客からの問い合わせは多い。

 午後からは電話の応対や、報告書の作成に追われ、気がつくと6時をまわっていた。


 「ふーっ」と大きく背伸びをして椅子から立ち上がり、コーヒーを飲もうとコーヒーサーバーに向かったとき、机の上においていた携帯が「カタカタカタ」と机を鳴らした。携帯を開くと、咲姫さきからであった。


 「やあ、錦帯橋はどうだった?」

 「ええ、見るのがつらくなったわ。それよりも神田君、キャシーが変なことを言うのよ」

 「変なこと?」

 「そう、電車が県境に流れる小瀬川おぜがわをわたる時、さあ、これから山口よ、と言ったら、キャシーが不思議そうな顔をするのよ」咲姫は押し殺したような声で言った。

 「不思議そうな顔?どういうことだい」携帯に応えながらコーヒーサーバーへ向かった。

 「錦帯橋は岩国いわくにシティーにあるんじゃないの?って聞くのよ」

 「あー、俺たちは、岩国の錦帯橋、って言うからね。山口の錦帯橋とは言わないよね」コーヒーをカップに注いだ。


 「そう。それで、岩国は山口県の1つのシティーなのよ、って言うと、山口というシティーは他にもあるのかって」咲姫さきの声は、ますます低くなった。

 「へー、それで?」来客用の椅子に腰掛け背中を背もたれに預けた。

 「だから、私は、あるかも知れないけど、あまり聞かないわね、って言ったら、じゃあ、人の名前の山口も珍しいか、って聞くのよ」


 「山口!?」神田はカップから口を離した。

 「そう。だから、山口という名前の人はたくさんいるわ、って言ったんだけど、そしたら、山口という日本人を知っている、って言うのよ。それが、・・・」


 「・・・それが?」

 「それが、神田かみたさんと同じように拳法のマスターだ、って言うのよ」

 「ええっ!?・・・そ、 それで?」神田は椅子から立ち上がった。

 「それが、それっきり、ふさぎこんで何も言わなくなって」

 「まさか、山口さんのことじゃ?」声が震えた。

 「私、嫌な予感がして、それ以上聞くのが怖くて・・・」

 「嫌な予感って・・・」神田は咲姫の感の鋭さが怖かった。

 



 「で、今どこなんだい?」一体どういうことなんだろう?神田かみたは、心臓の鼓動が早まるのを感じた。

 「今、広島駅のホテルでチェックインを済ませたところよ」

 「キャシーの様子は?」神田は恐る恐る聞いた。

 「今は普段のように陽気よ。だけど、今度は私のほうが、山口って人のことが気になって・・・」咲姫の声は沈んでいる。

 「そうだね。俺も気になるな」

 「ねえ、どこか落ち着いた日本料理屋さんで今夜、食事一緒に出来ないかしら?」

 神田の頭に廿日市はつかいちの「おとみ」が浮かんだ。料理もおいしいし、あそこなら落ち着いて話しが出来る。


 「じゃあ、JRの廿日市駅はつかいちえきで待ち合わせしよう。広島駅からだと20分くらいだから」

 「分かったわ。廿日市はつかいちなら知ってるし」




 廿日市の駅前商店街を海のほうへ向かって少し歩き、左の暗い小路にはいると、薄明かりが縄のれんを通して漏れていた。

 「へー、ちょっと雰囲気があるわね」と言いながら、咲姫さきは、

 「そこ、階段があるから気をつけてね」とキャシーの手をとった。


 神田は、縄のれんを上げ、「ゴロゴロッ」、と引き戸を開けて咲姫とキャシーを先に店内に入れ、神田もふたりに続いて入った。


 「いらっしゃいませ、神田さん。どうぞ、奥の座敷がとってありますから」女将おかみが先にたって案内してくれた。

 咲姫さきとキャシーは珍しそうに店内を眺めている。咲姫さきはカウンターの中の神棚をチラッと見た。


 「こりゃー、神田のだんな。引き続きでありがとうござんす」

 「ござんす?」咲姫は「?」という顔をして神田を見たが、神田は、それには気付かない振りをして、

 「急にお願いしてすみませんでした」と、左手を軽く上げて挨拶した。

 「とんでもねえ。ありがとうござんす」カウンターの中で、鉄は深く頭を下げた。




 「キャシーさんは椅子の方がよかったかな?」神田かみたは座敷に上がりかけて、キャシーを見た。

 「大丈夫です。問題ありません。私、こういうジャパニーズスタイル大好きです」そう言いながら、さっ、と座敷に上がり、座布団の上に胡坐あぐらをかいた。


 「そうですか。それは良かった」神田も座布団に座り、咲姫のほうを向いて、

 「咲姫さきちゃん、ビール?お酒?」

 「そうね。キャシー、お酒飲む?」咲姫はキャシーに聞いた。

 キャシーはうれしそうに、

 「はい。お酒、ロックでいただきます」と、ニコッと笑って咲姫の顔を見た。

 「じゃあ、俺も久しぶりにロックでいただこう」


 「出雲いずものお酒があるんじゃない?」咲姫は、壁に貼られた品書きを見ながら言った。

 「え?どうして出雲の酒があるって?」神田は驚いて咲姫の顔を見た。

 「ふふふ。忘れたの?私は宮司なのよ。神棚を見れば分かるわよ」

 「そうかぁ、そうだったね」神田はそう言うと、座ったまま振り返って神棚のほうを見た。

 「ここのご主人は出雲のご出身じゃないかしら」咲姫はそう言いながらカウンターの中にいる鉄を見た。




 「女将おかみさん、お酒、ロックでお願いします」神田はオシボリを持ってきた女将に注文した。

 「はい。承知いたしました」


 「何を食べる?」

 「そうねえ・・・」そう言いながら、壁に貼られた読めない漢字で書かれた品書きをながめていたが、

 「キャシーと私は、・・・青菜の煮浸し、湯葉の納豆包み揚げ、と、海老いもの煮物、それに、しめじと長いもの和え物もおいしそうね。あとで、なすとみょうがのすまし汁と炊き込みご飯も頂こうかしら」そう言うと、神田を見て、

 「神田君は?」と、咲姫から聞かれ、「え?読めるのか」と少しあわてて、

 「あ、お、俺?・・・俺は・・・俺はここではいつもコースで頂くんだ」

 「あら、そうなの。じゃあ、私たちもそうするわ」そう言って、キャシーに「それでいいわね」という風に小首を傾げて見せた。キャシーは両手を広げ、首をすくめ、

 「もちろん、OKです」と笑いながら言った。




 「キャシーさん、錦帯橋きんたいきょうはどうでしたか?」神田かみたはオシボリで手を拭きながらキャシーに聞いた。

 「オー、ベリービューティフルでした。でも、少し壊れていたのは残念です」キャシーはとても残念そうに表情を曇らせた。

 「そうね。ちょっと悲惨だったわね。でも、激流の中で必死に耐えている姿は、ある意味見る者の心に訴えるものがあったわ。ね、キャシー?」そう言いながら、キャシーの手を軽く握った。

 「はい。見る人に勇気与えていると思います」

 「そうですか。そういう見方もありますね。ところで、キャシーさん・・・」そう言って、咲姫さきをチラッ、と見た。咲姫はその言葉を継いで、

 「キャシー、キャシーは神田さんのような拳法のマスターを知っているって言ったわね」やさしくキャシーの右手の上に手を重ねて尋ねた。


 「・・・はい」キャシーは少しうつむき加減になった。

 「その山口さんってどんな人だったの?実は、その人は、私たちの学生時代のフレンドかもしれないのよ」咲姫がやさしく、ゆっくりと言うと、キャシーは顔を上げた。その青い瞳には既に涙が浮かんでいた。




 「お友達?」キャシーは首に下げたロケットを握り締め、咲姫と神田の顔を交互に見た。

 「そう。だから、つらいかもしれないけど、話してくれないかしら?」


 しばらくの沈黙の後、キャシーは握り締めていたロケットのフタを開け、中から白い小石のようなものを取り出し、右手のひらに載せ、再び強く握り締め、嗚咽おえつを漏らし始めた。

 「ごめんなさいね、キャシー。辛いことを思い出させて」咲姫はキャシーの肩に手を回し、神田と咲姫は顔を見合わせた。


 しばらくして、落ち着きを取り戻したキャシーは、その握り締めた手のひらを開き、

 「これは、山口さんの小指の骨です」そう言ってその白い小石のようなものをテーブルの上に置いた。

 「小指の骨?」神田は、それをそっとつまんで持ち、

 「どういうことなんでしょう?」と、キャシーに恐るおそる尋ねた。

キャシーはそれには答えず、バッグの中から黒いものを取り出した。


 「!!」神田はすぐにそれが山口の黒帯だと気がついた。帯の端には「広島修道館大学 山口」と刺繍されていた。 

 「こ、これは?」神田は震える手でその黒帯を受け取った。

 「山口さんの黒帯です」キャシーの瞳から大粒の涙がひと粒、ぽたり、とテーブルに落ちた。


 「どうしてこれを?」黒帯には血の跡が大きく残っていた。

 「山口さんが大切にしていた持ち物です」

 「これは咲姫のお友達のものですか?」キャシーは顔を咲姫に向けた。咲姫は目を閉じ、静かにうなづいた。

 そして、神田も、

 「間違いない」両手で黒帯を握り締めながらキャシーを見た。

 「山口さんのものだ」そう言うと再び黒帯を見つめた。

 「じゃあ、さっきの骨は?」咲姫は神田を見た。

 「山口さんの!?」

 神田の顔は動揺で紅潮していた。

 「山口さんはどうしたの?」咲姫はキャシーの肩に手をかけたまま聞いた。

 「山口さんは亡くなりました」

 「えっ、どこで?」神田にはとても信じられなかった。悪夢ではないのだろうか。

 神田の問いにキャシーは答えた。

 「ネパールです」キャシーの瞳には、ネパールの青い空が映っているようだった。

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