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平和公園

 「三の一、つまり、三巻の中の一巻ってことみたいね」木野花咲姫このはなさきひめは、写真を見つめたままつぶやくように言った。

 「え?、だとすると富士山と宮島と、そして、もう一か所どこかに封印、まつられてるってことかい?」思わず声が大きくなり、店主が調理場から出てきた。神田は、なんでもない、なんでもない、と言う風に手を振った。


 「の、ようだわね」咲姫は、顔を上げて、面白くなってきたわね、というように、「ニコッ」と笑った。

 「あー、またまた問題がややこしくなってきた」神田は箸を握ったまま天井を見た。

 「どうかしましたか?ビッグプロブレムですか?」キャシーは心配そうに小声で咲姫に聞いた。

 「もう、とにかく先にうどんを食べてしまおう」神田は椅子に深く座りなおして、うどんを食べ始めた。




 「この件はね、神田かみた君。簡単な問題じゃないわよ。もっと腰を据えて考えなきゃ」そう言うと、「ごちそうさまでした」と、手を合わせた。

 神田も、

 「みたいだね」そう言いながら箸を置いた。


 確かに、この件は、表面的には窃盗事件として扱われている。しかし、外務省や警察庁は何か隠しているんじゃないだろうか?鉄の棒は全部で3本あって、そのうち2本はすでに何者かの手にある。あの大男と中国もそのことを知っているのだろうか?もし、知っているとすれば、再び、何らかの行動を起こす筈だ。3本目はどこにあるんだろう?


 そう考えていた時、咲姫さきが、

 「そう、そう、私、神代こうじろさんに会ったわよ」目を大きくして神田を見た。

 「神代さん? あの新聞部の部長だった?」久しぶりに聞く名前だった。

 「そう、一昨年おとどしの3月(2003年、平成15年)よ。学生時代にお世話になった叔父が亡くなったので葬儀に参列して、その翌日、久しぶりに平和公園に行ったの」




 「そしたら、公園の雰囲気が違うのよね。朝方は少し雨が降っていたものだから、観光客は少なかったの。その割に体格がいい背広を着た男の人が目に付くのよ」


 「刑事?」

 「そう。しばらくすると新聞記者やテレビクルーが慰霊碑いれいひの両サイドで場所取りを始めてね。その、記者の中に神代こうじろさんがいたのよ」

 キャシーは表に出て鳥居の写真を撮っている。


 「へー、じゃあ、今はプロの新聞記者なんだ」神田は立ち上がり、三人分の代金を払った。

 「あ、ごちそうさま。フリーの記者だそうよ」咲姫さきも立ち上がった。

 「で、その日は誰が平和公園に?」

 「じゃあ、ごちそうさま」そう店主に手を上げて店を出た。

 「ごちそうさまでした」咲姫も店主に頭を下げた。

 「キューバのカストロよ」咲姫は神田が持ち上げた暖簾のれんをくぐって外に出た。

 「ああ、キューバ国家評議会議長フィデル・カストロ」

 「そう」

 「それでね、カストロが慰霊碑の前に花を手向たむけるとき、神代こうじろさん、とんでもないことをしたのよ」ふたりは、キャシーが石の大鳥居のほうへ歩いて行くのを見て、その方向へゆっくりと歩き始めた。


 「とんでもないこと?」神田かみたは並んで歩いている咲姫さきの横顔を見た。




神代こうじろさん、最初のうちは写真を撮っていたんだけど、カストロが献花けんかする時に、バッグから写真を取り出してカストロに向かって何か言ったのよ」咲姫さきも、神田の顔を見上げた。


 「写真って?」

 「ゲバラの写真よ」

 「ゲバラの?」

 「そう。その写真を掲げて、カストロに向かってスペイン語で何か言ったのよ」


 「で、カストロは?」

 「カストロは手を上げて神代こうじろさんのほうに向かって歩き始めようとしたのよ」神田は、ホーッ、と言う顔をして、200mほど先のあけの大鳥居を見た。

 「でも、キューバの護衛官が、カストロの前に立って止めたわ」咲姫は残念そうに言うと、

 「神代さんも日本の警官に引き止められて、離れたところに連れて行かれたの」と続けた。




 しかし、先姫はすぐに、

 「そのあと神代こうじろさんはすぐに解放されたわ。キューバの通信社に知り合いがいたらしくて、それに、カストロ本人が護衛官を通じて解放するように言ってくれたらしいの」と、明るく言った。

 「へー、で、咲姫さきちゃんは神代こうじろさんと何か話したの?」

 「ええ、その後すぐに声をかけたわ」


 「彼も、久しぶりだなー、て感じだったけど、カストロに密着しなきゃいけないとかでその時はアドレスを交換しただけよ」

 「額の傷がなんだか大きくなってたみたいね、って言ったら、そうなんだよ、紛争地帯に行く度にここをやられるんだ、って笑ってたわ」そう言って右の人差し指を眉間みけんにあてた。


 「で、神代こうじろさんは、カストロに何を言ったんだい」神田は心配そうに聞いた。

 「それがね、ゲバラと一緒に献花してくれって言って、ゲバラの写真を渡そうとしたらしいの」と、愉快そうに笑って言った。

 「神代さんらしいなぁ。ゲバラも広島に来た時には、自分で花を買って慰霊碑に花を手向たむけたらしいからな」と、神田もそれを聞いてうれしく思った。

 

 咲姫も楽しそうに、

 「カストロも本当はゲバラと一緒に献花したかった、って、あとで側近に漏らしたらしいわ」と言った。

 「だろうな。で、神代こうじろさん、今は?」神田は咲姫の横顔を見た。

 「それが、その後アフガニスタンからメールが来たのが最後なのよ」

 「そりゃあ、心配だなァ」

 ふたりの声は小さくなった。




 「日本拳法部の山口さんはどうしてるの?」咲姫さきは、話題を変えるように明るい声で聞いた。

 「先輩は、卒業してすぐに香港へ渡ったよ」神田かみたは再び、海上に立つ大鳥居を見やった。

 先日の台風14号の暴風雨にもびくともせずに、今は、陽の光を浴びて朱塗りが輝いている。


 「香港へ?」ビックリしたように神田の右顔を見上げた。

 「ああ、山口さんが卒業した頃は、ブルース・リーのお陰でカンフーブームの真っ最中だっただろ」神田かみたはゆっくりとした口調で話した。


 「ああ、そうね。あの頃は、あっちでも、こっちでも、オチャー、ってやってたものね」と、咲姫も遠くを見る眼差しで鳥居のほうを見た。

 「それで、単身、飛込みで香港の映画会社へ売り込みをかけたらしいんだ」

 「そうなの」

 神田は顔を上に向け、思い出し笑いをしながら、

 「それがさ。ハハッ、例の、暴力団との抗争事件は、おもしろがられて海外メディアにもちょっと取り上げられただろ」と、言った。

 「そうだったわね」咲姫もうなづきながら楽しそうに笑った。


 「その話は香港にも伝わってて。お陰で、山口さん、エキストラに採用されてね。ほら、山口さんは、山口大河やまぐちたいがだろ。だから、タイガー山口という芸名で、もっぱら悪役の日本人役だったんだ。でも、その後は腕を見込まれて武術指導の担当になったんだよ」と言って、少し顔を引き締めて、

 「だけど、山口さんの目標は自分の道場を持つことだったからね」そう言った。

 「で、今は?」

 「その後何年かして、なんでも、台湾の軍から武術教官になってほしいって依頼が有って台湾で拳法を教えてたらしいよ」そう言う神田の、声のトーンが低くなったのを咲姫は感じた。

 「そうなの」

 「一度、日本に台湾要人の警護で帰って来た時会ったけど、詳しい仕事内容は言えないらしくてね」フー、とため息のようなものが自然に出た。

 「12、3年前に分かれたきりだよ」




 「そうなの」と、咲姫さきは寂しそうに言った。

 「どこで会ったの?」

 「俺も平和公園でだよ」ニコッ、と笑って咲姫さきを見た。

 「そうなの。偶然ね。私達ってどこかで繋がってるのかもしれないわね」そうかも知れない、と神田も思った。

 「あれは確か19回目の広島平和音楽祭があった日だよ」


 観光客は待ちきれずに遠くに見える大鳥居の写真を撮り始めている。

 「音楽祭に出演する歌手が慰霊碑に献花していたから良く憶えているよ」

 そう言うと、記憶をたどるようにして、

 「平成4年(1992年)頃だったかなァ」と言った。

 「商工会議所に用事があって、時間調整に平和公園を歩いていたらね、山口さんから、おい、神田、ってね、声かけられて」あの時の驚きを思い出した。

 「夏の暑い時だったよ、木陰こかげでほんの4、5分話しただけで、じゃ、行かなきゃ、って、・・・俺の名刺は渡したんだけど、それっきり連絡がなくて」最後は少し寂しそうな声になった。

 「そうなの」

 咲姫さきは、神代こうじろさんも山口さんも元気でいて欲しいと願った。




 キャシーは石の大鳥居のところまで行って狛犬こまいぬの写真を撮っている。

 咲姫さきは「キャシー」 と呼んで手招きをするとキャシーは小走りで駆けて来た。

 「キャシー、じゃあ、そろそろ行きましょうか」

 「OK・・・」もう、ふたりの話は終わったの、という感じで、咲姫さきを見てウィンクをした。

 咲姫が、

 「ばかね」と小声で言うのが聞こえた。


 三人はフェリー乗り場の方へ向かって歩き始めた。

 「錦帯橋きんたいきょうまではどうやって行くんだい?」

 「JRで行くわ」神田と咲姫はキャシーから数歩遅れて歩いている。

 「よかったら車貸すけど」

 「ありがとう。でも、キャシーが電車に乗りたいって言うのよ」と、キャシーに聞こえるように声を大きくした。

 キャシーは振り向いて、

 「はい。私はたくさんの経験がしたいのです」と、笑顔で言った。

 

 桟橋では、この時間でも宮島に上陸する観光客の数は多い。

 台風の影響で観光客の減少が懸念けねんされたが、神田たち宮島観光推進協会の各方面への働きかけもあって通常と変わらないほどであった。


 キャシーがいる改札口の手前でふたりは立ち止まり、

 「咲姫さきちゃんも元気で。今回はいろいろと助かったよ」

 「神田君も元気でね。私も、あの鉄の棒については考えてみるわ」と言葉を交わし、

 「何か分かったら連絡頼むよ」神田と咲姫は自然に握手した。

 「じゃあ、お気をつけて旅を続けてください」そして、キャシーにそう言って手を出した。




 神田は、事務所に戻って、高見刑事に連絡を取った。

 「えーっ、もう1本あるんですか?」電話口の向こうで高見刑事が白髪頭を抱えるのが見えるようであった。


 「そうらしいんです。あの鉄の棒の表面には、三の一、って刻んであるらしいんですよ。・・・そうです。三の一です」

 「そちらの方で新情報は?」

 「そうですか。進展なしですか」

 「いえ、こちらも別に、今の、鉄の棒が3本あるらしいということが分かった以外にはありません」

 「はい、木野花このはなさんも何か分かったら連絡をくれると言うことになっていますので」

 「はい。・・・はい。分かりました。じゃあ、これで」


 事務椅子に腰をかけ、今回のことをはじめから考え直してみた。

 頼朝が日本の安寧あんねいを願って西と東に鉄の棒を封印、まつった。


しかし、鉄の棒は、もう一本あるらしい。と言うことは、その一本もその頼朝の考えに相応ふさわしいどこかに封印、まつってなければならない理屈になる。それはどこだろう。それは、まだ日本にあるのだろうか?それとも、すでに、あの大男か、もしくは中国が手に入れているのか?

 そもそも、頼朝が、三ヶ所にまつることが日本の安寧あんねいつながると考えた鉄の棒とは何なのか?

 それを何故あの大男や中国が狙ったのか?

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