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序章

 ここに語られるのは、1970年代に青春を送った青年たちが遭遇した、時代と運命、そして、時空を越えた現実に題材をとった物語です。しかし、登場する人物、組織はすべて架空のものであり、近似する人物、組織が存在しても、それらは偶然であり、この物語とは何の関係もありありません。

瀬戸内海に浮かぶ周囲約30kmの小島は、歴史に登場する以前から、神の島 として人々の信仰の対象であった。太古より深い森に覆われ、そのいただき須弥山しゅみせんたとえられ、弥山みせんと呼ばれ、静かな内海に浮かぶその小島は、女神の寝姿として、今もなお、島全体が神としてあがめらている。その、女神の横たわるすその尾根は博打尾ばくちおと呼ばれている。


2005年(平成17年)9月 広島県 宮島


 その尾根を、霧雨の中、登っている男がいた。神田龍一かみたりゅういちがこの尾根を登るのは30年ぶりだ。こんな気持ちになったのは、学生時代の暴力団襲撃事件以来だ。それにしても、あの男の狙いはなんだったのか。


 あれは、観測史上最大の大型台風の襲来に備えて、神社と回廊の見回りをしていた時だった。すでに、台風は九州に上陸し、九州各地に甚大じんだいな被害を与えながら山口県地方に向かっていることが報道されていた。


 「タイミングが悪いな」と、神田かみたは思った。このままだと、台風上陸と大潮の満潮時間が重なってしまう。山口県に上陸したら、風向きは宮島にとって最悪となる。さらに、気圧が下がって、潮位も上がり、過去の大型台風被害どころの騒ぎではなくなる。


 神社、市役所、観光推進協会、消防団、島民ら合わせて300人以上が台風襲来に備えていた。すでに、やるべきことはやった。回廊の床板ははずし、神社の屋根はロープで補強した。要所、要所は板で補強をした。もう、神に祈りつつ、台風が過ぎ去ってくれるのを待つしかなかった。


 風も強くなり始めた午後9時過ぎ、神田かみたは合羽を着て回廊に向かった。これ以上風が強くなったら、外に出ることは出来ない。最後の見回りにするつもりであった。もう、外には誰もいないはずであった。先ほどまで、テレビの実況をしていた放送局のスタッフたちも、引き上げて、旅館、ホテルに待機している。


 合羽のフードをつかみ、顔を伏せて進んでいる時、一緒に見回りに出た渡辺が叫んだ。

 「神田かみたさん、アレ」渡辺が、あごで指した先を大柄の男が足早に進んでいた。よこなぐりの雨と、波しぶきで、すぐに見えなくなった。


 「島の人間ではない」と直感した。こんな状態の中を出歩くものなどいるはずがない。それに、「あの格好はなんだ」と、神田かみたは思った。男は素っ裸であった。



 「おーい!!」

 神田かみたは男の姿が消えたほうに向かって叫んだ。そして、顔を左下に向け、塩気を含んだ雨水を「ペッ!!」と吐き出した。


 男に聞こえたかどうかは分からない。しかし、このままにしておくわけにはいかない。神田かみたは、渡辺と共に後を追った。神社の裏を通り抜けた。このまま行くと宝物館に出る。雨と風がさらに強くなってきた。男の姿は見えない。


 「どこ、行ったんでしょう?」渡辺は叫んだ。そして、

 「家に、何か取りに帰ったんじゃないでしょうか?」と続けた。

 この通りの住民には避難勧告が出て、公民館に避難している。そのうちの誰かが、何かを取りに帰ったのではないかと言うのだ。


 「いや」

 「違う」と神田かみたは確信していた。あの体つきは日本人ではない。背はゆうに190センチは越えていた。頭の大きさ、肩幅、それに、手足の長さは日本人のものではない。

 「何をしているんだろう?」


 渡辺に、市役所に待機している警察に連絡をとるように指示をした。そのとき、宝物館ほうもつかんの方向で、チラッと明かりが動くのが見えた。渡辺は、携帯電話を取り出したが、雨に濡れて使い物にならない。


 「どうしますか?」

 渡辺は神田かみたに聞いた。

 宝物館には国宝、重要文化財が所蔵されている。広島県の国宝の大多数はこの宝物館にあるといっても過言ではない。

 「火事場泥棒ってやつでしょうか?」

 渡辺は、合羽のフードを掴みながら、神田かみたに体を押し付けるようにして言った。



 「だとしたら、これは警察にまかせるしかない」

神田かみたは、渡辺に、市役所に戻って警官を呼んでくるように言った。


 「神田さんは?」

 「俺はこのまま、ここで見張っている」

 「分かりました。気をつけてくださいよ」

 「ああ、そっちもな。それと、一人、二人の警官じゃダメだぞ」と、神田は付け加えた。


 あの体つきだ。抵抗されたら、「相当てこずるに違いない」と、神田は思った。

 渡辺は、来た時とは違って、風に背中を押されるようにして市役所の方向に向かって行った。黄色の合羽は、あっという間に見えなくなった。

 神田は宝物館ほうもつかんの横が見えるほうへ移動した。

  「あそこから入ったのか」


 宝物館の側面の上部の明り取り窓が壊されていた。壁には丸太が立掛けられ、それを足場にしたようだ。すでに、警報装置は働いているはずだが、この台風ではそれもあてにできない。

 神田かみたは念のため懐中電灯の明かりを消して、宝物館の向かいの民家の軒先のきさきに身を伏せた。


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