04:異世界の仲間
留香の家に行ってから数日が経ちとくに平凡な日々を送っていたが
とうとう部活が再開されてしまったので、希樹は放課後に友人たちと一緒に帰れなくなってしまった。
寂しいなぁ……と人の少ない通学路を一人でとぼとぼと歩く。
放課後は勉強を復習して部活する余裕はないけれど、勉強だけで学校生活が終わるのは少し虚しいので
無理してでもなにか部活を始めようかと考えていると、無意識にぞわりと鳥肌が立つ。
ねっとりするような悪意のある『気』だ。
まさか、こちらの世界にも『魔』が……?
こちらの世界では感じる筈のない気配を察知し、立ち止まりその方向を真っすぐとみつめる。
希樹が召喚された理由は『魔』を殲滅する為だった。
『魔』は簡単にいえばウイルスのようなものだ。『魔』自体は目にはみえないが
人の心や動物、物や土地、様々なものにとり憑いてそのとり憑いた先を破滅に導く。
状況が悪化すれば人が醜いモンスターと化すし、土地は足を踏み入れるだけで常人ならば腐敗する。
あちらの世界には魔法があったから、魔が沢山繁殖してもなんとかなった部分もあるが、こちらの世界で魔が広がると考えただけでも恐ろしい。
だが『魔』は10年もかけて全て希樹達が殲滅したのだし、こちらの世界にいるなど普通に考えてありえない。
自分の勘違いだろうと思いつつもふらふらと足はそちらに向かう。
近づくにつれて気配が濃くなっていく様子に焦りが浮かぶ。
走っているうちに空の色が徐々に変わっていった。
うっすらと星がみえるほどの薄暗い中、たどり着いた河川敷を気配を探りながら歩く。
暗くなりかけているからか人気が全くなく気配が探りやすい。
だからこれが普通の生物の気配ではないことがはっきりとわかった。
そして希樹はある箇所でぴったりと止まり、土手の上からひっそりとした橋の下をじっと見下ろす。
黒い影が蠢くのを冷たい表情で見据えたまま、いつもと変わらない速度で遠慮なく近づく。
荒い息遣いが聞こえるほど近づき、2体の黒い影の全体を希樹は上から下に軽く確認した。
どちらの『魔』も肌色より生々しいピンク色をした手足のついた肉塊で、身体には黒い靄を纏っていた。
体長は3mほどで希樹と対比すると倍ほど大きい。
辺り一帯が生臭い嫌な匂いがして、希樹は不謹慎にもとても懐かしい気分になった。
このくらいの匂いならばこの身体の持ち主もさほど記憶も喰われてはいないだろうという安心感もある。
今の希樹は身体が幼い上に武器もなにも所持していない、丸腰の状態だ。
基本的に『魔』は聖剣を使い退治してきたし、2対1と一見不利な状況ではある。
だが、さほど彼女は焦った様子もなく、淡々と魔を観察する。
問題はいくつかあるけど、この『初期型』の弱い魔なら今の私でも素手で倒せるだろう。
武器がない、肉体が弱い、仲間がいない。
このレベルなら問題ないけどこれ以上強い奴が現れたときどうしようかな。
とりあえず目の前にいる1体……こいつを倒すことに専念しとうこう。
希樹は魔力を発動させると簡単に全身と手近にあった木の枝に魔力をまとわせ強化した。
魔力は生命のエネルギーであり、魔力を使いモノを強化したり魔法を使うことができる基礎能力だ。
魔法の基礎は魔力を発動させることで、肉弾戦も自身の肉体を守る盾として魔力を発動させることを基本としている。
ゆるゆると自然と己の口角が上がるのを感じて、それを手で軽く抑えた。
肉体が弱く筋肉が足りない分は魔力で力を補えば大丈夫だし、武器も同じ。
仲間がいないのはしょうがないからとりあえず後で考えよう。
そんな風に考えている間にも実は攻撃をされていたが、ひょいひょいと右に左に避ける
初級の魔は取りついた相手によるが基本的に能力値は低い。
真正面から腕を振り上げられ、サイドから触手がのびるが、ステップを踏むようにくるりとターンをし
瞬きをする前に正面の敵の背後にまわり込む。
そのままなんてことない、手を振るかのような軽い動作で魔力をまとわせた木の枝を振り下ろす。
豆腐に包丁をいれるかのように滑らかに魔が一刀両断され断面から光があふれる。
一瞬の間の後ピンク色の肉塊から光の球がゆっくりと上に上がっていき、徐々に本来の姿へ変わっていく。
希樹が木の枝を軽く振るい、肉片や体液を枝から落とすとビシャという音と共に黒い液体が広がった。
一瞬だけその魔だったものを見下ろす。
「鯉か……」
そう言いつつ軽く跳躍して足元にきた肉の触手を避け、避けた触手を木の枝を突き刺し地面に固定させると
同時に背中側に伸ばし上からやってきた触手を素手でひきちぎる
あたりにぶちっと鈍い音が響くと魔が耐え切れずに高い獣のような声を上げた。
痛さと固定されたため身動きの取れない魔にとどめを刺そうと右手を強化すると
一瞬の閃光
風を斬る音が希樹を通り過ぎ、青白い閃光が魔を焼き尽くした。
しゅうしゅうと蒸発するような音が光の中心から聞こえ白い光を放ち消えていく。
もちろん青い閃光は希樹の技ではない。閃光と同時に人の気配に希樹は気づくが焦る様子もなかった。
その音を聞き終えてから、希樹は目を大きく開きゆっくりうしろを振り向く
「少し背後に隙がありましたね……勇者様」
目の前の男性は柔らかい微笑みで希樹に親し気に話しかけた。
小首を傾げ、長い銀髪をさらりと揺れる。
白を基調と金色の装飾のついた長いコートに蒼い水晶のついた杖を白い手袋越しに持っている。
体の線は細めだが顔に似合わずしっかり筋肉がついているのがわかり、体格も2mと大きい。
薄暗いからこそ腰まである輝く銀髪と白皙の美しい顔がよく見えた。
気高い狼をそのまま人にしたような、廃退的で冷たいような、ゾッとする人ならざる美貌
そんな稀有な存在をみて希樹は頬を染めるわけでもなく、安心したように軽く微笑みかえす。
「セフィラさんほど気配が消せる人なんてそうそういませんから」
彼女の異世界の仲間だった。