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03:女のラッキースケベはとっても微妙

恋心がなくなったことを自覚した希樹だったけれど、元々忘れていたということで立ち直りは結構早かった。

あまりにも大事にしていた気持ちだったので、泣いてしまったけれど次の日には別になんとも思わなくなっていた。

むしろなにかの柵から解放されたような気分さえしている。

また恋はすればいい!とにかく学生生活を楽しもうと考えたのだ。


放課後になり、カバンをもって外に出ようと教室を出た。

渡り廊下からグランドを見ると、運動部の子達が楽しそうにしている。


高校には入学したてだったので、まだ部活には入っていない。

だけれど帰ってきてからも数週間だらだらしてしまったので、入りそこねてしまっていた。


「あ、希樹ちゃん!今帰り?」


友達の一人が結んだ髪の毛をさらさらと揺らして私に近づいた。

制服姿が見慣れているせいか、スコート姿はどこか新鮮で可愛らしい。


「今から部活?」


希樹が聞くと友達は少し困ったように笑った。


「最近さ、ここら辺で変な事件起こってるからもう帰る予定」

「変な事件?」


はてさて、そんなものは聞いたっけ?と首をかしげていると

あんな噂で持ちきりなのに知らないの?と逆に首をかしげられる。


とりあえず、帰り支度を整えるのを手伝って一緒に下校することに2人はすることにした。

そして途中のコンビニで買ったアイスを片手に話をする。


なんでも人の連れ去り事件や傷害事件、変質者などの被害が頻繁に出ているらしい。

しかも傷害事件は人間じゃない熊みたいな生物が出没したと噂されているという。

犯人は一部捕まっているがどの人も容疑を否認していて、本当に自分がやったとは思っていないらしい。


「ね、不思議でしょう?まるで」


おばけの仕業みたいと笑った友人の声は少し怖がっていて

信じたくないということがありありとみえた。


最後に一人で帰るときは気をつけてね!と一言念押しされて

希樹はそっちこそね!と元気よく返した。


だって希樹は隕石がきたって生き残れる自信があるから。



◇◆◇



物騒な話を聞いてから数日がたったけれど特に何事もなく過ごした。

変な光もクマも変質者も会うことなく至って普通。

逆に刺激がなくつまらないと思いつつも希樹は平凡を享受していた。


「ふぁ~」


大きなあくびを一つして、日曜日なのでゆったりした普段着でソファでテレビをつける。

近くの遊園地で事故が起きて営業が停止したというニュースをぼんやりと希樹は眺めた。

そういえば遊園地なんて近くにあったなと思い出しながらもチャンネルを変えた。

そんな暇そうな娘をみかけて母親が声をかけてきた。


「希樹、暇なら留香くんの家にこれ持ってってくれない?

この間の町内会のバス旅行のおみやげ」


ずっしりとした漬物をいくつか袋に詰めつつ手渡されたので

渋々テレビを見るのをやめてソファから立ち上がる。


「え…まぁいいけどさ…」

「喧嘩してるのか知らないけど早く謝っちゃいなさい」

「べつに、喧嘩してるわけじゃないよ」


希樹は袋の重さを確認しながら苦笑いを浮かべる。


私と留香くんがよそよそしくなったのを敏感に察知してお母さんがまさか出てくるとは…。

…私だって別に留香くんのことが嫌いなわけじゃない。

恋愛的に好きじゃなくなっただけで、異世界の仲間達より長い時間を過ごした大事な幼馴染だもん。

ただ自分の気持ちに整理がつけずもやもやとしてしまっているわけで…。


まぁ、お使いがてら行ってこようと希樹は袋を軽々と持ち上げて玄関を開けた。



◇◆◇



おつかい、といっても留香と希樹の家は隣同士な上に、希樹と留香の部屋は対面している。

希樹の家と留香の家は似たような作りのこじんまりとした家だ。

ただ庭だけは留香の母親がガーデニングが趣味なため作りこまれていて印象が違って見える。


チャイムを鳴らすとすぐに足音が聞こえ無用心にドアが開けられた。

久しぶりにみる留香の母親はどこかやつれて見えたが、にこりと人の良さそうな顔で出迎えてくれた。


「希樹ちゃん、ちょうどアップルパイ焼いたのよ

よかったら食べていかない?」


要件を言う前に手を引かれて家の中に入ると中からバターの焼ける甘い香りがする。

希樹は無意識に溜まった唾液を飲み込みつつ手元にある袋を留香の母親に手渡す。


「いい香り。あ、これうちのお母さんから。

町内会のバス旅行、留香くんのお母さんいけなかったからおみやげだって」


「あら!こんないっぱい、ありがとう重かったでしょうに。

さあさ、アップルパイ出来立てだから食べてってね。希樹ちゃん好きだったでしょう?」


好きなんていったことあったかな?

と希樹は考えたが流れるようにリビングに連れてかれ、断るのも悪いしとそのまま椅子に座った。


(あれ…?)


声に出さなかったけれど家の中の違和感に内心首を傾げる。

小さい頃には気づかなかったけれど、家の中は質のいいアンティークでまとめられていて

家の外観とのギャップがある品のいいものだった。


希樹は口を緩めながらテーブルを一撫でする。


今座っているテーブルも椅子もアンティークで一点もの。

作りがすごく丁寧だし繊細な彫刻がまた美しい、けれど頑丈だし長く使えるようになっている。

部屋のところどころ前の私では気づかなかったけれど質のいい家具や絵画が飾られていた。

技巧や価値だけならばあちらの世界の城などで見てきたが、この地味な上品さが実に私好みで口元が緩んでしまう。


このあたりの趣味は帰ってきてから主に金銭面で抑圧されていたので見るだけでも嬉しい。


あちらの世界では苦しい時は野宿や雑草を食べて糊口をしのいでいたけれど

基本的には金銭面で苦労したことはなく、むしろ世界で一人しかいない勇者職なのでそこはお察しの通りだ。

まぁあまりお金を使う箇所もなかったけれど。


それらを気分よく眺めながらキッチンから声をかけてくる留香の母親に相槌をうつ。


「最近、留香が…」


留香の母親は歯切れ悪く言いよどむ。


「…留香は希樹ちゃんに迷惑かけてない?」


「…全然、かけてないよ」


なにか言いづらそうにして、話題をほか方向に変えたのは流石に希樹も気づいたが

触れたくないこともあるだろうと気づかないフリをして答える。

留香の母親もそれにほっとしながらアップルパイをテーブルへ運んだ。


「あら、電話…あったかいうちに先に食べててね」


留香の母親は鳴りやまない電話に慌てながらでていってしまった。

残された希樹はどうしようかと悩みつつも目の前のアップルパイに意識を向ける。


あたたかい出来たてのパイの上にバニラビーンズのたっぷり入ったバニラアイスが乗せられている。

ジンワリと広がるバニラの香りに希樹はうっとりと目を細めた。

紅茶は清々しい香りに淡いオレンジの水色で一目でいい茶葉を使っているのが分かる。

カップやソーサーも乳白色の美しいもので品がいいものなのもわかった。

待っていようと思っていたがお言葉に甘えて…と美味しそうにアップルパイを頬張りつつもあることを考えていた。


留香くんの家、うちと違ってお金持ちだとは思っていたけど

モノの価値がわかった今だからわかるけどうちとはレベルが全然違ったな…。

留香くんのお母さんの所作も所々にじみ出てくる丁寧さは多分いいとこのお嬢さんだったのだろう。


それがなんでこんな普通の住宅地にお家を構えてるんだろうか?

高級住宅地でもない、特に便利でもない、むしろ最近では不便なところになりつつあるこんな街に……。


そして希樹はフォークを手に持ちしげしげと眺める。


家の外見はここの地域に違和感がない普通の家だけど、中はどれも値の張るものばかり。

まるでなにかに隠れるかのような……


そこまで考え、軽く首を振った。


いや、こんな詮索まがいなことを私はもうしなくていいんだ。


静かにフォークを見つめていた目を伏せると玄関あたりに人の気配を感じ、希樹は考え事をやめて耳を澄ませる。

男性と女性一人づつの足音に気付いて残ったパイを急いで口に入れた。

勿論平日のこの時間なら帰ってきたのは希樹が思い浮かべた人物しかいないだろう。


「……!!」


「お邪魔してます…」


留香は希樹がいることに目を見開き少しだけ固まった。

だがすぐに目つきを鋭くして希樹を睨んだかと思うと後ろを振り返る。

留香の背後には隠れるようにして食堂の際に留香くんと寄り添っていた美人がいた。


すらりとした長く美しい手足にたわわな胸

桜色の長い髪の毛はさらさらとしていて、白い肌は透き通ってまるで雪みたいだ。

さくらんぼみたいな色づいた唇、ぱっちりして少し伏せ目がちな目…

高校生にしては大人びてるけどどこかあどけなさも残るような可愛さがある。

お嬢様で両親や周りに大切に育てられた雰囲気がにじみ出ている擦れのない美しさだ。


「春日さん…二階の右の部屋が俺の部屋だから…先に行ってて」


「うん、わかったわ」


今までに美人は見てきたけれどその中でも愛らしくて健全な美しさだと希樹は思う。

春日と呼ばれた少女はニコニコと笑うとそのまま上へあがっていく。

美しい少女を目で追っていると留香は希樹が逃げると思ったのか、にじり寄りつつ肩を掴んだ。

どこか苦しげに歪めた表情に、彼の焦りと余裕のなさを悟った。


「母さんに用事か?」

「うん…」


気まずくて目をそらすと、掴まれた肩に少し力が入る。

声色だけでもどこか冷たくて、それが希樹はちょっと悲しく思う。


「……それでも、もう来るな」

「…うん、ごめんね」


彼女が家に来たのに実家とはいえ同級生が家にいるのは嫌だろう。

さすがに申し訳なく思い希樹は神妙な顔で謝罪をした。

だけれどそれだけでこんな怒るなど恋は人をおかしくさせるのかな、昔の自分のようにと考えた。


なにをいっても駄目だろうと悟り、あとは留香の母親が誤解をちゃんと解いてくれるのを願って家をあとにした。



◇◆◇


「はぁ…」


帰ってもこんなもやもやした気持ちを抱えているもの嫌なので

希樹は少し散歩をしてから帰ることにする。

基本的に近くになにかあるわけではないが、久しぶりに帰ってきたのでなにもなくても懐かしくて楽しい。


「にゃああああああああああああああ!!!!」


そんなことをぼんやりと考えていると、後方から奇声が聞こえてきた。

慌ててそちらを向くと、上半身もズボンも軽くはだけている少年が希樹に向かって猛ダッシュでこちらに向かってきた。


「え?ええええええええ!?」


あまりにも唐突で、少年に猛ダッシュで来られたので

混乱のあまり、ぶつかりそうになった彼を抱きとめて高い高いをするように持ち上げる。

少年はプルプル震えながら希樹の首に足を絡めつけ、顔をキツく抱きしめ下を見つめている。

希樹のほっぺたになにか柔らかい感触がして、彼女は少し眉を寄せ嫌な顔をした。


その感触に無理やり下すか葛藤しつつも、足元になにがいるのか確認する。


「い、犬?」


「きゃん!きゃんきゃん!!きゅーん!」


「う、うわあああああああsw・:@;¥「」!!!!!」


そこには可愛らしい子犬が短い手足を精一杯伸ばし少年に吠えていた。

多分、遊んで欲しいというアピールなのだろうが、肝心の少年が恐怖でプルプルしている。


希樹はごめんねと子犬に謝りながらしっしと追い払うと、子犬は怯えながらも可愛い威嚇して逃げていった。

とても名残惜しそうに少年をみていたのが印象的だった。


少年はプルプルしていたが、やがて恐怖が去ったのだろう

ハッ!とするとギンっと効果音がつくほど怒りの表情を浮かべ希樹に振り向く。


「くっ…!お、おろせ!!!」

「あ、うん」


肩車していたのをひょいっと下ろすと少年の全貌がみえた。

金髪の柔らかそうなウェーブ、大きめの黒縁メガネの下にはクリクリしたまつ毛の長い目

瞳は真っ青な綺麗な青色で身長は私より10㎝は高めだから160cm少し超える程度だ。


「な、なにをみてるんだ!」

「いえ、寒そうだなって思って…」

「あっ…!」


少年は自分の服がはだけていることに気づき、慌てて下がっていたチャックを締め、Yシャツを胸元にかきあわせた。

可愛らしい顔を真っ赤にして屈辱にプルプルと震えている。


「へ、変態!!!」


「え、え!?あの…!」


弁明の余地もなく少年は慌てて逃げていった。

追いつけようと思えば追いつけると思うけれど、何もかも疲れてしまいそのまま後ろ姿を見送った。


「な、なんだったんだろう…」


ほっぺについた柔らかい感触をなくすように頬でさすった。


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