18:妖しの世界
大蜘蛛の魔は浄化され冷たい蒼色の光が天へ立ち上っていく。
大蜘蛛自体も魔と融合されていた影響でそのまま死んでしまったようでピクリとも動かない。
目の前に現れて並野達のピンチを救ったのは、少女とも少年とも取れる姿をしていた。
黒尽くめで大鎌を持ち、あれほどの戦闘を行ったあとなのに息一つも乱れていない。
それが少し恐ろしくもあり、救ってくれた今、頼もしくも感じられる。
戦闘後のピリッとした空気に怖じ気づくが、並野は勇気をだして声をかけた。
「―――き、君は」
希樹は後ろをゆっくりと振り返るが、すぐに視線は西鳥羽がいた方向へ戻す。
だが、既に遠くに怪鳥で飛び去ったあとだと分かり、ふう、と息を吐いた。
(―――まぁ、あの人がいない方がいいだろう)
気を取り直して3人に身体ごと振り返り、ニコリと笑みを浮かべ明るい調子で声をかける。
「危ないところだったね。」
その様子に、並野と春日は安心したように胸をなでおろす。
空気が緩んだように表面上は感じるだろう
――だが、希樹は手に持っていた大鎌の切っ先を3人へと向け
声を低くし、続けて問いかけた。
「――で、貴方たちは……私の敵?」
瞬間、冷たく煌く氷の槍が希樹の目の前に現れる。
予めわかっていた希樹は、それを鎌で受け流し
目の前に氷槍で襲いかかってきた留香の攻撃を、リズムを刻みながら幾度も躱す。
「ふっ」
希樹は何故かこの状況が面白くなり、笑みを浮かべたが、それを左手で軽く隠す。
まさか幼馴染と剣を交えることになるなんて、ついこの間までは考えられなかった。
だが、力も速さも差は歴然で、希樹が少し強く大鎌で押し返すと氷槍はボキリと音を立てて砕ける。
「そう……敵なんだ……じゃあ、楽にしてあげ、る!」
ドスっと大鎌が鈍い音を立てて突き刺さる。
並野が留香を助けに入ろうと動いたが、鎌が突き刺さった先は――地面だった。
その瞬間、揺れとともに低い鳴き声が地面から響き渡る。
「グアアアアアアアアア!!!!!」
土がボコッボコッと盛り上がり、勢いよく黒い塊―――先ほどと同じ蜘蛛が出現した。
ほぼ同時に楽しそうな、張りのある声が響き渡った。
「切り裂けっ!ウェントミール!」
並野達も戦闘態勢に入るが、希樹が詠唱した途端、蜘蛛の下に魔法陣が現れ
風がかまいたちのように蜘蛛へと襲いかかる。
「盗聴なんて悪趣味だよ」
軽く呟くと、そのまま蜘蛛はバラバラになり静かに地面へと倒れた。
西鳥羽が逃げる前に盗聴用に地面に仕込んでいた蜘蛛に希樹は気づき
話を聞かれる前に倒しておくついでに小芝居を打ったのだ。
だが3人は本気で殺されると思い、放心状態で固まってしまった。
希樹はそんな状態の3人をみて、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「……ちょっと、冗談が過ぎちゃった?」
頭を軽くかいて、照れくさそうにつぶやくと
ようやくはっとしたように少女がびくっと動き出すと
ずずずいっと少女が希樹に飛びつくような勢いで向かってきた。
「お願いします!私たちの仲間になってくださいっ!」
がっしりと手を握られてうるうると見つめられる。
男なら一発で恋に落ちるであろう愛らしい顔に、希樹は作った笑みで答える。
「まずは、事情説明から聞こう、かな?」
◇◆◇
――むかしむかし、まだ妖怪と人間が争っていた時代
この土地、夜見町は3人の妖怪が支配して人々を苦しめていました。
人々は妖しを倒すことの出来る術者『妖術使い』に相談しますが
力の強い妖怪相手では術者が何人束になっても叶いません。
悩んでいたところに一柱の神様がこのに降り立ちました。
そして一人の妖術使いの少年にこう告げました。
『一つ願いを叶えよう』
少年は迷わず妖怪の封印を願いました。
神様の力は凄まじく、妖怪達はあっという間に石や木や滝や山へ姿を変えました。
ですが神様は力を使い果たし、長い長い眠りへとつくのでした。
そして人々は神様に尊敬と感謝をこめ、夜見神社を建てたのです。
以前留香の家であったことのある少女――春日はこの土地に伝わる昔話を語った。
少し脚色は入っているが、実際に昔この夜見町で起こったことだという。
「そして眠りに就いた『神様』を私の一族が管理することになったのです。」
「で、その神様を狙う悪者が現れた―――ってところかな?」
「よくわかりましたね」
「大体この手の話はそうかなって」
そして続きを促すと頷き、話を続ける。
「神様と呼ばれているものは、石なのです。
伝承では生き物のように呼ばれていますが、実際はエネルギーが詰まった石…
妖石の巨大なものにすぎません。
神様が3人の妖怪を倒したと言っていますが、実際は石の力で術者が倒したのです。」
妖石と呼ばれる石は留香が使ったような術
――妖術を使うために必要なエネルギー(妖力)が詰まった石なのだそうだ。
(まぁ、妖力=魔力、妖術=魔法みたいなものか
うーん、この世界にもこんな不思議なことがあったんだなぁ。)
希樹は話を噛み砕きながら理解する。
(それに妖力……魔力の塊かぁ、ちょっと聖剣に似てるかも。
そりゃあ、誰でも使えるならば……奪うものが出てくるのが納得…というか今までよく無事だったよね。)
顎に手を当てて思案した。
聖剣も膨大な魔力で出来ている代物なので、理解も早かった。
「石が狙われているって、誰に狙われてるの?」
希樹が問いかけると春日は少し戸惑いがちに言葉を詰まらせる。
すると留香が口を挟んできた。
「……俺と桜の家は…昔からこの土地いる妖術使いの流派の家だ。
勿論、俺ら以外にも古くからいる術者の家柄もいる。
……その中のやつらが今回、騒動を起こした。」
「なるほどね、石をめぐっての争いか…。
――ん?そういえばこの間猫の『魔』を倒したのは貴方達でしょ?
石とは関係ないんじゃないの?」
「魔……?」
「あ、魔っていうのはあの蜘蛛についてた…うーん寄生虫みたいなもの、かな」
あの死体から出ていたキラキラ光る粒は魔が浄化された証だと説明をする。
すると春日たち3人はなるほど、確かに今までの妖しとは質が違っていると思っていた、と答えた。
「ああ……あれは『魔』というのですか?
猫又が暴れているというので、私たちが退治にしに行った際にも確かにいました。」
すると今までもじもじとしていた並野くんも恥じらいながらも口を開く。
「ぼ、僕たちは妖怪の退治も行っているんだ。
あ……といっても僕たちは協会には所属してないから
特に担当っていう担当地区はないけど、最近は……僕の所為で妖怪が活発に活動しちゃってるからさ」
悲しそうに目を伏せた彼に、春日が軽く肘打ちする。
「そんなに落ち込まなくていいわよ!
確かに、妖石の封印を解いちゃったのは貴方だけどね。」
「うっ…!」
ジロリと横目で見られた並野は肩を竦ませ恐縮しきってしまう。
だが、それをみてフッ春日は微笑み優しい声を出した。
「……まぁ封印は古くなってたから、遅からず誰かが解いてしまっていたと思うわ。」
そして希樹が状況を把握していないことに気づき
春日は補足をしてくれる。
「ええと、守っていた妖石の封印が解けたからか、最近妖怪達が活発になってきているのです。
通常は『幻妖協会』という異形退治専門の方が退治してくれてるのですが
近頃の夜見町では協会の方ですら間に合わないほど、妖怪が多くなってきてしまっていて…私たちで倒してるのです。」
「……元々この土地にいる術者が行うべきことでもあるからな…。
それに妖石を狙っているのは、人間だけでもない。」
地面を見つめながら話していた留香は、ふと希樹に視線を合わせる。
「……俺たちの事情は話した。
――お前は、なんのために俺たちを助けた。」
「る、留香くん!そんな言い方しなくっても…」
留香が少女や並野を庇うように前に躍り出て、問いかけ返す。
目つきは鋭く、希樹をまだ警戒しているようにみえる。
並野はそんな留香を諌めるように声をかけたが、ひと睨みされて「うぅ…」と黙ってしまった。
そんなひと睨みなどに希樹は怯むはずもなく、仮面の下でも余裕のある笑顔は崩れない。
腕を組みながら、首をかしげつつ答える。
「私?私はこの化物についていた『魔』の退治のためだよ。
で、最近…魔が倒されてるから、おかしいなぁと思って
その事情を知ってると思って、助けて話しかけたんだよね。」
魔を操っているやつに話を聞いても良かったんだけど
あの人、胡散臭そうだったから……とため息をつく。
「そんな力を持っているのにこちらの事情に疎すぎるのは、何故だ?」
「じゃあ、る…貴方は、どの程度『魔』の事情を知ってる?
――自分たちの世界のものさしで測らないで欲しいなぁ。」
「え、君って幻妖協会の人じゃないの…?」
すこしピリピリした空気に怯みながらも並野くんは問いかけた。
「むしろ今日初めて聞いたよ」
「知らないようだな、とは思っていましたが、存在すら知らなかったのですね……。
普通、術者は名前の登録をしているはずなのですが、流派どこなのですか?」
春日は戸惑ったように希樹に尋ねる。
通常術者は強制的に幻妖協会というものに登録されるので、存在は知っているはずなのだ。
登録をしていない希樹にすこし不審な視線がいく。
そんなことお構いなしに希樹は過去のことを思い出す。
辛い旅の日々のことばかりで、げんなりとした表情を少し表に出してしまう。
「流派、か。
師匠は沢山いるし自己流も入っているから流派という流派はないかな。
それに私が使用してる『魔力』は君たちが使っている妖術とは具合が違うみたいだしね。」
使っている『魔力』『妖力』といったエネルギーは限りなく近いが少し違うようだ。
使い方の差もあり、留香の術を見たが発動の仕組みとはすこし違って見えた。
「確かに、倒す存在も違えば知識も変わるわよね…。
ごめんなさい……疑うような真似をしてしまって。
―――そしてお願いいたします、私たちと『妖石』を封印する仲間になってください。
妖石を奪われるわけには、いかないの…!」
春日は深々とお辞儀をしそのまま希樹の言葉を待つ。
並野も静かに頭を下げたが、留香はそのままツンとそっぽを向いている。
希樹は実に困った顔でぽりぽりと頬をかく。
自分には自分の役目もあるし、化物ならともかく人間同士のごたごたには巻き込まれたくない。
―――できれば人殺しにはなりたくないからだ。
「顔をあげてよ。
うーん、そう簡単には仲間にはなれないかな。
君たちが悪い人じゃない…ていうのはわかるんだけどね。」
春日と並野は顔をあげつつ、あからさまにがっかりといったように肩を落とした。
だが希樹は指を1本立てて彼女たちに強く言う。
「でも『協力』はしてもいいよ。
どうせこっちも魔を倒さなきゃいけないから情報も欲しいしね。ギブアンドテイクでいこう。
君たちは戦力が欲しい、私は『魔』の操っている家の情報が欲しい。
だから、魔の絡まない人間同士の争いには関わらない、それでいい?」
「!はい!ありがとうございます!」
春日は希樹の手をとってブンブンと握手をしてきた。
並野もうるうる…と目元をうるませて感謝を伝えてくる。
希樹は面倒くさいことに関わってしまったかな、と思ったが
喜んでいる2人をみて昔の自分たちを重ね合わせ、微笑む。
だがあることが先ほどから気になっていたのだ。
(―――そういえば、あの伝承どこかで似た話を聞いた気がするんだよね。)
嫌な胸騒ぎを隠しつつ希樹は微笑みを崩さなかった。
…18話にして衝撃の事実ですが、この世界実は和風バトルものの世界なんです…。今まで黙っててゴメンナサイ…。