11:妖精の祝福(呪い)
希樹達が歩いていた道はマンションと工場が入り混じる地域で隣駅が栄えているので大きな道路があるが夜はあまり人通りは多くはない。
一本小道に入れば工場はもう締まっていて、裏手は個人会社のオフィスと竹藪の山があるだけで土日は人の目がすくない。
2人は急いで声の方向へと走ると薄暗い中、揉め合う声がはっきりと聞こえてきた。
「き、君…いい肌してるね…お兄さんの大事なところがどうにかなっちゃいそうだ…
おっとうっかり手がおしりに…!」
「うああああ触るなぁ!変態!!変態ぃぃぃ!!!」
サラリーマンらしきスーツ姿の男性が涙目の金髪のゆるふわウェーブの美少年を組み敷き
少年が精一杯対抗しどんどんと服が乱れていく姿が飛び込んできた。
希樹はげんなりと、みたくないものをみてしまったと悟った。
生憎彼女は腐った感性はあまり持ち合わせてなかった。
セフィラはというと慌ててそちらに駆け寄ると2人を引き離しにかかる。
「ダメです、男色はダメです!!」
「いや、男じゃなくても痴漢はダメですからね!」
こういうところに文化がちがうなぁと希樹は痛感する。
暴れるサラリーマンの身柄をセフィラが拘束し希樹は少年を宥めにいく。
引っ張られボタンが弾け飛んだシャツの上から希樹はカーディガンを脱ぎ羽織らせた。
白い襟に刺繡がついたシャツだけになり、少し肌寒さを感じる。
少年は恥ずかしそうに顔を俯かせ、希樹にお礼をいってキツくカーディガンの前を合わせた。
(――やっぱり男女関係なくこういう行為はいけないことだ。)
希樹はよしよしと背中を落ち着くよう撫でていると、セフィラが少し声をあげた。
メリメリというリズムよい鈍い音と共に痴漢した男性の体が変形していく。
むわんと魔特有の生臭い香りがあたりを包み、2人は驚きつつ簡単だが戦闘の構えを整える。
その判断の速さは常人のそれとは違い、2人の経験値が高いことが伺えた。
(こんなところにいたのか…!)
希樹はキツくそれを見据え、聖剣を取り出そうと手を構えると隣の少年が唖然としている表情が見えた。
口を開け目は見開いているが暴れる様子はない。
「な、なんなんだ…あれは…」
希樹は少し気絶してもらおうと手刀を落とそうとしたが
この錯乱している様子ではないのと、この間力加減を間違えてセフィラの家で湯呑を壊したことを思い出し
首を落としちゃったなんてことがあっても困るので、もう少しこの身体に慣れるまでやめようと手を戻す。
「黙ってて、すぐ終わるから」
今にも叫びだしそうな彼の口の前に人差し指をあてた。
彼の唇はとても柔らかく、指が吸い付くような弾力に少し嫉妬する。
――薔薇の香りが芳しかったが希樹はそれを振り払い顔を楽しそうな笑みに変えた。
◇◆◇
(――今回も初期型の弱い魔なのでなんの心配もない。
ただ心配ごとといえばいくら人通りのない道とはいえ住宅街が近いのに加え
騒ぎ立てそうな一般人がいることだろう。)
ちらりと少年を見るとまだ現実として自体を受け入れていないようで固まっている。
暴れる様子はない、と確認を取ると腕を振り、聖剣を取り出す。
だが魔もすぐに希樹のそばへと黒い腕を伸ばそうとしてきた。
避けようと思うが、軌道がわずかに希樹からそれている。
「その少年が狙いのようですね」
セフィラがのほほんと報告すると少年はヒグッと喉を鳴らした。
希樹はそれに頷いて、今回の武器を確認する前に魔の手の触手を引きちぎる。
ぶにっとしたスライムのような感触に勢いよく赤黒い液体が降り注ぎ
化け物にとってとても痛かったのか低めの声があがる。
液体は希樹にも少年にも少しかかり、少年の方は涙目になりながらうぐっと声を押し殺して悲鳴をあげた。
少年のその嫌悪を催した表情に希樹は安心させるようにぬぐってやり、言葉をかける。
「大丈夫、やっつけたらなくなるからさ」
「そ、そういう問題じゃ…ないだろ!」
汚れるのが嫌なのだろうと思い気を利かせたが、少年はとても嫌そうに反論した。
――聖剣は青い光を発しながら徐々に姿を変える。
細かい光の粒が空へと昇っていくのを少年はぼんやりと眺めた。
元の剣より長く細く姿を変形した剣『ガリアンソード』
いや、蛇腹剣というのだろうか鞭状の剣を見てセフィラは嬉しそうに希樹に声をかけた。
「勇者様、今日の武器は貴方の大好きなアレですよ!」
「別に好きじゃないですよ!ただビリーさんが冗談でいってるだけです!!」
これで昔希樹は女王様ごっこをして遊んだことがあり
仲間が希樹のお気に入りの武器とそう吹聴しているだけである。
正直まぁまぁ使い勝手はいいと感じているがお気に入りというほど使い勝手がいいわけでもない。
伸縮自在とはいえ、こういう小道のせまっこい入り組んだ場所で使うべき武器じゃないのだ。
あまり伸ばさないで使おうと、ガチャンと剣をくっつけると後ろのセフィラから残念がる声が聞こえる。
魔はその間も耐えなく襲ってきていたがだいたいは左手で攻撃をいなしていたので問題はない。
たとえ後ろからヒグッとか少年の悲鳴が聞こえようとも。
それが面白くて戦闘を長引かせていた部分もあったが、生臭いし誰がいつ来るかわからないので
軽くステップを踏み、とっとと首を刎ねる。
胴と首が離れ動かなくなって少し経つと光が溢れ、元のサラリーマンへと戻る。
希樹は剣を軽く振るい血を払うと剣を撫でるように手を動かし剣をしまった。
そしてそのままへたり込んでいた少年に向かって近づくと少年はびくついたが
希樹が手を差し出すと少年はおずおずと手を取り立ち上がった。
身長は少し少年のほうが高いといったくらいで少年と目線がばっちありと合う。
「これ、警察につき出しますか?」
希樹はサラリーマンのほうへ顔を動かすと少年は長いまつげを伏せつつ首を横に振る。
なにか事情がありそうなのでその様子を伺うと、泣き出すような声を出した。
「俺が…悪いから…」
続きを促すと、少年は涙を溜めて希樹をを見つめた。
この時に希樹は初めてこの少年が稀有な美しさを持っていることに気づいた。
セフィラのような中性的な男性の美しさというよりは女性的な美しさで
滑らかな頬にほっそりとした手足。潤んだ瞳は大きく睫毛はくるりと上を向き
口は小さく果実のような瑞々しさだ。
薔薇の香りがどこか芳しく、希樹はこの香りをどこかで覚えている。
思い出そうと考えたところで少年が叫んだ。
「俺が…
俺が…男を惑わしてしまうのが悪いんだ…!」
一瞬とても静かな間があった。
(――なんだろう、間違ってはない。
美しい少女のような愛くるしさがある。
もし私と彼が歩いていたら痴漢も彼の方を襲うだろうとはなんとなく思う。)
だけれど理解できるのと納得できるのは違うのだ。
錯乱しているのか、と思いセフィラに目配せすると
セフィラは驚いたように、いや、好奇心が全面に出ている表情で彼をみていた。
「勇者様こちらの方凄まじいですよ。
沢山の数の祝福を受けられていますね……もはや呪いのようです」
「祝福というと妖精とかのですか?」
あの世界は妖精から祝福を受けた特別な人間がいた。
生まれた時に気に入った人間に加護をさずけるのだと言う。
その加護を持った人は何かに秀でたものが多く歴史に名を遺すものが大半だ。
勿論セフィラ様も祝福を受けた者の1人である。
彼は妖精から容姿を気に入られ、魔力の容量をかなり上げてもらったらしい。
「顔面が妖精好みの線の細い少年ですからね
1つ2つくらいあってもおかしくはないですが…」
「ちょっと待ってください、この世界にも妖精っているんですか!?
っていうか顔!基準顔なのですか!!!??」
「ええ、少し姿形が違う者もいますが、いらっしゃいますね。
私の家にも何人か住んでいます。おかっぱの黒髪の女の子の妖精です」
「もしやそれ…」
座敷わらしじゃないかな、と希樹は思ったがあまり聞くのはやめておこうと口を噤んだ。
少しセフィラの家にいくのが怖くなってしまった。
「ちなみにその人にどのくらい祝福がついているんですか?」
「ざっと見たところ50個ほどついています」
「50!!?」
通常妖精の祝福は1つ2つ、多くて7つも持ってる他国の王様を見たことがある。(確かにあの人も美形だった)
なのにもう桁が違いすぎて空いた口がふさがらない。
「肌あれしない祝福に犬から好かれる祝福、唇が荒れない祝福乳首がピンクになる祝福
それに人に好かれる(主に性的に)祝福という主に私的な欲望が見え隠れする祝福ですね」
「あっ……妖精さん…」
(――彼に祝福を贈った妖精さんは間違えなしにド変態だ…。)
希樹はどう反応していいのかわからず同情の眼差しを少年へとむけてしまった。
だが少年はそんな眼差しに気づかず拳を握り締め怒りに震えていた。
「まさか、その妖精ってやつが俺をこんな風にしたのか…」
わなわなと小さく柔らかく色付いた唇を震わせた。
「俺は、ずっとこの体質のせいで人前に出るのが怖かった…
外に出たらなにもしないうちに息を荒あげたおじさんやお姉さんが寄ってくるんだ!!
そんな状態だから学校へもろくに行けず、いつも通学時間をずらして相談室で勉強して…
それにアレルギー持ちなのに、犬は寄ってくるし、猫も猿もモモンガも…!!!」
「う、うわあ…」
「この間も水飲み場で手を洗ってたら知らない奴にケツ触られて
怖くて窓から落ちたらまた知らない女子生徒にお姫様抱っこされて…」
聞き覚えのあるシチュエーションに希樹はようやく思い出した。
先日犬から助けた人と窓から受け止めた人はこの少年だったと。
薔薇の香りもその2件の時に香ったものならば嗅いだこともうなづける。
(お姫様抱っこしたのは私だって…黙っておこう…)
とはいえ、希樹もセフィラも対抗魔法を習得済みであるから彼の祝福の被害は受けないので
先ほどの希樹の件は彼の被害妄想ではある。
少年は地面に跪き、懇願した。
白くしっとりとした手に砂利が食い込み、金色の髪が地面を撫でる。
「頼む!!なんでもするから俺を助けてくれ!!!」
希樹とセフィラ様は少し顔を見合わせてため息をついた。
「どちらにせよ、妖精が加護をそうとう与えているので記憶の削除ができません」
「それに、なんだかめちゃくちゃ可哀想だもんね」
希樹は少年の顔をあげるようにいって、しゃがんで目線を合わせて微笑んだ。
「わかった、妖精にかけ合ってみるよ」
少年はわっと泣き出して希樹に抱きついてきた。
ありがとう、ありがとうと言うたびに鼻水がついたが背中をぽんぽんと叩いてあげた。