表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

プロローグ

しかし、ずいぶんと狂気的な夢を見たもんだなぁ。


空色のカーテンを開け、分厚いガラスをゆっくりと横にスライドさせると、カーテンの澄んだ色とは正反対の黒い雲が渦巻いていた。

季節は夏真っ盛りだったため、雨が降れば必然的にジメジメとした空気になる。じっとしているだけで服の中が湿ってくる感覚を想像するとうんざりした。

まだらに黄ばんでいる白い壁に、半分飾りのような意味合いでかけておいたカレンダーに目を向け曜日を確認しようとしたが・・・・・・。

途端クラス随一の面倒くさがり屋と大変不名誉な肩書きを保持している夜部有希は顔を歪めた。

現在窓際にへたり込んでいる彼に、一つの使命が下された。

曰わく、カレンダーを一枚破り、ゴミ箱に押し込むのだ!

という有希にとって理不尽極まりない使命を果たさなければならなかった。つまり今日は6月1日。

カレンダーが近くにあるのならまだマシというものだが、残念ながら彼奴の設置場所は窓際の対極に位置する高所。しかも身長が165sm程度しかない頼りなさげな男子である有希には、背伸びをしなければ届かない領域なのだ。


ー10歩も歩いて上腕二頭筋及び膝下の筋肉を伸張させ、ほぼ全体重をつま先に負担させ、強制的に7smも中に浮かせろというのか!そんな面倒なことはしない。イエス=キリストに誓ってもいいですよ、ええ誓いましょうとも!!


などといろいろ堕ちちゃってる決意を胸中に秘めた。信者に聞かれたら打ち首確定だろう。本当にキリストの耳に入ったらと愚考するのも恐ろしい。天界も軽くパニクってしまうのではないだろうか。


お次に怠惰星人の目に映されたのは、テレビのリモコンだった。こちらは身体から50smの位置。

しかし意地でも動こうとしない怠惰星人は、体を器用に捻りながら手を最大限に伸ばし、なんとか手にとった。

カーテンを開けることに(心理的にだが)全精力を使い果たしたので、この世の動作が全て等しく面倒に感じた。

震えながら右手を上げ、ボタンを押す。幸い(というかいつも)予備電源は点けたままなので、眩しい光と共に映像が現れ徐々に鮮明になっていく。

日にちを一応頭の中に入れておくか。くらいの浅はかな思考の元に気軽に、いつもの日常での行いが有希を残酷な非日常へと誘った。

まず視界に入ってきたのは大きく赤い”速報”の文字。


ーまた政府がろくでもないことやらかしたのか?

なんて他人行儀の勘ぐりは、続きを読んだコンマ1秒後に完全消滅した。



”東京都内の小・中・高校生が家内で不審死”



「まさか・・・そんな・・・・・・!」

自分でも信じられない俊敏さでテレビの前に肉迫する。とてつもなく嫌な予感が背筋を凍らせた。ねっとりとした汗が虚しく滴下し、深い染みを作った。山の斜面に流れる水のごとく、為されるがままにどうでもよく生きてきた有希にとって、おそらく初めてだろう冷や汗を意識することもできず、画面を食い入るように見つめる。

過度の興奮と恐怖で瞳孔は開かれていた。


やがて、一握りの疑惑は確信へと変わった。


警察が殺到し、物々しい雰囲気を醸し出しているその景色は、自宅のすぐ手前だったからだ。

有希の家がある通りは商店街になっている。赤い屋根の八百屋。その奥には無駄に大きな文房具屋。一つ塀を隔てた隣には可愛らしい若い女性専用の小物店が。この映像には上手く影に隠れて姿がないがすぐ近くの裏手には有希の家がぽつんと建っている。


透明な閃光の後、場面が切り替わった。

感情のないカメラに対して、必死にすがりついている四十代の女性。その色黒でそばかすが浮く、健康そうな丸々とした輪郭には覚えがあった。



夢の最中で死んだ、より正確にいうと”裏の世”で殺された同級生佐野梨恵香の母親だ。


滝のように流れる涙が顔全体を覆っていた。嗚咽を漏らしながら、ヒステリックな引きつった声で、喉が裂けんばかりの声量で叫んだ。


娘がベッドの上で首を切断されていた、と。


これで確定だ。真実だ。

奴が口にした馬鹿げたこと全てが。


気づけばテレビの主電源を切っていた。無意識に体と脳が現実からの逃避を選択した結果だ。すでに濁った灰色の闇が画面を塗り替えていた。


鏡を覗かずとも分かった。血の気が引いて表情が凍りついていることが。

直後、腹部の血液が根こそぎ逆流するようなおぞましい感覚を味わった。無我夢中で掴んだゴミ箱に茶色い吐瀉物をなだれこませると同時に視界が暗転した。


あそこで殺された者はリアルでも死ぬ。このいかれた法則が真実だと信じられれば、あんなことはしなかった。


殺るしかない。もう逃げられないのだ。どう足掻こうと、泣き叫ぼうと、命懸けの闘争時間は毎日やってくるのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ