第3話:ボクは妹に勝てない
どこにでもいる姉と妹の関係。
「――海東彼方は改造人間である。妹がいないと生きていけない身体なのだ」
「えっと……どこから突っ込んでいいのやら。そんなわけないでしょ」
「ダメだよ、おにぃは私がいないと生きていけないんだから!」
「勝手に決め付けないっ!」
こんなやり取りをする姉妹は少ないだろうけど。
昔から妹にだけは勝てない。
自称、可愛いだけが取り柄の妹、貴音。
そう自分で言うだけあって可愛い子だとは彼方も思う。
女から見ても可愛いけど、問題も多い。
リビングのソファーに寝そべりながら呆れた声で言う。
「どうして、貴音はそんなに女の子が好きなのかな」
「……は? 私が? そんなわけないよ」
「自覚ないの!?」
あまりにも真顔で言う妹。
今の今まで彼方に迫っていた子の言うセリフではない。
「おにぃ。それは勘違いだよ」
「どこが勘違いなのさ?」
「私は女の子好きじゃありません。私の姉である、おにぃが好きなだけ」
――なおさら、悪いわ。さらに言うと頬を染めるな、ボクに近寄ろうとしない!
この際だから、はっきり言っておいた方が良いかもしれない。
主に彼方自身の安全のために。
「貴音。ボクは女の子です」
「分かってるよ。そこらの男よりもイケメンな女の子だよね」
「うぐっ……ボクは貴音のお姉ちゃんでもあります」
「生まれ持っての運命。私達、最高の姉妹だと思うなぁ」
貴音のにこやかな笑み。
ダメだ、この子……ホントにどうすればいいの。
「おにぃも私の何が不満なのよ」
「……ボクに対する屈折した想い、全般」
「えーっ。歪んでないよ! 私の想いはいつだってまっすぐなのに」
だから、それが悪いと言う事に気付いて。
貴音は横に座って迫ってくる。
ソファーの端の方へと彼方は逃げようとする。
「近づかないでェ。な、なんで、ボクなわけ? 好意の対象なら他にもいるでしょ」
「分かってないなぁ。おにぃがカッコよすぎるんだよ。身長も高いし、美形顔だもん。おにぃに恋をするなと言う方がおかしい」
「貴音のその考えの方がおかしい」
不満そうな妹。
――そんな顔をしてもダメなものはダメです。
「ここで衝撃的な事実をお知らせするわ。私はおにぃの本当の妹じゃないの」
「……え?」
「――実はおにぃは記憶をなくしていて、私を本当の妹だと思い込んでいたのよ」
「ボクに記憶喪失フラグ、嘘だぁ!?」
貴音がいきなり、変な事を言い出した。
記憶喪失フラグなんて今の今で一度もたったことはない。
「私達、義理の姉妹だったんだよ。だから……いいよね?」
「ダメです。義妹だからいいというわけでもない」
そもそも、義妹なわけがない。
現実的ではない。
「それじゃ、実は私たちは本当の姉妹じゃなかったの。パート2」
「……パート2」
「おにぃは実は並行世界の住人だったの。だから、問題ないよね」
さすがにその設定には無理がある。
――並行世界って……ボクはどうやってこの世界にきたんだ。
「並行世界だろうと、姉妹には変わりないなら無理。ていうか、そもそも、同じ性別である時点から問題だから。兄と妹ならまだロマンスだけど、姉と妹ってただの百合だから無理。そこから違う事にお願いだから気付いてよ」
「むぅ。ひどいよ、おにぃ。私が妹だからって理由で、この想いを断るの!?」
「前にも言ったけど、妹だからという理由は断るのに十分すぎるくらいだと思う」
お願いだから健全な道に戻ってほしかった。
昔の貴音はただの可愛いだけの妹だった。
それが今では百合要素を姉に求めてくる妹になってしまった。
――人の成長って時に悲しいね。
貴音は甘えてくるようにすり寄ってくる。
ほんのりと香るシャンプーの香り。
彼女はホントに美少女だ。
彼方が男なら、惹かれているかもしれない。
同じ姉妹でも、ボクには女の子らしさの欠片もないのに凹む。
「分かったわ。もういい、おにぃ……」
拗ねた彼女はボクをマジマジと見つめていったんだ。
「世界に旅にでます」
「いきなり、どうして?」
「この世界は広いもん。きっと、妹でも結婚できる国はどこかにあるはず」
「世界広しと言えど、近親者が結婚できる国はありません!」
世界視野に愛を広げようとしないでもらいたい。
「それならば、私が日本を変えてみせるわ。姉妹でも結婚できるようにっ!」
「――何か、カッコいいを事を言い出した!?」
中身は全然、カッコいいものでもないが。
「世界が変わらないのなら私が変えればいいの。さくっと法律あたりを改正しちゃえばいいのよ。ん? 憲法かな?」
「個人の我がままで日本を変えようとしないで」
「政治家って、自分のエゴのために法を変えちゃうんだから問題ないって。このくらい、権力さえあれば、何でもできるよ」
……将来、ホントにこの子なら国でも変えられそうな気がする。
その改正は彼方にとって迷惑以外の何物でもない。
「まぁ、国を変えなくても、世の中には結婚できない相手と結婚したつもりになれる奥の手があるから別にいいけどね」
「なにそれ?」
「事実婚。事実上の結婚、好きな人と生きていくならどんな関係でも幸せだよね?」
「それ、兄妹の恋愛でも普通に通用する奥の手だと思うんだ。ダメです」
適当に妹をあしらいながら、テレビの方へと視線を向ける。
「むーっ。おにぃってば冷たい。私への愛が足りてない~っ」
「姉妹程度の愛はあるけど。ほら、バカな事を言ってないで。さっさとお風呂に入ってくれば? お父さんが入っちゃう前に入った方が良いんじゃない。ぬるめのお湯が好きな人だから、後で入るのが嫌なんでしょ」
そろそろ、時間も10時半。
お風呂に入って子供はさっさと寝なさい、と彼方はあしらう。
「おにぃも一緒に入る?」
「入りません。それにボクはもう入ってる」
お風呂の時間は夕食前、すぐにと決まっている。
スポーツもするし、汗をかくと気持ち悪いからだ。
「ちぇっ。まぁ、いいや。それじゃ、お風呂に入ってくるから。覗いていいよ」
「妹にお風呂を覗いていいって言われて、ときめく姉はいません」
貴音は「ときめいて欲しいのに」と楽しそうに笑う。
普通に接している時は普通に可愛い妹なのに。
……本当に残念すぎる。