第2話:ボクは妹に好かれてる
ある夜、家でのんびりとしていると、なぜか怒った顔をする貴音が部屋にやってくる。
「――おにぃっ!」
「は、はい?」
部屋に入って来るや、威嚇する猫のような瞳を向けて睨まれていた。
怒ってる理由に検討もつかない。
「私は珍しく怒ってます。なぜなのか20文字で答えてよ」
「えっと………………………………分からない」
「まさかの三点リーダーの多用!? じゃなくて、ちゃんと答えて!」
いきなり怒られても分かるわけがない。
それでなくても、貴音の考えることは分からないのに。
「おにぃ、今日は女の子の頭を撫で撫でしてたでしょっ!」
「……え?」
「しらばっくれても無駄だからね。私、放課後に見ちゃったんだから!」
貴音が怒ってる理由に思い当たる節がある。
「あっ。それは……」
今日の夕方の事である。
彼方は例によって後輩の女の子から告白されてしまった。
もちろん、その気があるはずもなく。
お断りをしたのだけども、その子が泣きだしてしまったのだ。
それで、彼女をなだめるために頭を撫でた。
それだけなのに、ここまで貴音が怒る理由にはならない。
「別に大したことじゃないよ」
「私には大きな問題だよ!」
「夜なんだから声がうるさい。もっと静かにして」
「むぅ……おにぃってば、ひどい~っ。妹の気持ちを弄ぶのね」
彼女に弄ぶつもりなんてない。
――そもそも、姉妹同士で弄ぶってどういうシチュなの?
ボクは嘆きたくなる気持ちを抑えながら、
「それで? ボクはどうすればいいわけ?」
「おにぃ。私も頭を撫でて欲しい!」
「……はい?」
なぜにそう言う話になるわけ?
ボクに対して貴音が求めるものがよく分からない。
「だ・か・ら、頭を撫でてくれたら許してあげる。あんな後輩にして、私にしない理由はないでしょう? そもそも、おにぃは優しすぎるの。告白を断った相手に優しくしちゃダメ!」
「……妹の頭を撫でる理由もない気がするんだけどなぁ」
「私もナデナデされたいの! いいでしょ?」
これ以上、文句を言われても困るので、貴音の頭を撫でてあげることにした。
「ん~っ」
まるで猫が撫でられて気持ちよさそうにするみたいな表情をする。
それにしても、貴音の髪ってすごくサラサラで心地よいと彼方は思う。
自分の髪と比べると悲しくなるものだ。
「……これでいい?」
「うんっ。許してあげる♪」
「それじゃ、お帰りはあちらです」
「いや~っ。妹が部屋に遊びに来てるんだから、もっとかまってよ」
迷惑ってわけじゃないけども、はっきりと口にすると傷つけてしまう。
気分屋の貴音の扱いは本当に難しい。
不機嫌はどうやらなおってくれたようだ。
「おにぃ……ホントに女の子にモテるよね。私を含めてだけど」
「……どうしてだろうね。ボクにはその気がないのに」
「ふふっ。おにぃはカッコいいもんっ。恋しちゃうのはしょうがないよ。私もそうだし」
「うっとりとした表情浮かべないで?」
妹から愛されても、と愚痴る。
「そもそも、ボクは女の子なわけで。女の子からモテても嬉しくない」
「ということを言いながらも、実は妹に恋をしてるボクでした」
「人の言葉を勝手に改ざんしないで!?」
妹に恋はしてません。
「ボクは妹に恋をする」
「しません。大体、そんなのは貴音の妄想だから」
「――おにぃ、恋は頭で考えてするんじゃない、心で感じてするものなんだよ!」
何を自分の恋愛論を正当化しようとしてるの、この妹!?
「おにぃはカッコ良くて頼りになって、女の子にしておくのがもったいないよね?」
「ね? って言われても一切同意する気になれない」
「えーっ。どうして?」
「だから、前から言ってるけど、ボクはノーマルなのっ。男の子と恋がしたいんだ」
いずれは、男の子と恋をして、キスとかデートとかしてみたり。
少女マンガみたいな恋をしたいと思っている。
「――おにぃ……ボーイズラブはダメだと思うんだ」
「真顔で諭された!?」
しかも、嫌な方向な意味合いで。
「なんでボーイズラブなの? ボクは女の子だよ。お姉ちゃんなんだから、おにぃって言うのもやめて欲しい」
「それは無理。おにぃはおにぃだもんっ」
せめて、おにぃと呼ぶのをやめさせたい。
「この物語はノーマルな姉を妹好みに調教しちゃう壮大な物語なんだから!」
「そんな恐ろしい物語のプロットなんて捨てちゃいなさい」
彼方の身がホントに危険だ。
「……女の子同士って慣れればいいらしいよ?」
「変な漫画の影響を受けすぎだから。BLもGLもファンタジーだから! お願い、ボクを変な世界に引き込まないで。さっさと、貴音も目を覚ましなさい」
妹に好かれている。
それも半端なく愛されまくっている。
容姿端麗、性格も可愛い貴音。
普通にしていれば自慢の妹なのに、どうしてこうなった。
彼方は頭を抱えて静かにため息をついた。
「大体、貴音も男の子にモテるじゃないか。誰でもよりどりみどり、恋人でも作って健全な恋をしてみたらどうなの?」
「おにぃみたいに、カッコよすぎる姉がいると恋なんてできないよ。目の前に最高の相手がいるんだもん。他に恋なんてできると思う?そんなの無理だよぉ」
――やっぱり、うちの妹は変だ。
「今の世の中、年齢も性別も愛の前には障害にはなりません」
「十分、どちらもなると思うんだ」
「愛さえあれば姉妹だって恋しちゃうんだよ?」
「ボクは無理です」
速攻で否定させてもらいたい。
「ふふっ。ホント、素直になれないツンデレなんだから。おにぃ、いつか私にデレさせてあげる。おにぃって、どんなデレをみせてくれるのかなぁ?楽しみだよ♪」
微笑を浮かべる貴音。
簡単にへこたれない妹が手ごわ過ぎる。
「――ラブリーだよ、おにぃ♪」
妹に愛され過ぎて、その愛が怖い。
――誰かボクの妹の目を覚ませてあげて。ボクが妹の毒牙にかかる前に……。