プロローグ:私とおにぃの朝の日常
【海東貴音】
私、貴音がおにぃを好きになったのはもうずいぶん昔のこと。
姉の彼方は女の子に見られるよりも、男の子に見られる事が多い。
誰もが見惚れるイケメンに見えてしまう顔つき。
外見のカッコよさに加えて、彼女は運動神経も抜群にいい。
何かのスポーツをすればすぐにうまくなり、誰もが頼りにするほどに面倒見もいい。
後輩から当然のように憧れ、慕われて、好かれる自慢の姉だ。
小さな頃から傍にいる妹の私だって、自然と好きになってしまうのもしょうがないよね?
私が彼女をあえて“おにぃ”と呼んでいる理由。
それはお兄ちゃんのように接してきているからに他らならない。
彼女を「お姉ちゃん」と呼ぶにはあまりにもカッコよすぎる。
姉と思わず、兄と思ってしまうのは自然な事だと思うの。
もちろん、時折見せる笑顔とか女の子としての可愛らしさもある。
甘いもの好きなので、甘いものを食べている時はすごく幸せそうな微笑みを見せる。
そのギャップもまた私にとってすごく見惚れてしまう所だったりする。
あー、もうっ、私のおにぃはどうしてこんなに魅力的なの?
神様は意地悪だと思う。
あんなにも素敵な姉を私に与えておきながら、恋を成就させてくれないなんて。
私はおにぃが好き。
それはもう姉妹愛とか超越して、男女間の恋愛レベルの好きだ。
おにぃの事が好きすぎて、他の誰かを好きになんてなれない。
私は自分で言うのも自慢にしかならないけども、かなり男の子にモテる。
連日のように告白とかされてしまうのだけど、迷惑でしかない。
他人に好きだと想われるのは嬉しくても、私の想いはおにぃにだけしか向いていない。
おにぃだけが私の愛するべき人なのだから。
でも、全然、恋愛対象としては見てくれない。
愛の言葉を叫んでも拒否されてばかり。
私の愛がいつか報われると信じて。
諦めることなんて絶対にない。
これからも、私はおにぃを愛し続けるんだもん。
季節は一月下旬、肌寒さに耐えながら私はベッドから起き上がる。
「ふわぁ。まだ眠いよー」
小さく欠伸をして、眠気をおしてパジャマから学園の制服に着替えた。
朝の6時半、身支度を終えてから私はお弁当作りを始める。
おにぃのために毎朝、手作りのお弁当を作るのは朝の日課だ。
キッチンに立つとすぐに料理を始める。
おにぃが好きなのは甘めの卵焼き。
少し多めの砂糖を卵に入れてかき混ぜる。
それをふんわりと焼きあげておにぃ仕様の卵焼きの完成。
ついでに自分用に普通の卵焼きも焼いておく。
私は冷蔵庫の中身を確認しながら次のメニューに取りかかる。
「おはよう、いつも朝が早いな。貴音」
声に振り向くと、スーツ姿のお父さんが新聞を片手にリビングにやってきた。
椅子に座るとテレビのニュースを聞きながら、新聞を眺めている。
「おはよう、お父さん。コーヒー、いる?」
「あぁ、もらおうか」
私はカップにコーヒーを淹れながら、朝食の準備もしなくてはいけない。
お弁当作りと朝食作りは同時作業で忙しくなる。
「お母さんはまだ寝てるの?」
「ぐっすりと熟睡中だ。いつものことだよ。貴音のおかげだな」
昔はお母さんがやってたんだけど、元々、朝に弱い人なので苦労してたみたい。
そこで私が料理できるようになってからは朝食作りは私の仕事にもなっていた。
こうみえて、私も家事のお手伝いくらいはする。
「それにしても、貴音は毎朝、よく頑張るな。主婦の仕事も完璧だな」
「いつでもおにぃのお嫁さんになるために頑張ってます」
「……あー、それで極度のシスコンが治れば僕も安心できるんだけどな」
呆れた声で嘆くお父さん。
お嫁さんになりたい、私の女の子らしい夢の何が悪いんだぁ。
大好きなおにぃと結ばれるためなら私は何だってするのに。
「おにぃが魅力的すぎるのがいけないの。はい、コーヒー。朝食はもうちょっと待って」
「貴音よ。父親としては複雑だが、ぜひともお前には早く彼氏ができて欲しいぞ」
「お父さんまでそう言う事を言うし。お母さんと同じ事を言わない」
「……だから、両親に揃って言われるような事をするな、と」
私は会話しながら料理を続けて、フライパンに油をしく。
跳ねる油に気をつけながらベーコンと卵を焼き始める。
「私の愛は両親の忠告程度では止められないのよ」
「お前にそんなにべったりだと彼方も恋のひとつもできやしないんじゃないか?」
「それでいいの。おにぃが男に恋をする余裕なんて与えない。絶対に邪魔する」
お父さんは「この妹、怖いわ」と少し引きながら新聞に視線を戻した。
いつものことなので、説得も諦めたんだろう。
ベーコンエッグとサラダ、それと焼きたてのパンをテーブルに置く。
「できたよ、お父さん。あっ、とこっちもまだしなくちゃ」
「容姿端麗、家事料理も得意で女の子としても完璧なのに。シスコンだけが問題だ」
「シスコンで何が悪いの? 姉妹愛に満ち溢れてるいい姉妹だと思ってほしいな」
「……その愛が重すぎると姉からクレームは来てるけどな。いただきます」
朝食を食べ始めるお父さん。
時計は7時前になりかけていた。
そろそろ、おにぃが目を覚ましてくる時間帯だ。
お弁当を仕上げてしまうと、続いておにぃの朝食も作る。
ちょうど料理ができた時間におにぃが制服に着替えてやってきた。
「おはよー。父さん、貴音。ふぅ、この時期は朝を起きるだけでもつらいよね」
スカート姿のおにぃが見られるのは制服姿だけなので、私は好きだ。
本人は似合っていないと言うけども、これはこれでいいのに。
「おぅ、おはようさん。相も変わらず、彼方はカッコいいな」
「父さん。それ、娘への褒め言葉じゃないよ」
「おにぃ、今日もカッコいい! 素敵だよ。そんなおにぃが大好きだぁー」
綺麗に整えたショートカットの髪と凛とした瞳。
朝からおにぃのイケメンっぷりに見惚れてしまう。
「……はぁ。どうも。それより、父さん。今日は夕方から雨だって。傘を持って行ったほうがいいよ」
「そうか。冬の雨は冷たいからな。雪でもふられると迷惑でしかないが」
「いいじゃない、雪。電車止まっちゃうと困るけど。ボクは雪は好きだから降って欲しいけどね」
私の事を適当にあしらわれてしまい、お父さんと会話を始めるおにぃ。
むぅ、お父さんにおにぃを取られた。
ふんっ、いいもん……意地悪して目玉焼きをスクランブルエッグにしてやる。
私はおにぃと自分の朝食を作り始めると、テレビで星座占いコーナーが始まる。
「おにぃ。テレビのボリュームをあげて。ここまで聞こえない」
「はいはい。星座占いか。貴音とボクは星座が同じなんだよなぁ」
誕生日が三月の後半の私、と四月の前半生まれのおにぃと私は星座が同じだ。
あと少し生まれる時期が遅かったら、学年もひとつ下になっていた。
そういう意味ではおにぃと同じ学年でよかったなぁ。
「――今日の一位は牡羊座の貴方。今日は恋愛運、絶好調。好きな人に告白するとうまくいくかも」
幸運の運勢がきたー!
占いの結果に私は胸の鼓動を高鳴らせる。
今日はいい運勢だし、これはいけるかもね。
私はおにぃに向けて愛の告白をする。
「――おにぃ、大好き。恋人になろうよ。私と付き合って~っ」
「――全力でお断りします。いつまでもボクの妹でいてください」
「えーっ。占いの嘘つき。全然、うまくいかないじゃん。ふぇーん」
占いの結果程度では私の恋は成就できないみたい。
いずれ結ばれる運命だとしても、神は試練を与えすぎるわ。
「貴音よ、父親の前で堂々と姉を口説くな。ホント、お前は彼方が好きなんだな」
「好きだよ。好きすぎて、おにぃしか見えない」
「うっとりとした顔でこっちを見ないで。はい、料理に集中。危ないよ」
「はーい。お父さん、そろそろ、出かける準備してね」
おにぃに注意されたので仕方なく、料理に戻る。
「……彼方、いつも大変だな」
「お父さん。そう思うのなら、何とかしてよ」
「それが簡単にできたら、僕はとっくにどうにかしてるさ」
「だよねぇ……はぁ、朝から疲れる」
ふたりしてため息をつかれると悲しい、私の愛に理解がない家族です。
おにぃには私に振り向いて欲しいのにっ。
お父さんがお仕事に出勤してしまうとおにぃとふたりっきりだ。
一緒に朝ごはんを食べながら、私はおにぃにある話題をふる。
「そうだ、おにぃ。今日はどこかの部活に参加する予定はあるの?」
「ううん。今日はないなぁ。特に予定もないけど、どうして?」
「それじゃ、放課後に映画でも見に行こうよ。今日はね、レディースデーなんだ」
映画代が半額、こういう女の子専用の日っていいよね。
「そうなんだ? ボクも見たい映画があるから行こうかな」
「見たい映画って? 恋愛系?」
「ううん。ハリウッドのアクション系。ガンアクションがいいらしいよ。貴音は嫌かな?」
「まぁ、おにぃが見たいならそれでいいや。いい、おにぃ。私との約束だよ?」
おにぃと約束しても、たまに別の予定をいれられてしまうことがある。
妹の約束<友達の約束。
おにぃの場合、いつでも遊べる妹という理由で、優先順位が私の方が低いのが寂しい。
私ならおにぃとの約束は他の予定を放りだしても、最優先で実行するのになぁ。
「うん。楽しみにしてる。ごちそうさま。貴音はホントに何でも料理が上手だよね」
「おにぃに褒められると嬉しいよ。はい、今日のお弁当。そろそろ学校に行こうよ、おにぃ」
食事を終えて、私は彼女にお弁当を手渡して、学校に行くことにする。
何も変わらないいつもの朝の光景。
おにぃと一緒なだけで心が満たされる私の朝だった。




