最終話:ボクと妹の禁断領域
――ボクは妹に押し倒されていた。
貴音の色っぽい艶やかな唇が彼方に迫る。
「いーやー。離して!?」
「おにぃ。ジッとしていて」
「誰か助けてー!? 貴音に襲われる~っ」
リビングのソファーに押し倒されジタバタとする。
――ボクの貞操の危機。最大のピンチ、到来――。
「何してるの、貴音?」
様子を見に来た母が呆れた顔をする。
「おにぃのために新しいリップを買ってきたの。それなのに、塗るのを嫌がるんだもん」
「自分で出来るよ。こんな風に押し倒されなくても良い」
「えーっ。私が塗ってあげるからジッとしていて。ピンクの可愛いリップ。これなら、おにぃにも似合うはず」
彼方は普段からメイクにもこだわらない。
強引にされても困るだけだ。
「やーめーてー」
「おにぃ。嫌がらないの! 嫌がると無理やりしちゃうからね」
「……貴方達、傍目から見ると百合系カップルみたいよ」
母親から言われる台詞ではない。
変な誤解を与えないように、何とか逃げようとする。
「リップを塗るか、私にチューするか。どっちがいい?」
「その二択はおかしい」
「チューを選ぶの? んー」
「唇を近付けない!? 母さん、助けて。妹にファーストキスを奪われる!?」
妹とファーストキスは嫌すぎた。
「おにぃ……チューは? チュー」
「唇を尖らせてせまるのはやめて」
ボクは唇を近付ける貴音のお尻をはたく。
美少女っぷりを台無しにする、この性格さえなければいいのに。
「ひゃんっ。おにぃにお尻を叩かれた♪」
「……何で叩かれて喜ぶ、この妹。母さん、娘が変な趣味に目覚めかけてますよ」
「はいはい。貴方達、仲が良いのは分かるけど、その辺にしておきなさい。私は貴方達の将来が激しく心配になるわ」
頭を抱える母があまりにも可哀想だ。
「ボクも同じように見るのはやめて。変なのは貴音だけだから、ボクはノーマルです」
彼方だって好きでこんなことをしてるわけじゃない。
「私はおにぃが好きでこんなことをしてるんだよ」
「「――貴音は大人しくしておきなさい」」
ふたりが、思わず同じセリフを呟いていた。
「ツーン。いいもんっ。拗ねてるもん」
ふてくされる妹に、彼方はため息をついた。
「母さん、娘の育て方を間違えてるよ」
「……そうね。貴音に関しては私も時々思うわ」
「母親にすら、そう思われてしまっている妹って」
そのまま、母さんはキッチンの方へと行ってしまう。
「おにぃ」
貴音が甘えるようにすり寄ってくる。
香水の香り。
自分と違い、何もかもが女の子っぽい妹が羨ましい。
「……可愛い妹と禁断領域、突入してみる?」
「突入しませんっ」
「もう行く所まで行って、既成事実を作っちゃった方が早い気がしてきた」
「うっとりとした表情をして、姉を襲うのはやめなさい」
ジリジリと怪しげな雰囲気をかもし出す妹から後ずさる。
――ダメだ、この妹は危険すぎる。
「ふふふっ。おにぃ……痛いのは最初だけだよ」
「何をする気だ、何を」
「ダメだよ、おにぃ。私たち、姉妹なのに。ダメぇ……そんなところを触らないで!」
「変な所に触ろうとしてるのは貴音の方でしょうが!?」
あまりにも身の危険を感じて5メートル後退。
「私の王子様♪ おにぃと結ばれて、ハッピーエンドを迎えようよ」
「普通に男の子と交際してノーマルエンドを迎えたい」
「ダメ。もう、すでに私ルートに入ってるんだから!」
「嫌だよ。そもそも、姉妹は攻略対象外だからっ!」
もう良い加減、このやり取りも疲れた。
ここは妹の愛をばっさりと討ち砕くしかない。
そのための手段はあるけども、この手だけは使いたくなかった。
でも、今の状況を打破するために使うしかない、切り札を――。
「――ボクには好きな人がいるんだ」
そう、もはやこの手しかないんだ。
「え? そ、それって……私?ついにおにぃからの愛の告白!?」
「違うって!? 貴音じゃありません」
「照れなくても良いんだよ、おにぃ(はぁと)」
嬉しそうに微笑む、貴音。
――だ、ダメだ……まずい、切り札の使い方を間違えた。
妹に勘違いされるのはボクの本意ではない。
「違うっ。ボクには男の子の好きな人がいるんだよ。女の子じゃありません」
「おにぃ……ボーイズラブの趣味が?」
「ボクは女の子だぁ! 何度言わせるのっ!?」
「だって、女の子大好きなのに。おにぃに男性趣味があるなんてありえない」
後輩から好かれているだけで、決してボクは女の子が好きなタイプの人ではありません。
本当にあらゆる人から誤解を受けるけど、ボクはノーマルだよ。
「大体、好きって言ってもさぁ。誰が好きなの?」
「そ、それは、その、えっと、あの……上原君?」
彼の名前を口にするのは緊張する。
実際には好きな人じゃなくて、気になる人だけども。
中学の頃から仲のいい男の子は彼だけだもの。
「へー、そーなんだ(棒読み)」
「信じてくれてない!?」
「信じるわけないじゃん。そもそも、おにぃの鈍感スキルは半端ないし。彼の想いに微塵も気づいてないくせに、利用する時だけ利用して。おにぃは案外、悪女かもね」
「小悪魔系女子に悪女扱いされるボクって……」
自分にはそんなひどい真似をした覚えがないのに。
「おにぃは嘘が下手なの。真面目すぎるから。あのね、おにぃ。幼稚園児にも見破られる適当な嘘なんてつかなくても良いんだよ。ホントにおにぃはダメダメだねぇ。でも、そんなダメなおにぃが好き」
「悪女の次はダメ扱い……凹むわ」
「いいんだよ、おにぃ。将来は私がちゃんと養ってあげるから心配しないで?」
「そこまでダメじゃないよっ!?」
妹に養われる姉ってどんな構図だろう。
「ボクは健全な道を歩みたいのっ。アブノーマルな道はひとりで進みなさい」
「大丈夫だよ、おにぃ。仲のいい姉妹が支え合って生きるのって間違いじゃないと思うの」
「それ、支え合う意味が違う。お願いだからボクに普通の道を歩かせて」
「全部、おにぃが悪いんだよ。こんなにも私を好きにさせた、おにぃが悪いの。好きなの、大好きなの。こんなにも胸が辛くなるほどに。おにぃはひどいよ。私の想いを知ってるくせに。姉妹だからダメなの!? 人を愛する事が罪だと言うの、おにぃ!」
「……真面目な台詞なようで、そうじゃないのが問題だ」
真っすぐで純粋な想い。
歪んだ愛情、健全な恋に目覚める日が来るのか。
――この子は本気すぎて怖いんだよ。妹から愛され過ぎて、嫌になります。
「おにぃ、おにぃ、おにぃ♪」
「抱きつかないで。離れなさい」
「やだ。だって、おにぃってば抱きつき心地がよすぎるんだよ」
――それはどういう意味で?スタイルが寂しい理由ならマジで怒るよ。
これでも、少しばかりは女の子としてのプライドも彼方にもあります。
「……貴方達、まだじゃれあってるの? ご飯ができたわよ」
結局、呆れた顔をする母さんが止めてくれるまで妹は抱きついていた。
可愛いけども、どこか間違えているる貴音の愛はこれからも続くのだろうか。
そう思うとすごく気が重い。
「さっさと彼氏でも作ろうかな」
「それは無理だね!」
「貴音に断言されることじゃないから。頑張れば、きっとできるかも?」
「おにぃが彼氏を作るのが先か、私に振り向くのが先か。多分、良い勝負をするよ」
縁起でもない事を言わないでほしかった。
ホントに貴音とくっつく所なんて想像したくもない。
「おにぃってば、押しに弱いから。アプローチし続ければいつか堕ちるはず」
「そうなったら、両親が泣くよ、マジで」
そんな未来は想像するだけでボクも泣きたくなる。
「――おにぃが好きなのっ。私の気持ちを受け止めて!」
笑顔の可愛い妹、貴音。
その笑顔にいつも怒る気が失せてしまうから妹に甘いんだろうか。
「――お願いだから、ボクを好きにならないで~っ」
――せめて、今年中に彼氏ができる事を神様に祈ります。
「誰でも良いから、ボクの妹を何とかして――!?」
こんなボク達、姉妹の関係はこれからも続く……?
【 THE END 】
次回から貴音編の番外編です。




