第9話:ボクと妹は双子じゃない
彼方と貴音は双子の姉妹に思われる事が多い。
同じ学年であるために、そんな勘違いもされてしまうが、双子ではない。
年子の姉妹であるがゆえの悩みでもある。
そもそも、男っぽい姉と美少女の妹が双子だとしたらバランス的に偏りすぎだ。
――双子じゃない姉妹でも、これだけ違うと神様は不平等だとは思うけどね。
せめて、貴音みたいに女の子らしく生まれてきたかった。
そんな彼方の劣等感を知ってか知らずか。
「ねぇ、聞いてる?おにぃ?」
彼方の顔を覗き込む貴音だった。
「おにぃ、あんまりかまってくれないと他の人を好きになっちゃうぞ」
「――どうぞ、ご自由に。むしろ、今すぐでもOKです」
「うぇーん。おにぃってば冷たい~っ。かまって、かまって」
姉に抱きつきながら拗ねる妹、どこにでもいる姉妹ではない。
学校の昼休憩、お弁当を食べ終えたばかりで彼方は動けない。
ぼんやりとしてしまう食後はどうしても、貴音に好き放題されてしまう。
「おにぃってば、何か食べたあとは大人しいよね」
「……んー」
「反応も鈍いし。エネルギー充填中?」
「食べた後は眠いだけです」
今日みたいな日和だとつい眠気に負けそうになる。
「それじゃ、食後のチュー」
「やめいっ!」
――さすがにそれは遠慮します。
眠気に負けそうだっが自分のファーストキスを妹に奪われるのは阻止する。
唇を近付けようとする顔を手で押しとどめる。
貴音は残念そうに唇をとがらせながら、さも当然とばかりに、
「何で? 無防備なおにぃにはチューをしても良いと法律で決まってるの」
「決まってないよ!? それに姉妹なら適用されない!」
「姉と書いておにぃと読むから大丈夫!」
「全然、大丈夫じゃない!?」
そんな読ませ方はしません。
彼方は身の危険を感じながら、貴音から距離を取る。
危うく、ファーストキスを妹相手にしそうになった。
――ボクだって、それくらいは大事にしたいと思ってる。
相手はいない。
現れる可能性も少ない。
それが現実だけど、と自分で考えてちょっと凹んだ。
「貴音、眠いから邪魔しないで」
「寝ても良いんだよ、おにぃ。私が起こしてあげるから」
「その隙に何をされるか分からないから、無理」
「寝てるおにぃには何もしないよ? 私を信じて。トラストミー」
――今、さっき、無防備な姉にキスをしようと言った人を信じられません。
大体、トラスミーなんて、言う人を信じられるはずがない。
本当に信じても良い人は自分で「信じてくれ」とは言わないものだ。
「お願いだから大人しくしていて」
「……膝枕してあげよっか?」
「遠慮します。ホントに眠いから何もしないで」
彼方はベンチにもたれかかりながら、のんびりとした時間を過ごす。
空気を読んだのか、貴音も大人しくボクの隣で携帯電話をいじっていた。
ゆっくりと瞳を閉じながら軽く眠ろうとする。
「――ただいま、おにぃの寝顔、配信中」
「――どこにっ!?」
とんでもない一言に目を覚ます。
プライバシー&プライベートは守ってほしい。
「冗談、冗談。おにぃ、私の事は気にしないでね」
「貴音……お願いだから変な事をしないでよ」
「はぁい。大人しくしておきます」
目を瞑るのが怖いので、目はあけたまま、身体を休めておく。
リラックスした状態でのんびりとしていた。
授業中に寝てしまうのはまずい
「ねぇ、おにぃ。私達って双子に見られる事って多いよねぇ?」
「いきなり、何?」
「友達から言われたんだよ。おにぃと私って双子だっけ?って」
「年子だと、普通に勘違いされるじゃない」
同じ学年であるからこその勘違い。
普通は誰でもそう思うだろう。
今さらだと思うし、特に気にすることなかった。
「本当に双子の姉妹だったら、面白いのに」
「どこが?」
「ほら、双子って互いを分かりあえるっていうか、同じ魂を持ってる感じがしない? それに双子ならおにぃだって、ベタベタしても許してくれると思うの」
仲の良すぎる双子。
そんなイメージが貴音にはあるのだろうか。
「それに双子パワーってのも魅力だよね?」
「双子は特別な力があるっていうやつ?」
「そうそう。お互いに何を考えているのか分かったり、相手の危機に気付いたり。意見や考える事がシンクロしたりするのって良いと思わない? おにぃの考えが分かるのは良いなぁ」
「どうだろう。あんまり良いとは思わないけど」
ちなみに彼方の知り合いの男の子の双子は「自分に似た存在」が大嫌いらしくて、ものすごく仲が悪いという、そんなケースもあるのだけども。
自分と似た存在。
他人から見れば同じ見えても違う存在。
双子って大変だなぁ、と彼方は他人事のように思った。
「例え、ボクらが双子だとしても、姉妹以上のスキンシップは拒絶します」
「えー。私はおにぃと、もっと分かりあいたいだけなのにっ」
「……互いの価値観が違うから分かりあえるのは無理だと思うんだ」
単純な理由、妹のスキンシップが激しすぎる。
それさえなければ、彼方だって貴音を苦手としない。
――料理は美味しいし、可愛いし……妹してみれば子の子だって。
「私はこんなにもおにぃを愛してるのに」
「その愛が重いって言ってるの」
「その愛を受け入れてくれてこその姉じゃない?」
にっこりと微笑まれてしまう。
ああいえばこういう、手ごわい妹です。
「おにぃ。私はおにぃのことが本当に好きなんだよ。小さな頃からずっとおにぃだけを想って生きてきたの。片思いでもいいんだ。片想いって想いを続ける長さが長いほどに愛が大きくなるものだもの」
「真面目な雰囲気で言っても、ありえません」
「……ちぇっ。おにぃってばガードが堅いなぁ」
妹の愛は歪んでいる。
――ホント、いつかは目を覚ましてくれるのかな。
彼方の方は早く彼氏が欲しいと思ったりするのにうまくいかないものだ。
「おにぃは私への愛が足りてない。私に追いついてくれないとダメ!」
「ごめん……それは無理」
多分、追いつける日は来ない。
こんな風なやり取りをするのは、いつもの日常。
貴音もあしらわれるのが分かってるのに言ってくる。
だからと言って、貴音を嫌いになることはない。
妹としては可愛い存在だとも思うからだ。
「普段はつれないくせに、実は私をしっかりと想ってくれるおにぃが大好き♪」
貴音に抱きつかれながら彼方は軽くため息をついたのだった。
――誰かボクの妹、いりませんか?




