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シルフォン  作者: 尾花となみ
本編Ⅰ 砂漠の皇女
3/29

03.異種生物

やっと本当に出遭(?)った


 風が流れるだけの陸地に一人の少女が歩いている。

 だがその歩は遅く、何かを引きずるように抱えている。


 その足元には不安そうに落ち着きなく、小さな獣がついてくる。少女と引きずっているモノの周りを小股で走り回っている。

 砂漠は赤く染まりかけていた。大きな太陽は先程とは変わって自分に近づいてきているように見える。


「うぅー。じょ、冗談じゃないわよ。こんな若い身空で殺人者になってたまるもんですか! 大体なんだってこの男はこんな所にいんのよ。近くに他の民の集落はなかったはずだから、一人で漂島しているのかしら? 風の民だったらわかるし……。でも、よく見たらこの人まつげ長ーい。なかなか格好いいわよね。なんて言ってる場合じゃないのよ! あぁ、もう、なんでこんなに重いのよ、男ってのは!」


「キャンキャン」

「ちょっと待ってて、リィーダ。私今忙しいの。っと、どこまで愚痴ったっけ?」


「ウゥー、キャン!」

「だぁ! もう、うるさいっ! ただでさえいらいらしてるんだから、黙っててよ!」


「くぅーん」

「……ごめん、ただの八つ当たりだよね。分かってはいるんだけど……」少女は抱えていたモノ……男を下ろすと、落ち着きなく周りを見渡す。

 そして、いらついたように親指の爪を噛みだした。


「クゥーン」

「っ、分かってる!」少女は声を荒げて答えると、勢いよく親指を口から離した。


 無造作に流されている赤毛をかきあげる。憎らしげに髪を払うと少女は空を見上げた。

 日が、落ち始めている。


 この島で夜、集落にいなかったものが再び帰ってくる事はなかった。

 太陽が落ちると人を照らしてくれるものは何もなかった。本来なら遮るのもが何もない陸地で空を見上げると、満天の星が見えるはずだ。


 だが、どうしてなのか、この島ではいくら目を凝らしても一つの星も見つけることは出来ない。

 本当に理屈抜きの闇。誰も助けに来てはくれない孤独。心までもが闇に侵されてしまいそうになる。


 だが本当の恐怖は太陽が沈んだ時に起こる闇ではない。

 暗いだけでは二度と集落に戻れないことなどないだろう。


 一夜を何処かで身を潜め朝になれば五つある集落のどれかにたどり着くことが出来るはずだ。

 だがそれだけではないのだ。夜、それが意味するものは死。


 この島には人とは違った生物がいる。魔物と呼ばれるもので、ここでは異種生物……主に異生と呼ばれている。

 人とは違った姿かたち。人とは違った言葉を持ち、人とは違った行動をし、人とは違った力を持つ。


「まずい。まずいよ。こんなことになるなんて……。やばいよぅ、異生が来ちゃう!」


 何故か人を憎むそれらは火と喧騒を嫌悪するため、人々が集まる集落には寄り付かない。

 それでもたまに人を憎むが故、集落を襲うこともある。そんな異生が少数で徘徊する人間を見過ごすわけはなく。


 この島の中、どのようにさまよう人間を見つけるのか不明だが、運良く見つからず生き延びたと言う奇特な人間は一人も存在しなかった。


 事実として、夜集落にいない人間は死をもたらされていた。


「リィーダ、どうしよう。ねぇ、どうしよう」頼るような声で少女は問う。

「クゥーン」首をかしげるような仕草をし、呼ばれた獣は少女を見上げた。


「リィーダー。ねぇ、どうしよう……」半泣きで言うと、足元で金の砂に横たわる青年を見る。

「……なんで、私達こんな所にいんのよ……。まずい」


「くぅん?」

「迷子った」


「ウゥゥ、キャンキャン!」

「やだ、怒らないでよー。だって、だって夢中だったんだもん。こんな金砂だらけで迷うなって方が無理よ」半分以上開き直りで少女は言うと、辺りを見回す。


 どこもかしこも砂だらけ。かなり歩いたため、湖さえ見えない。

 少女はただ呆然とその場に立ち竦んでしまった。



 ◆ ◆ ◆



 日は完全に落ちきってしまった。光を失った砂だけが虚しく続いている。

 太陽の光によって熱を放っていた砂は、太陽を失ったが為、光をなくしていた。光り輝いていた大地が今は暗闇のなすがままになっていた。


 闇だ。生きているものは自分しかいない、そんな恐怖に襲われる。

 少女は自分の肩を抱いた。風さえ止み静寂がただ響く。リィーダも無言で身を震わせている。


 そんな沈黙を不意に小さな獣が破った。

「うぅー、キャンキャン!」激しくいななく相棒にシェピアは動揺を隠せなかった。

「ど、どうしたの?リィーダ……?」少女は顔を歪めると、吠えながら後退していくリィーダから目をそらせなかった。


 その小さな獣の、それまた小さな瞳はシェピアを捉えていない。

 どこか遠く。遠くの上方を凝視している。


「……リィーダ……?」少女は震える声を叱咤するかのように両手を合わせ、こぶしを作った。だがその手も震える。


 リィーダから目を離せない。離せば後ろを振り向かなければならない。

 そして……その後ろには。


「きゃぁぁぁー」心からの恐怖。その時の悲鳴にはそれだけで人を凍らせるものがあるという。


「グルルルル」と、その存在は喉を鳴らすと、口らしきところから何かが滴り落ちた。

 それが唾液だと分かったとき、少女は再び心からの悲鳴を発していた。


『おい、起きろ。食われるぞ』

「うぅ……」砂の上で青年は身動きした。だがまた何もなかった様に動かなくなった。

「いやぁ。誰か、誰か!」少女は形振りかまわず叫ぶと後ずさりする。


 だがその恐怖の存在しか目に入っていなかったため、足元に転がる青年につまずき上に倒れこんでしまった。


「うげっ」ものの見事に少女の全体重を受け止めた青年はうめき声を漏らす。

「あ、ごめんなさい」どこにそんな余裕があるのか少女は律儀に詫びると、再び異生へと瞳を戻した。


 そこには人と似た形の、それでも明らかに人とは違う存在が聳え立っていた。

 いたく冷静に我に返ったシェピアは攻撃してこない生物を不審がる。

 異生の方はと言うと、目の前の二人と一匹を物珍しそうに観察していた。


「すぐに攻撃してこない。もっと早く、簡単に無残に殺されるのかと思っていたわ……」少女は困惑な表情を浮かべると、青年の体に乗ったまま首をかしげた。


「グルルル。ヒト、チ、ニク。クウ。ヒト、ナル」異生は捻じ曲がった口から器用に言葉を並べると、少女を凝視した。

「人間を食べると人間になれるの?……ううん、そんなことあるわけない」

「ニクイ。ニク、チ、カタチ、ニクイ……」異生は語るが内に苦しくなったのか、頭部を狂ったように振り始めた。


「ウゥウゥウゥ……ウ、ウオォォォォ」そして絶叫すると両手と思われるもので頭部を抱えた。

 するとそのまま異生は不気味な音を立てだした。何かが裂けるような音。何かが盛り上がってくるような音。

 

 そしてその音と共に変化が起きていた。

 人と似た形をした丸みを帯びた頭部からは角のような尖った物体が飛び出し、かろうじて手と理解できていた二本の棒は枝分かれたように何本もの物体へと変化してきていた。


 同じく二本あった足はそれぞれ先の方だけ二つに裂けている。

 短かった牙は胸の辺りまで無理に伸び、何本も列ね自らの体に突き刺さり傷を作り出している。


 体は岩のように所々盛り上がり、お世辞にも人に似ているとは言えなくなっていた。

 異生は絶叫と、耳を塞ぎたくなるような気持ちの悪い音と、体液と思われる液体を撒き散らし、のた打ち回った。


 そしてしばらくの後、異生は叫ぶのを止め再び少女へと視線を戻した。

「グルルルル」嬉しそうに喉を鳴らす。その瞳は赤く、輝いていた。


「あの、いい加減降りてくれないかな?」この場に似つかわしくない男の声が少女の耳に飛び込んできた。

「あ、あなた気がついて!」少女は慌てて座っていたところから飛び降りる。


「ごめんね、僕ずいぶん迷惑をかけたみたいだね」この場にてどうしてそんな言葉が出てくるのか不思議だが、青年は淡々と語った。

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 君!」


「いや、まぁ、そうみたいだけど。お礼は言っておかなきゃね」苦笑混じりに青年は言うと、ふと気づいたように嘶きをあげる生物を見た。


「さて、困ったね」と、ぜんぜん困ってなさそうに言うと、正面きって見上げる。

 それに習い少女も見上げる。


「なぜ、どうして異生は存在するの? なぜ彼らはこんなにも憎しみに捕らわれているの? なぜっ!」焦がすようにそれでいて何処か淡々と少女は問うた。

 だがそれは青年に向けられたものではなく、ただ、思いを口にしただけに過ぎなかった。


「君は……。優しいね……」その声を受け青年は少女に碧い瞳を向けて、少し皮肉気に言うと、再び異生に向き直る。

 異生も青年を見ると何処か嬉しそうに喉を鳴らして返事をした。


「……相手は、やる気らしいね。どうやら見過ごしてはくれなそうだ」両肩を竦めおどけてみせる。そして腰に差された剣へと手を伸ばした。


「ま、まって! 戦うつもりなの? 異生と戦って勝つなんて……」聞いたことがなかった。

「大丈夫。やれるよ」そう言って剣を鞘から抜く。


 シェピアは何か言いかけたが、青年の自信ありげな瞳に誘われ無言でうなずいた。

 青年は肯定を得ると剣を鞘から抜く。いわずと知れた意思を持つそれだ。


「いくよ、おやすみ……」青年は言うが早いか異生へと走り出す。

 異生も青年を迎えるかのように構える。

 お互いに見つめあったまま何度も交差し、青年は確実に異生に傷を負わせて行った。


 剣の力によって身についた身体能力は人間の限界を軽く超えるものであった。

 決して遅くはない異生の動きも青年の素早さには付いていけていなかった。異生の繰り返される攻撃もことごとくかわされる。


 青年は異生の周りを文字通り飛び回った。何度も剣で攻撃を繰り広げるものの、体がかなり硬く出来ているのか致命傷を負わせることが出来ていない。


「くそっ。こいつかってーなぁ」青年は跳躍しながら剣を持っていた手を振ってみせる。

『私は刃こぼれなどしないが、しそうなほど頑丈なようだな』人間ならここでため息を付きそうな言葉を剣は主人にこぼす。


「…ギャラリーがいるから本当は嫌なんだけど、しゃーないな」青年は言うと、剣を鞘にしまい、再び跳躍した。

 そして空中で異生に両手の平を向けて見せた。


「はっ!」短い掛け声と共に掌からまぶしい光が異生に向かって放たれた。

 爆音と共に異生の絶叫が響き渡る。


「きゃぁ」爆風にさらされ少女は相棒と共によろめいた。

「やべ、力入れすぎたか?」着地し悲鳴の上がったほうを確認しながらそれでも警戒は取らずにいた。


『砕けたな』剣はそう、一言語る。

「みないだな」青年も一言で返すと、煙が立ち込める所へと歩みを進めた。


 異生は言った通り砕けていた。体の一部であっただろう破片が散らばっている。

 そしてそれらは、存在さえしなかったように塵となり砂に溶けていく。


「……かわいそう……。人を憎まずにはいられなくて……」リィーダを肩に乗せた少女はいつの間にか青年の横に立っていた。

 そして消えていくものを見つめている。


「どうして、あなた達はいるのかしら? 苦しんで、人を憎まずにはいられない存在は……」少女は元異生であった砂に話しかける。

「そして最後には塵となって消えてしまう。悲しい存在……」赤い瞳を固くつぶり、すぐにそらす。


「くぅーん」リィーダが少女の頬に体を寄せる。

「行きましょう。お墓は要らない。行きましょう……」体を摺り寄せてくるリィーダを愛しそうになでながら少女は言った。


「ああ」無言で成り行きを見守っていた青年はうなずいた。


 何処に、とは聞かない。少女も何も言わない。

 ただ歩き出した。何も言わず、何も聞かず、二人は闇の砂漠を歩き出した。



 ◆ ◆ ◆



「さて、どうしよっか?」

「え?」いきなり前触れもなく問われ少女は返答に詰まる。


「あなた、何処の集落の人?」と聞いてからすぐに少女は首を横に振る。

「別に何処の部族でもかまわないけど……私を助けてくれたんだし! でも、でも、一人で異生を倒して……それだけじゃなくあんな力……」一人で言葉早く少女は言うと、再び首を横に振る。


「別に、詮索してるわけじゃないの。ただ気になっただけ」

 少女の言葉を無言で聞いていた青年は首を傾げてみる。金色の髪はその仕草について回る。


「集落って? 君は、僕の事知らないの?」

「は? 何? 風の民だったの?」質問の意味を取り違え、少女も習って首を傾げる。不思議そうにリィーダも青年の肩の上で傾げる。


「風? え? 君と僕って知り合いじゃないの?」

「はぁ? 何言ってんの? 私たち湖で……」


「……やばい、僕ちょっと甘く見すぎてたみたい……」

「何? どう言う事?」少女は言いながら、リィーダを不満げに見る。


 青年に素直になついているのが気に食わないのだろう。

「……だから、なんて言うか、僕、分からないんだ」青年は一言一言丁寧に言葉を並べる。


「何が?」いまだ理解できないと言うように青年を見る少女。

「だから、自分の事とか…君は僕に縁のある人だと思ったから大丈夫なんだろうと思ってたんだけど……」


「それって……つまり記憶喪失って事?」

「う、うん……。そういうことになるのかぁ?」あまりの口調の軽さに少女は頭を抱えた。


「ちょっと! それって、全っ然大丈夫じゃないでしょう」

「いや、だって、ねぇ……」青年は返答に詰まるといきなり立ち止まった。そして視線をシェピアから周りへ移動させる。


「ところで、何処に向かってるの?」

「え? あっ! いけない……私迷子になってたんだった……」


「……何? 迷子? ここで? この砂漠で?」

「…うん…」


「はぁ、それは困ったねぇ」全然困ってなさそうな口調で言うと、肩をすくめた。上に乗っていたリィーダが非難の声を上げる。

「ああ、ごめんね」リィーダに律儀に詫びると少女へと視線を戻す。


「…とりあえず、異生と出遭った場所からも大分歩いてきちゃったから、方向もあんまわからないなぁ……」少女は青年に言われ小柄な体をより一層小さくする。

「ふぅ、万事休すだね」青年は人事のように言うと腰に差された剣に手をさりげなく伸ばす。


「ちょっと! 何よその態度! まるで自分は関係ありません、みたいな!」少女は大きな目を目いっぱい開き青年に食ってかかった。もちろん八つ当たりだ。


「大体ねぇ! 元はといえばあなたが悪いんじゃない! 人が気持ちよく水浴びしているところを覗くから! あの湖は風の民の水場よ! 他の人間が入ったらどうなるかぐらい知ってるでしょ!」早口で噛み付かんばかりに少女は怒鳴ったが、すぐに首をかしげた。


「って、記憶ないんだっけ……?」確認するように少女は青年の碧い瞳を覗き込む。

 その目はシェピアの態度が面白いと言わんばかりに笑っている。

 その視線を受けより一層怒りが増したのか、少女は再び言葉を続ける。


「それも怪しいわね! だって、そうでしょ? もし私が投げた石で頭打って記憶を失ったんなら、あの場にいる自体犯罪よ。どう見てもあなた風の民の人間じゃないもの! 自分の集落以外の水場に近づくのは危険だって小さい子供でも知ってるわ! その前に記憶を失ってたんだとしても、やっぱり一人で湖にいるなんておかしいわ!」あまりの剣幕に危険を感じたのか、リィーダは青年の肩から降り、二人から少し離れた所に陣取っている。


「……なるほど、確かに。君頭いいんだねぇ」青年は心底感心した、と言うように言ったのだが少女は馬鹿にされたと感じたのかまた怒鳴る。

「馬鹿にしないでよ! 大体ちょっと顔がいいからって何なのその態度! 人が真剣に話をしているときは相手も真剣に聞くのが筋ってもんでしょ?」


『元気なものだ』意外にも剣は第三者がいる前で話しかけてきた。

 もちろん剣の響きは少女に聞こえないが他者がいるときはほとんど表に出てくることはない。


 青年の思考で会話をする事は可能だが、青年がそれが好きではなかった。頭の中を覗かれるのはさすがにかなり気分が悪い。

 そして話しかけられるとつい普通に言葉を返してしまうのが一番の原因だった。


 誰もいない所なら口に出しても問題ないだろうが、さすがに人前でおかしな独り言を話すのは気が引ける。

 それで過去色々な人に不審な目で見られた覚えが多々ある。


 だから青年は意外そうに眉目を寄せたが、すぐに答えを返した。

「まったくだな」苦笑を浮かべそれでもどこか嬉しそうに少女を見る。


「なに? なんて言ったの?」

「別に。君に言ったわけじゃないからね」これまた笑みを口に浮かべ、今度は少女に返す。


「なんか気に入らないわね。悪口言われた気分だわ」少女は目じりをまた吊り上げたが、追及はしてこなかった。

 その代わりまじまじと青年の顔を凝視する。


「あなたって、皮肉屋って言われない? 笑ってはいるけど、さっきから心から笑ってないのも。性格ひねくれてそうよね」この攻撃に青年は面食らったがすぐに不機嫌そうに眉を歪めた。

 だがそれは少女に向けてではなく腰周りで小刻みに震えている剣に向けてだ。

 まさしく人間なら肩を震わせ笑いを我慢している、そんな光景であろう。


『すばらしいな。これこそ命の輝きだ』

「俺にはただのはねっかえりでわがまま娘にしか見えないけどな」憮然とした表情で青年はうけている剣にはき捨てた。


「なんでっすてぇ? 失礼な人!」会話になっていないことなどお構いなしに、少女は自分への感想に眉を吊り上げた。

「……お互い様だろう……?」青年は表情も変えない。


「ま、そりゃそうね」すねたように口を尖らせながらとりあえず大騒ぎして気が済んだようだ。

 リィーダも危険がなくなったと判断したのか、少女の足元に擦り寄ってきた。


『北西に人が大勢いるな』

「さて、ここでそんな不毛な会話しててもしょうがないもんね。とりあえず動かないとね」先ほどまでとはうって変わって少女は飄々と言うと、青年を仰ぐ。

 剣の響きと重なったが少女はもちろん知るよしもない。


「どうする? はっきり言って、私はもう感しかないと思うわよ。見慣れた場所を見つけて行くしかないわね」

「……見慣れたって、こんな砂だらけの場所を? 人為的な目印があるならまだしも、自然の砂を当てにしても無駄だと思うけど?」青年は剣を小突くと少女の言葉に反応しておく。


「うっ。そりゃ、確かに金砂は軽いし、風は強いけど……」

「……きんさ?」


「そうよ、金砂って言うの。金色に輝いて見えるでしょう? そこからね……って、そんなことまで忘れちゃったの?」少女はやはり訝しげに青年に視線をそそいだ。


 青年はその話題から避けるように視線をはずし、髪をかきあげた。

 音もなく金色の髪が揺れる。その行為だけで青年は神々しさに溢れていた。


 細く柔らかく透き通るような金髪。伏せて見える睫。その下に隠れる碧き瞳。まるで遠き海にきらめく一碧の碧。鼻筋が通り形の整った輪郭。

 島の民には見たこともない存在だ。


「……綺麗……」

「え? なに?」

「う……な、なんでもない……」少女は首まで赤くすると、顔を力の限り横に振る。


「そ、それよりどうしよっか?」

「うん、だからそれを話してたんでしょ?」青年はあやすように少女に言うと、口だけで笑う。


「……分かってるわよ、ただ……」

「僕に見とれてたのを誤魔化すため?」ここぞとばかりに青年は少女の言葉を代わりに続ける。

「っ! 本っ当に性格いいわねっ! 君!」少女は再び顔を赤く染める。


「くくっ。あまりに反応が素直で可愛くてね」

「……それはどうもありがとうございます! 嬉しくないけどね」そう言いながらも心なしか少女の顔には笑みが浮かんでいる。

 なんにしても可愛いと言われ機嫌が直ったようだ。


「とりあえず、本当に進みましょう。さっき気づいたんだけど、たぶん根本から間違えてたんだわ……」それでも口にするのは多少プライドが許さないのか、どこか拗ねている様に見える。

「と言うと?」


「私が水浴びをしていた方向から見て、風の集落は東の方向にあったの。でもあなたを発見したのは湖を挟んだ反対側だったわけだから、湖に面向かっていても、集落があるのは私が思っていた方向と逆って事……」

「なるほどねぇ。つまりどんどこ逆方向に進んで来てた訳か」


「だから、あなたのせいなんだから!」そう少女が責任を押し付けると、青年はただ肩を竦めて見せた。

「なんにしても、結構歩いてきてるんでしょう? だったら今更戻ると余計分からなくなるな。本当に西方向に進んでいたかも怪しいからね」


「私、疑いもしないで歩いてきたから。あなたを背負ってたし……。確かに真っ直ぐなんて歩いてないと思う」少女は力なく言うと、今度は素直に青年に詫びる。


「本当にごめんなさい。私、石投げて気絶させて湖に落っことしただけじゃなく、迷子にもつき合わせて……」シェピアは肩を落とすと今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。

「でもちゃんと助けてくれたじゃん。よかったよ、そのまま湖に置き去りにされなくて。君を助けることも出来たしね」


「……そうね、確かにすごく助かりました。ありがとう」少女は今更ながらお礼を言っていないことに気づき、恥じた。

 いくら迷子になって夜が来て異生に襲われて気が動転していたとは言え、散々青年に八つ当たりし助けてくれたお礼も言っていなかったとは。


「気にしないで。僕は全然そんな事気にしないから」

「ありがとう……」泣き出しそうな表情からようやく少女は抜け出すと、周りを見渡した。と言っても、光もなく見印もない陸はただ砂が広がっているだけだ。


「それにしても、なんでここはこんなに暗いの? 星が全然出てないね」

「ほし?」少女は不思議そうに青年を見る。


「日が沈んだらもちろん暗闇になるでしょう? そんなことも分からないの?」そう言う少女の顔を青年の方が不思議そうに見る。

 そして無言で剣へと手を伸ばした。


 剣は話を聞いていたのか、青年の手が触れるより早く語りかけてきた。

『何百年も前からこの状態なのだ。これが普通と現地の者達は思っているのだろう』

 青年は無言で剣にそれ以上の情報を催促する。分かっているのかいないのか、それでも剣は答えてくれた。


『かなり重度な呪いだな。この島全体が結界で覆われている為この島からでは外の状況が全く見えん。完全に孤立してしまっているようだな』

「なるほどね……」


「何? どうしたの? 私変なこと言ったかな?」あまりに青年が真剣な顔をしている為少女は自分が間違っているのかと不安そうだ。

「いや、違うんだ。ただ、ほら僕、なんか頭ごちゃごちゃしててさ……」慌てて言い繕うと青年は安心させる為少女の肩に手を置く。


 少女は肺にたまっていた空気を勢いよく吐き捨てると青年の手から逃げるように身体をよじり、砂漠を見渡す。

「今自分がいる位置さえわかればなぁ」ため息と共に少し高めのシェピアの声が響く。


「僕的にはここから斜め右の方に人がいそうな気がするんだけど……」行き場のなくなった両手をわざとらしく振りながら、青年は方位ではなく方向で答える。


「斜め右って……こっち?」少女は青年の手を気にしないように方向を指した。

「うん、そっちかな?」


『うむ』

「でも、そうしたら本当におかしいわよ。ぐるりと方向転換していたことになるじゃない……」少女は可愛らしく小首を傾げる。


「うん、ただ、それが君の言っている風の集落かどうか分からないけど。他にも人はいるでしょう?」

「……確かに、この島には私のいる風を含めて五つの集落があるわ。でも、こんな風の近くにいるなんてもっとおかしいわね……」首を傾げたまま少女は親指の爪を軽く噛む。


「まぁ、なんにしても進んでみようよ。きっと助けてくれるよ」

「……それにしてもずいぶん自信満々ね。こっちの方向に人がいるのが見えてるみたい」


「さぁね」軽く質問を流すとリィーダを肩に乗せ、さっさと歩き出した。

「ちょ、ちょっと待ってよ。一人にしないで! リィーダも!」少女は慌てて青年の背中を追いかける。


 背中まで金色の髪が揺れている。腰には赤く透き通った宝石が輝く剣が一差。

 その後姿を見ながら不意に少女しがみつきたくなった。それと同時に胸が高鳴る。


 だが名残惜しく思いつつ、少女は青年の横に倣った。

 そしてまた違うことを言う。


「名無しさんじゃ困るから、とりあえず呼び名決めようよ」

「なんでもいいよ。僕分からないし」


「じゃぁ……デュオね!」

「……どう言う意味?」


「ん? ないしょ!」

『デュオ……この島での意味は、宝石、水晶。輝かしいもの……だ』少女の声と重なりつつ、頭に響く。


 舌を出して笑っている少女を見て青年は何を思ったのか、優しく少女の手を自分のそれで握り締めた。

 再び大きく脈打った小さな胸を叱りつつ、少女は青年と同じく手に力を入れた。


 青年の暖かさが少女にも感じられた。少しこわばった固い手を握り締めながら、一人ではない安心を噛み締め、少女と青年は暗闇の中歩き続けた。


吊り橋効果(理論)勃発?

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