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シルフォン  作者: 尾花となみ
外伝Ⅰ フォルテシア
27/29

10.フォルテシア 4

『おまえは、逃げてばかりだな』

 剣にそう言われたのはいつだっただろうか……。


『彼女は寿命を全うしたぞ』

 誰が? と聞かなくても分かっていた。でもどうすればいい?


『会いに行かないでいいのか?』

 これは……何時聞かれたのだろう。よく覚えていない……。


『私を手放すか?』

 何も答えられなかった。


『いつまでこうして閉じこもっているつもりだ?』

 わからない……。


『人間は悲しい生き物だな』

 そうだな……そう答えていた。


『私の存在意義は愚かなものだ』

 そうなのか? ……でも俺の方が愚かさ。


『人間は愚かでも美しいものではないのか?』

 美しい……か。確かにそう言う人もいるかも知れない。でも、俺は醜い。汚い……。


『旅に出ないか?』

 旅か……悪くないかもしれない。


『私を手放すか?』

 同じ質問……何度目だろう。だが、まだ答えられない。


『もう閉じこもるべきではないだろう?』

 ……一体どの位の時をこうして過ごしたのだろう?

 きっと、もう……俺の事を知る人間はいない……。


『私を手放すか?』

 何度聞かれても答えられない……。

 ……わからない……。


『答えを見つけに行くか?』

 ……わからない。

 だけど、そうした方がいいのかも知れない。


『もう逃げずに向き合うか?』

 ……わからない……。


『わからない事だらけだな』

 そうだな、その通りだ。

 自分の気持ちのはずなのに、何もかも分からない。


『答えを探しに行くか?』

 ……そうだな。ここでお前と話し、考えても何もわからない事だらけだ。


『逃げ回るのはもう止めにしよう』

 今更だ。今更向き合っても時は戻って来ない。

 でも、だけど……俺は行くべきなんだろうな。


『旅に、出るか?』

 旅に……出るか……。


『旅に……』

「出るよ」



 ◆ ◆ ◆



 ――エレクトラ・デュオン ここに眠る――

 ――カティシア・クルス ここに眠る――

 ――マ=リアン・クルス ここに眠る――

 ――レ=ロイド・クルス ここに眠る――


 四つの墓が並んでいた。

 遊女屋にいたはずのカティシア……。

 きっと死んだ後……事件の後、マ=リアンとレ=ロイドが引き取ってくれたんだろう。


 シャインの墓はなかった。

 マ=リアンがタイトゥー王国へ戻ったと言っていた気がするからタイトゥー王国にあるんだろう……。


 結局みんな……この町に留まったのか……。

 俺を探している間、マ=リアンとレ=ロイドはどんな想いだったんだろう……。

 わからない……本当に分からない事だらけだ。


 もう、あの時のことを知っている人はいない……。

 誰に聞く事も出来ない……。

 激しい後悔だけが俺を押しつぶす。


 あの時、エレと別れなければ……。

 あの時、マ=リアンの話をちゃんと聞いていれば……。

 あの時、カティシアの話を受けなければ……。

 あの時、剣の声を無視していれば……。

 あの時、女王に剣を返していれば……。

 他にも、他にも他にも数え切れないほどの後悔が俺を支配している。


「……お前の力は、人の生死にも関与できるのか?」

『……遠回しな言い方だな。はっきり言ってみろ』


「……生き返らすことは出来ないのか?」馬鹿げた問いだと自分でもわかっている。

『不可能だ。私は破壊の剣だ。生あるものを殺すだけ』


「……確かに……。俺に流れ込んできている力の中には人を治癒するものはない」そう言って俺は自分の両手を見つめた。

 人を助けたいと言う思いはなく、壊したいと言う衝動が溢れてくる。


『その通りだ。直す事など出来ない。壊すだけ』

「お前は……何のためにいる?」


『……言っただろう。愚かなものと。生きとし生ける全てのものを破壊する。全てだ。この世界の全てを破壊尽くす……』

「おっそろしいな」絵空事の様に聞こえ、つい鼻で笑う。


 それが気に障ったのか、意味深な事を言ってきた。

『今は封印に守られているため、力が十分ではない! 封印を解けば全てが破壊される』初耳だ。

「……その、封印とか言うのを解けばもっと強い力が手に入るのか?」


『……愚かな事を考えるな。言ったはずだ、私は破壊の剣だと……』

「わかってるさ。でも……試す価値はある」膨らみ始めた期待は、破壊だけと聞いても簡単には萎んではくれなかった。

 もしかしたら……もしかしたら……もっと強い力が手に入れば、みんなを……。


『私の使命は全てを破壊することだ。宿主がそれを望むなら叶えよう』

「……馬鹿言うな……。俺は破壊なんて望んでない。ただ……」



 ◆ ◆ ◆



 その後の事はよく覚えていない……。

 剣の名前を呼び、光に包まれ、俺はどうしたのだろう?

 気がついた時、俺は一面枯れ野原にいたんだ。


 ここはどこだろう……。

 俺はみんなの墓の前にいたはずだ。だが辺りを見回しても何もない。町さえ見当たらない。

 俺は移動したのか? 何をしていたんだ?


『破壊だ』

「馬鹿言うな」剣の声を即否定したが、心臓が奇妙に高鳴る。

 俺は何をした?

 流れ込んでくる強大な力に意思も何もかも飲み込まれ、俺は何をした?


『破壊だ』

 うそだ! そう叫びたかった……。馬鹿を言うな! そう否定したかった。

 だが俺の奇妙な鼓動はより一層激しくなり、あまりの痛さにその場に崩れ落ちてしまった。


 剣の言葉を否定できない。

 自分の意思ではなかった。でも止める事も出来なかった。夢の中の出来事の様に俺は力を振るい続けた。


 力を振るって、振るって……破壊したんだ……。

 全てを壊していくのを呆然と見ていた。止めようと言う意志も働かず、ただ、為すがまま……自分の体が勝手に動いていた。


 破壊だ。破壊したんだ。俺は破壊したんだ……この一面を。

 みんなが眠っているはずの墓地も、たくさんの人が生活していたはずの町も、そして人も……全て壊した。


 何も残っていない。瓦礫さえ残っていない。人のかけらさえ残っていない。あるのは、ただの荒地。

 生き物のいない荒地。草も一本も生えていない荒地。石もない荒地。ただ延々と広がる大地……。


『……私を手放すか?』

 何度も何度も聞いた問い。その度に答えることは出来なかった。

 手放せば力はなくなる。だが手放して新しい人生を歩む事も出来る。でもみんなとの事をなかったことには出来ない。


 そんな想いがぐるぐる回って、いつも答えることは出来なかった。

 いつもずっと何度聞かれても答えることが出来なかった。でも今は答えることが出来る。


「手放さない。手放さない! 手放せるわけがない!」

 手放せるわけがない。俺は自分の馬鹿な考えで破壊したんだ。

 全てを。何の罪のない人々を……命も生活も思い出も……死後の魂も刻まれた名前もこれから産まれてくる命も。

 何もかもたくさんのものを奪っておきながら、もう、逃げるわけにはいかないんだ。


 剣を手放して何もなかった様に死ぬ? そんな事……そんな事出来るわけがない!

 罪には罰が必要だ。

 このまま剣を手放さず年も取らず死ぬ事もなく、俺は永遠にこの世を彷徨い続ける。


 罪への償い? そんな事出来るわけがない。償って許される事じゃない。

 何も持っていない俺への罰はこの罪を背負い生き続ける事だろ? 死は全てを忘れる事の出来る安息の行為だ。


 俺にそれは許されない。

 何をすればいいのかなんて分からない。罪が消えるわけもない。背負い生き続けたって意味もないかも知れない。罪を忘れてしまったら生きていたらいけないのかも知れない。


 でも今の俺に逃げずに出来る事といったら、この罪を背負い生き続ける事しかないんだ。


 後悔だけが俺を支配する。

 全ての事への後悔だけが俺を支配している。


 何もかもから逃げ出した自分を後悔している。

 でも、やっぱり……俺は今の状況からも逃げ出したくて仕方がなかった。

 剣からも、この罪からも、大切だった仲間の死からも……逃げ出したくて仕方なかった。


 逃げずに出来る事……と言いながら、罪を背負って剣を持ったまま彷徨い続ける事が、俺にとっては逃げている行為だったのかも知れない……。



外伝Ⅰフォルテシア完結です。あとがきを一話入れて一応完結設定します。


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