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シルフォン  作者: 尾花となみ
外伝Ⅰ フォルテシア
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08.フォルテシア 2

「……フォン……。無事だったのね。ずっと連絡がないから心配していたのよ?」カティシアの所へ行くとそう言うなり抱きついて来た。

「悪い……。なかなか手間取ってさ」俺はそう言うと抱き返す。


「で! お金いっぱい貰って来た?」そう言ってカティシアは顔を輝かした。

 アー……しまった。何て説明するか考えて来なかった。なんて説明しよう?

 俺の悩みが顔に出てしまったのか、カティシアは頬を膨らましている。


「下手な言い訳はしないで。ちゃんと、正直に、全部話して頂戴!」

「……はい……」

 促されるまま俺はあった事を全て話した。するとカティシアは不思議そうに剣を眺めている。


「本当にこの剣が話しかけてくるのー?」

「ああ」

「今も?」

「今は黙ってる」


「ふーん。でもちょっと気持ち悪いよね? この宝石も、なんか嫌。綺麗だけど……気持ち悪い」

 ……元々カティシアは宝石とかあまり好きじゃなかったけど、これを気持ち悪いなんて言うとは……変わってんな?


『この様な商売・生活をしていても欲がないのだな。すばらしい命の輝きを感じる……』

「話しかけんな!」

「え?」カティシアがすごく驚いた顔をする。しまった、つい叫んでしまった。


「いや、カティシアに言ったんじゃなくて、剣に……。話しかけてきた」

「えー! うそ、なんて? なんて?」

「え? えーっと……」カティシアの事を言ってたんだよな……。商売云々は抜かして……。

「命の輝きがどうとか?」


「えー? 何それ。良くわかんないね。詳しく聞いてみれば? 話しかけてみなよ!」カティシアはそう言って、凄く嬉し楽しそうだ。人の気も知らないで……。

「い・や・だ!」なんかつい口調がきつくなってしまった。

 カティシアの笑みが固まる。慌てて俺から目を逸らし、俯いてしまった。


「……そっか。なら仕方ないわね。私には声が聞こえないし……」

「……ごめん」カティシアのそのしょんぼりとした態度に謝らずにはいられなかった。

「やだ! 謝らないでよ。ただ言わせて貰えばさ、この剣を手放すつもりはないんでしょう? だったら逃げないでちゃんと向き合った方がいいろ思うわよ」

 ……向き合う? 何と? まさかこの剣と……?

 そんな事考えても見なかった。


「意思を持って話しかけてきている以上、物としてじゃなくて一人の人間……って言ったら変だけど、一応そう思って話し合わなきゃ」

 ……一人の人間? ただの物としてじゃなく?

 バカばかしい! これは剣だ。俺に使われるだけのもの。それ以上もそれ以下もない。


『素晴らしい女性だ! 文句のつけようのない命の輝き。それに比べ……我が宿主は何と愚かな』

 ムカ! 剣に誉められても別に嬉しくはないが、貶されるのは別だ。はらわたが煮えくり返る!

 それに変な事を言って俺を説教しているみたいなカティシアのこともムカついてきた。


「……今日はもう帰れば? フォンの元気そうな顔見れただけで私は嬉しいから……。ね?」そう言ったカティシアの顔は少し哀しそうに、それでも優しく微笑んでいた。

「……帰るよ」


「フォン! ……また、来てね……」そう言ったカティシアの方を向けず、返事も出来ず、居たたまれなくなって俺は店を出て行った。



 ◆ ◆ ◆



 俺は最悪な形でカティシアの事を裏切った。

 待っていてくれたんだ。俺が仕事を終えて戻ってくるのを。何日も何日も……。


 それなのに俺はカティシアの望む答えを持って帰っては来なかった。それどころかちゃんとした答えさえ言っていない……。

 でも……カティシアのあの顔は……分かってた。きっと俺の気持ちを何もかも分かっていた。だからどうするのかなんて聞いてこなかった。


 それなのに俺はカティシアの話さえちゃんと聞かず、勝手にムカついた。

 俺……何をやってるんだろう……。


 この剣を手に入れて俺は強くなったと思っていた。でも俺の事を想ってくれている女性に対して何も言えず逃げ出した。

 やっぱり俺ハンターを続けたいんだ……って面と向かってはっきり言えなかった。


 そんな情けない俺の気持ちをカティシアは分かってた。それにもう行かない方がいいかも知れないなんて思ってた気持ちさえ汲み取られて……。

 カティシアはどんな気持ちで言ったんだろう……。それなのに俺はまた来るよって返事できなかった。


 最低な男だな。カティシアの事を色々考えているつもりで、結局俺は最初から裏切るつもりだったのかも知れない……。


「フォン……」下を向いてそんな事を考えていたら、呼び止められた。

 顔を上げると正面にエレがいた。

 俺は宿へ入る所でエレは宿から出てきた所みたいだった。

 つい俺は目を逸らす。エレも居心地悪そうにしている。


 別に避けているわけじゃなかったけどあの女王の不況をかった事件以来、シャイン以外のメンバーとしっかり話をしていなかった。

「……ちょっと、話せる?」決意したかの様にエレが言った。そのエレの表情を見て、俺に拒否権はなかった。


「どう思ってんの?」

「……何が?」相変わらずの上から目線の態度についとぼけてしまった。


「! ……その、剣の事よ」今にも怒鳴りだしそうに口を開いたが、息を吐き出して冷静に返してきた。

 俺はそんなエレを見て不意に怒らせて見たくなった。


 今まではエレの機嫌をとるようにエレの一言一言に怯えてた。顔色を伺って、常に気にしていた。

 でも今はそんなの怖くない。


 例えエレが怒って言い争いになったとしても負けない。勝てる自信がある。

 エレより……俺の方が全然強いんだ……。


「フッ」つい笑いが口に出てしまった。わざとじゃない。俺の方が強いなんて思ったら、口元が自然に緩んでしまっただけだ。

 エレを見ると顔を真っ赤にして震えている。

 別にわざとじゃない。わざとじゃないけど結局怒らせてしまった。


「あんた何考えてんの! ちゃんと真剣に考えてるの? みんなに悪いって思わないの? あんたのせいで報酬貰えなかっただけじゃなくてタイトゥー王国のお尋ね者よ! あんたはいっつもそう! 考えなしで自分勝手で!」

「うるせーな!!」気がついたら怒鳴り返していた。


 いつもこんな状態のエレに反論した事なんてなかった。静かに素直に聞いているフリをして嵐が過ぎるを待つだけだった。そしてその後で一生懸命エレのご機嫌をとった。

 でも、もううんざりだ。本当に限界だ。俺はエレの子分じゃない。いつまでも言う事を聞く必要なんてない。


 口答えした俺を見てエレは絶句している。俺はそのエレに向かってそのままたたみかけた。

「いつもいつも自分勝手なのはエレのほうだろ。俺は今までずっと我慢してた。エレの言う事を聞いてずっとずっとエレに合わせてやってたんだ!」

「……フォ、フォン?」エレの表情はひどく青ざめている。俺の名を呼んだ声もエレのいつもの自信に満ちた声とはまったく違い震えていた。


 でも後には引きなかった。それにずっとそう思っていたのは事実だ。声に出した言葉は止まらない。

「エレだけじゃない。他のやつらに対しても俺はずっと合わせてきた。俺が色々と我慢して相手の気が納まるならそれでもいいと思ってた。でももう止めたんだ。俺は自分の意思を殺すのをやめる。自分の好きなようにする。誰の言う事も聞かない」


 エレは何も言わなかった。言い返しては来なかった。俺はそのまままた続けた。

「もうそれで一人になっても構わない……。俺は……自由に生きるんだ」口から出た言葉はエレにしっかり届いていたのか、エレは何も言わずその場から走り去っていった。


 あっという間に俺から見えなくなる。両手で覆っていた顔の隙間から光るものが見えた気がした。

 初めてだった。エレを泣かしたのは……。俺は小さいときからいつもエレに泣かされていた気がするけど、俺が泣かした事はなかった。


 なんとも言えない気持ちがこみ上げてきた。

 いくつの時だろう……一度だけエレが泣いているのを見たことがある。なぜ泣いていたのか、何があったのか知らないし俺がそれを見ていたことをエレは知らないけど、その時俺は誓ったんだ。


 小さく震え声を押し殺して泣いているエレを見て、俺は絶対に泣かせたりはしない。俺がエレを守るんだ! って一人誓った。

 だからエレが何を言おうとエレが笑顔でいてくれるなら俺は何でも我慢できる……そう思っていたはずなのに、俺は何を言ったんだろう……。


 壊れてしまった……。何もかも。

 エレとの事も、カティシアとの事も、シャインやマ=リアンやレ=ロイドとの関係も……。

 俺が、自分から壊したんだ。

 もうここにはいられない。


 俺は宿に入り自分の荷物をまとめて飛び出した。

 どこかへ行く当てがあったわけじゃなかったが、壊した以上ここから出てかなくてはいけないと思った。


 後で思えばこの時誰にも何も言わず宿を出なければ何か違っていたかも知れない。

 ずっと側にいたんだ……エレともっとちゃんと話し合っていれば、もっと違った関係を築けていたかも知れない……。


 でもこの時の俺は何もかも全てが終わった気がしていて、もう後には引けなくて……誰とも何も話す必要はないと思って……。

 結局向き合うことから逃げたんだ。



次回19日更新です。

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