06.シルフォン
今回は長いです。
「タイトゥー王国で異生が大量発生して困っているらしい。なんでも専属のハンターだけじゃ間に合わず、臨時でフリーのハンターを雇っているらしい」
俺はみんなの前でカティシアから聞いた仕事の詳しい内容を説明した。
「……タイトゥー王国~! あんまり良い噂は聞かないわよぉ。カール大帝時代からの権限に執着していて、仕来りとか身分とかに拘ってばっかりいるって言うけどぉ。だからフリーのハンターなんて馬鹿にしてると思うけどぉ?」
「ずいぶん詳しいんだな、シャイン」俺は突っ込んだが、シャインは聞いてないふりをしてる。かなり怪しい……。
「悪くない話ね」エレは随分と乗り気だ。
「わたくしはフォン様と一緒なら何処へでも参ります!」マ=リアンはいつものように俺に引っ付いている。
「ランクはどの程度の異生が発生してるんだ?」レ=ロイドも久々に大仕事となりそうな話にやる気みたいだ。
一人シャインだけが嫌そうな顔をしているが、他のメンバーの心はすでに決まっていた。
この世界を統一し、リーヴァと懇意で他の種族とも共存できるように計らった伝説の人、カール大帝。
タイトゥー王国はそのカール大帝の国だ。
カール大帝死後色々と問題が起き大陸は五つに分離し今の世界の形となった。
だがタイトゥー王国は一度滅び、再建されたと言われている。その辺の所はいまいちはっきりと言い伝えられていない。余程外聞の悪い問題だったんじゃないかとみんな思ってる。
カール大帝の直属の子孫が後を継いでいるので、今でも世界を統治するのはタイトゥー王国だと主張している。
カール大帝の死後二千年以上年経って、今の世界の形しか知らない俺達にとっては正直ウザイ国だな。
カール大帝の素晴らしさは幼い頃から嫌と言うほど聞かされ、知らない人間はいない。すごい人だとも思ってる。
リーヴァを崇拝するのと同じようにカール大帝を尊敬してはいるが、その子孫だからと言って特別だとは思わない。
と言うか俺は特に王族だの貴族だのってのは苦手。巫女でさえ敬遠してたぐらいだし……。
今の自分の力じゃなく、先祖だの祖先だのの恩恵を引きずっている様なやつらは大概腐ってる。
神殿に仕えている人間は元庶民で自分の力が認められた人間だから多少は違うみたいだけど。まぁ、どうでもいい事だな。
再建後タイトゥー王国は代々女性が治めているらしく、偉そうな態度で俺達を見下していた王様は女王陛下だった。
「驚いたな。主や貴様この地を再び踏むなど」
は? 誰の事? 頭を垂れ跪く俺達の頭の中に疑問が浮かぶ。
だが一人だけ身に覚えがあったのか、一歩前に出て返事をした。
「申し訳ございません。女王陛下」……ってシャイン!? 男に戻ってるぞ。
「ですが……恥知らずと罵られましょうと故郷の地で異生が発生していると聞いては、ハンターとしてじっとしてはいられませんでした。再びこの地へ足を踏み入れました事、お許し下さい」そう言って深く頭を下げた。
故郷? そんな話聞いてない。でもまぁ納得。それで詳しかったんだな。
「よかろう。昔の話だ。それで、今はこの者達と行動を共にしておるのか」
「はい。仰せの通りです」いつもの高い声と間延びした口調はどうしたんだか。思いっきり普通の男の声で話してる。
普通に話せるんだったら、最初からそうしろよ!
と口には出せないシャインへの突っ込みを心の中で入れていたら、いつの間には話がまとまっていた。
そしてさっさと王国の一室へと案内され、俺達は五人になった。
「で、説明してくれるわよね?」エレが有無を言わさぬ様子でシャインへ詰め寄る。
かなり怖い顔だ。まぁ、俺達も似たような顔をしているとは思うけど……。
全員の視線を一気に浴び、シャインは肩を竦める。
「え~。いやぁ。まぁ~。ここはわたしが生まれ育った場所なわけぇ」ってまたそれに戻っちゃうわけ?
他のメンバーを見るとやっぱり俺と同じように脱力してる。
「普通に話せるんだったら普通に話せよ! 気持ちワリーから」レ=ロイドがみんなの気持ちを代弁してくれた。
「やっだぁ~。これが普通なのぉ。あっちが無理してるの! だってわたし女ですもの」はいはい。あっそうですか。
「まぁ、そんな事よりー。この国の専属のハンターだったのぉ。あの女王には結構気に入られてたんだけどぉ、色々大変でさぁ。で~、ある日気づいたのよ~! この姿は本当のわたしじゃない! 本当のわたしはもっと自由気ままに、女として生きるものなんだぁ~ってぇ」
力説するシャインを途中から無視し、俺達は仕事の話を進めていた。
「まずは情報を集めないとね」
「俺無理。フォン得意だろ」エレの言葉にレ=ロイドはさっさと白旗を揚げ、俺に振る。
だろうね。そう来ると思った。そう言う聞き込みとか面倒臭い事は全部俺だろ。
「まぁ、適役ね。私も回ってみるけど、よろしく」エレにまで肩を叩かれる。
「わたし手伝うわ~。街には詳しいしぃ」慌ててシャインも話しに加わりそう言った。
シャインと二人っきりは嫌だな……と思いつつ、仕方なく俺達は街へと繰り出した。
◆ ◆ ◆
「なんか、フォン変わったよな」
「……そうね」
「妙に積極的になったって言うか。堂々としてる。何かあったのかな?」
「さぁ……」
「……嬉しくないのかよ、エレ。ずっとそうなって欲しいって思ってたんだろ?」
「確かに……。レ=ロイドがいつも言ってたみたいにそうよ。でも……」
「強気なフォン様はフォン様じゃない。そう言いたいのですか?」
「マ=リアン。そういうわけじゃないけど……」
「私、エレさんの考えている事がわかりません。本当に、フォン様のこと真剣に考えているのですか? 私から見れば、エレさんは例えどんなフォン様でも認めないのではないかって思います」
「マリア! 言いすぎだぞ。エレにはエレなりの考えがあるのさ」
「……ううん……。そうね。マ=リアンの言う通りかも。私、フォンにずっと自分を卑下しないでもっと自信を持って欲しかった。私がいないでも大丈夫なように、しっかりして欲しかった。でも、いつまでも手のかかる弟でもいて欲しかったのかも……。そんな私の矛盾した態度が、フォンをずっと苦しめていたのかも知れない……」
「エレ……」
「エレさん……」
「私、間違っていたのね。変わったフォンを喜ばなくちゃ! 例え、その変えた相手が私じゃなかったとしても……」
俺とシャインが街で情報を集めている間にそんな会話が交わされていたなんて、俺はまったく知らなかった。
◆ ◆ ◆
「しかし原因わからねーんだろ? そもそも異生ってどうやって発生するんだ?」レ=ロイドが尤もな質問を口にしたが、答えを知るものは誰もいなかった。
博識のシャインでさえ口ごもっている。
「レロイ。それは永遠のテーマだわ。誰も解明したことのない疑問」ちょっと頭の弱い兄に妹が諭す。
俺達は異生が大量発生したと思われる場所に来ていた。
女王からは外聞のよくない話の為硬く口止めされているのだが、大量発生した場所は城からそう遠くはない所だった。
そこは滅ぶ前のタイトゥー王国の城が建っていた場所らしく、形を残さないほど粉々になった城の瓦礫が重なり遥かな時を過ごしコケが生え木々が育ち山と化していた。
ところがつい一ヶ月ほど前、激しい雷雨に地震が重なり山の一部が土砂崩れを起こした。
するとそこから地下へと繋がる隠し通路が見つかりその地下の方から異生が這い出してきていると言うのだ。
つまり、昔のタイトゥー王国の城の地下から異生が大量発生。とっても外聞がよくないな。
「ねぇ、なんかこう言うのワクワクしない? 冒険って感じ」暗く湿気てジメジメした地下通路を歩くのには似つかわしくないエレのウキウキした声が響く。
「まぁ、な」軽く返事をしながら俺は首をひねる。
この間からエレのテンションが妙に高い。常にご機嫌で口も軽く饒舌だ。なんか逆に気持ち悪いな……。
「ねぇ~ちょっと急いで来てぇ」先頭を進んでいたシャインから声がかかる。
どうやら広い場所に出たみたいだ。ついでに、シャイン・レ=ロイド・マ=リアン・俺・エレの順番で細い通路を歩いていた。
「異生いないじゃん」先に広間に出ていたレ=ロイドが周りを警戒しつつ、肩透かしを食らった声を出している。
俺は広間にたどり着き周りを見渡したがやはり異生のいる気配はない。
「なんでー、ガセ? そんな事ないよね。街の人からも聞いたし」エレも周りを調べている。
そこは丸い形をした部屋だった。出入り口は俺達が入ってきた所しかない。
壁は石だか金属だかよくわからない素材で出来ていて、意味不明な文字のような絵のようなものが描かれている。
上を見るとシャインの身長の優に二倍はありそうな高さだ。やっぱり丸くて意味不明なのもが描かれている。
「これは、どう言う事でしょうか……」その異様な雰囲気の部屋に不安になっって来たのか、マ=リアンがくっついて来た。
各々が思い思いの所を調べていて、さて俺はどうしようか……と思っていた矢先、声が響いた。
『これは随分と神の加護が強いものがいるな。だが法を扱えない。興味深い』
「誰だ!」俺が叫ぶとみんなに注目された。
『私の声まで聞こえるとは……面白い』
「どこにいる!」頭の中に直接声が響いているみたいで気持ち悪い。妙に大きな声なのにどこから聞こえてくるのかまったく分からない。
周りを見渡すがもちろん俺達しかいない。
「ちょ、ちょっと! どうしたのフォン?」エレがそんな事を聞いてくる。
「どうしたって今の声が聞こえなかったのか?」エレにそう返したが、返事はまた変な声がした。
『無理だ。お主にしか聞こえていない』
「バカ言うな! こんなにはっきり聞こえてんのに!」俺は叫んで辺りをくまなく探したが、やっぱり俺達以外怪しいやつはいない。
「ちょ、フォン! 落ち着いて。大丈夫?」エレが走り回る俺を止めた。他のメンバーも俺の周りに集まってくる。
「どうしたの?」エレが心配そうに俺を見ている。
「どうしたのって本当にこの声が聞こえないのか?」
エレと話している間にも不愉快な声は聞こえている。
『私に会いに来い』
「私には聞こえないけど……」不愉快な声と重なったが、エレはそう言って他のメンバーを見る。
シャインもレ=ロイドもマ=リアンも困惑の表情で俺を見ていた。
本当に俺にしか聞こえていないみたいだった。
『先程からそう言っておるのに。阿呆な人間だ』
……かなり偉そうな声だ。どこから聞こえているのか全然分からなく不安だったが、恐怖心よりムカつきのほうが強かった。
『阿呆な人間は嫌いだが……試す価値はある。私に会いに来い』
何勝手な事を! 高圧的な声が聞こえれば聞こえるほど、怒りがこみ上げてきた。
『目の前の模様を指でなぞれ。通路が開く』
また隠し扉?
急に黙った俺を不安そうに四人が見てる。その四人の視線を受けながら俺は言われた様に壁の一つの模様を指でなぞった。
言う通りにするのは癪に障ったが、この声の主を見てみたかった。危険かも知れないと思ったがこの声の主を殴ってやりたかった。
するとその模様は光だし、少し小さめの扉が急に現れた。
「隠し通路!」俺の行動を傍観していた四人が一斉に声を揃える。
「なんでこんな事フォンが?」
「本当に変な声が聞こえているのですね?」
「お城って秘密だらけよねぇ~」
「おまえ大丈夫かよ?」
それぞれが勝手な事を言う。俺は変な声に急かされ、みんなの言っていることを無視して中に入った。
先ほどの部屋とは対照的に狭い四角い部屋だった。だが同じように壁・天井全てにびっしりと色々な模様が描かれていた。
そして部屋の中心に細長い箱が横たわっている。その箱にももちろん模様が刻まれている。
丁度俺が横になり入れそうな大きさの箱だった。まるで……。
「棺みたいだ」俺の変わりにレ=ロイドが口に出した。途端エレとマ=リアンが嫌そうな顔をした。
「やめてよ、気持ち悪い。私は財宝が入ってんじゃないかと思うけど?」そう言ってエレは近づいた。
台の上に乗っているその箱はエレの腰ぐらいの高さだ。俺も近づく。
あの声は聞こえなくなっていた。辺りを見渡したが狭い部屋だ。この箱以外何もない。
もちろん不審な人物もいない。……なんだったんだろうか。
「ねぇ! 見て。剣が刺さってる。すごい装飾。この中心の石は何かしら?」エレが嬉しそうに箱の中心を指差している。
「本当ですね。すごく綺麗」宝石と聞いてマ=リアンまで覗き込んでいる。
案外君たち好きですね。金銀財宝……。
「でもぉ、ここで見つけたものは自分のものにはならないわよ~。タイトゥー王国に提出しなきゃぁ」割と真面目なシャインが釘を刺す。
「チッ」心底悔しそうにエレは舌打ちすると、それでも箱から剣を取ろうと柄に手をかけた。
「キャ」途端慌てて手を離す。
「どうした?」小さな悲鳴を挙げたエレにみんな注目する。
「なんか、バチッて来た。痛ったー。やだ、手のひら軽く火傷してる」エレはそう言って手をヒラヒラ振る。
「見せてください」すかさずマ=リアンが治療する。
「えー? マジで?」そう言ってレ=ロイドが剣に手を伸ばした。
「痛て!」
「レ=ロイド!!」
「レロイ!」エレとシャインとマ=リアンの声が重なる。
「レロイ! どんな危険か分からないのに、安直過ぎるわ!」
マ=リアンが兄を嗜める。妹にきつくしかられ、兄はしょんぼりしている。この双子……実はマ=リアンの方が立場強いな。
「エレもよぉ! 何があるか分からないのに~」シャインもエレを嗜めた。
『許可なく私に触れるなど。もっと罰を与えてもよかったがな』またあの声が聞こえた。
「火傷はたいした事ないです」マ=リアンがエレとレ=ロイドの手を治療しながら言った。
みんな何も気にしている様子はない。と言う事はやっぱり俺にしか聞こえないのか……。
『お主は許可する。抜いてみろ』こんな偉そうな声ではっきり聞こえている以上、空耳じゃないよな……。
と言うか、こいつ可笑しな事さっきから言ってないか?
許可なく私に触れた? 誰が?
罰を与えた? 誰に?
罰が当たったようになったのはエレとレ=ロイド……。そして二人は剣に触った……。まさか……。
『本当に愚鈍な人間だ。私は先程からずっとそこにいる』って事はやっぱりこの棺みたいな箱に刺さっている剣?!
あ、ありえないだろ……。
俺はかなり変な顔をしていたのだろうか。いつの間にかまた四人が俺の事を心配そうに見ていた。
「百面相してるわよぉ」シャインにそう言われて、つい愛想笑いをする。いや、だって、まじ笑うしかないだろ……。
『いいからさっさと私を抜いてみろ!』痺れを切らしたようにまた偉そうな声が響いた。やっぱりこの剣がそうなわけだ……。
まじまじと観察すると、かなり美しい柄だった。刀身は箱に刺さっている為、どのぐらいの長さか分からなかったが、柄から想像する限り大きくはなさそうだ。
部屋の壁と同じような金属で同じような模様が描かれている。
その中心に丸くて赤い宝石が埋め込まれていた。その輝きは今まで見たこともない怪しい光を帯びている。
じっと見つめていると心が吸い込まれそうだ……。
『魔石を見るな』今までの高圧的な声ではなく、嫌に静かに冷たく止められた。
その声で急に夢から覚めたような気分になった。ちょっと、頭が重い……。
しかしこいつ魔石って言ったか? 冗談だろ。
こんなに丸く美しく、しかも赤い魔石など見たことがない。
ハンターをしているうちに、赤や黒の魔石など本当は存在しないのではないかと正直思っていた。
十分強くて手こずった異生でも、青い魔石を持っているものはそうそういなかった。
その青い魔石より強い魔力を持つと言う赤や黒の魔石。実際に存在していたなんて信じられないな……。
と言うか魔石を埋め込んだ剣など初めて見た。
手に入れた魔石は全て神殿に送られ、浄化されると聞いているのに……。
まさかこの剣自体が異生!? なんて、そんなわけはないよな。
『当たり前だ! 私を異種生物などと一緒にするな。どこからどう見ても普通の剣だろうが』
いや、普通の剣は意思を持って話しかけてきたりしませんけど……。
俺の頭は大分麻痺してきたのか、この偉そうな声に慣れてきてしまってる。しかもなんかこいつ話し方が変わった気もするし。本当は無理して仰々しく話してたのか?
『いいから抜いてみろ! お前の運命が変わるかも知れん』
図星だったのか、慌てて突っ込みが飛んでくる。だがその後は占い師の様に預言者の様に剣が言った。
その言葉に俺は引き込まれるかのように何も考えず剣に触れた。
火花は起きなかった。力を入れると剣は何の躊躇いもなく抜けた。
四人が驚いた顔で俺を見てる。
思っていたよりも小柄で軽い剣だった。
刀身は青みを帯びている。
ずっとここに放置されていただろう。それなのに刃こぼれ一つなく、錆もなく、美しい剣だった。
「フォン!」剣に見とれていた俺は、エレの叫び声で我に帰った。
すると部屋中にあった模様が光輝いている。
隠し通路が現れた時のようだ。だが一箇所じゃなく全ての、部屋中の模様が光っている。
「なんかー、やばい雰囲気よぉ~」さすがのシャインも慌てている。
「出ましょう!」マ=リアンがレ=ロイドにつかまりながら皆を急かした。
言われるまでもなくみんな出口に走り出している。
俺も剣を持ったまま、エレに引きづられる様に走っていた。
頭の中であの声が淡々と響いた。
『私と、お前の運命が……歯車が……回り始めた……』