05.カティシア
「お兄さんかっこいいね。ちょっと寄ってかない?」それがカティシアとの出逢いだった。
遊女屋の二階の窓からあられもない下着姿でタバコを吹かし俺を見ている。
いつもなら商売女の誘いなど無視する。
そんな女じゃなくても俺の相手をしたがる女はいくらでもいるからだ。って、偉そうに聞こえるが事実だから仕方がない。
だから当然無視するつもりだった。
無視するつもりだったけど……抱いてしまった。
二人ベットの中、まどろみタバコを吸う。
「絶対無視されると思ってた」話をしてみると案外あっさりとした性格で下手に言葉を飾らず素直な女だった。
「お金要らない。これは商売じゃなくてさ、私の趣味。気が向いたらまた来てよ。話し相手になるから」
出逢った日にそう言われ、気が付いたら俺は度々カティシアの元を訪れていた。
◆ ◆ ◆
「私から見ればフォンは超強いけど? この間だって私が絡まれたの助けてくれたじゃん。あっという間に」
「……ゴロツキ相手に負ける事はないさ。ただ異生が相手となると……」
「すごい化け物らしいね? 私は十二のときにここに売られてから外に出たことがないから見たことないけどさ」
「普通見たら足が竦むよ。何も逆らう事が出来ずあっという間に食われる。……俺だって……」
俺が先を言わずにいるとカティシアも何も言わず体を寄せてきた。
「……フラッシュバックするんだ。異生を目の前にすると……両親が殺されたときを思い出す」俺はそう言って眼を閉じる。
恐怖に支配される。いつもあの光景が頭から離れない。
すると突然カティシアに抱きしめられた。
正面から優しく俺の頭に胸を寄せてくる。
その行為は暖かく、優しくて柔らかくて……まるで母のようだと思った。
◆ ◆ ◆
「フォン、あんた最近遊女屋に通ってるって? 金払って女抱くなんてどうかしてるんじゃないの?」
丁度これからまたカティシアに会いに行こうと思っていた矢先、エレに呼び止められた。
「商売女なんかにうつつ抜かしてないで、マ=リアンのことちょっとは真剣に考えてあげなよ!」
お姉さん面して俺にまた説教する。うんざりだった。
「カティシアとはそんなんじゃない」俺はそれだけ言うとその場から立ち去った。
ダメだ……。
エレとはもう、ダメだ。
ずっと俺が強くなってエレを守ってやらなくちゃ、そう思っていた。
エレを見ていると辛かった。
肩肘張って、突っ走って……。男の振りして無理をして。
何でも一人で抱え込まないで俺を頼れよ! 俺が助けてやる! ずっとそう思ってた。
そう言ってやりたかった。
でも違うんだ。
エレが無理をしているのは俺のせいなんだ。
エレも俺を守ろうとしてるんだ……。俺が情けなくて、法も使えずエレより弱いからエレは守ろうとしてくれている……。
だからダメなんだ。
俺が守ってやる! と言った所でエレは楽にはならない。それどころか余計苦しめてしまう。
俺じゃダメなんだ……。
俺は必要ないんだ……。
それどころかエレのために俺はいない方がいいんだ……。
「やだ! 遅いと思ったらどうしたの? ビチャビチャじゃない!」
「……急に雨に降られたんだ」
「こんな良いお天気で? まぁいいわ。脱いで! 体拭かなきゃ」
カティシアは俺が泣いているのに気がついているのか、深く追求せずタオルをくれた。
俺は頭を拭こうと思ったが耐えられずカティシアに抱きつく。
かなりみっともなかった。カティシアに、女にしがみついて泣くなんて……。
でもカティシアは何も言わず、俺の頭をずっと撫でてくれていた。
「男は女に母親を求めるって言うけど、フォンは早くに母親をなくしてるしその傾向が強いんじゃないの?」カティシアの膝枕でくつろぐ俺は何も言い返せない。
「でも、エレクトラの事愛してるんでしょう?」
「え?」
「そのぐらい話を聞いていれば分かるわ。仲間としてじゃなく、一緒に育った姉としてじゃなく、一人の女として愛してる……」
「…………」
「別に私のこと本気になってるなんて、私は思ってなかったわよ? 毎日たくさんの男を相手してるんだもの。私に夢中な男かそうじゃないのかぐらい分かるわ」 ……感服です。
カティシアの、こう言う所が好きなんだと思う。多くを語らなくても分かってくれる。
エレとは大違いだ。エレは何でも口に出さないと分かってくれない。気づいてはくれない……。
「そう言えば昨日、あの娘来たわよ」
「え?」
「マ=リアン。思いつめた顔して、フォンの事どう思っているんですか? って。話に聞いてたイメージとずいぶん違ったけど……。実はかなり行動派ね」
「…………」
「とりあえず、お金だけの関係です。って言って置いたけど、良かったわよね?」
「あ、ああ。ありがとう」昨日マ=リアンが来た? 今日の朝会ったときは何も言ってなかったのに……。
「私から聞いたって言ったら、あの娘のプライド傷つけるだけだと思うからフォンからは何も言わないほうが良いと思うわよ」
そんなもんか? 俺の考えたことがわかったのかカティシアは笑った。
「フォンは本当に素直ね。私、フォンのそう言う所大好きよ」そう言って抱きついてきた。
「そんな事言って、俺、カティシアに本気になるかもよ?」
「あら! 良いわね。私をここから救い出してくれるの? そうしたら私はフォンのためにパンを焼くわ。私こう見えても結構家庭的なのよ?」笑いながらそんな事を言うカティシアを見てそんな暮らしも悪くないと思った。
いつ死ぬか分からない毎日。顔を合わせれば喧嘩になってしまうエレとの関係。そんな煩わしさから開放され、カティシアとの穏やかな時間。
そんな暮らしも悪くないかもしれない……。
「でも私、ハンターのお嫁さんになる気はないわよ。いつ帰るか分からない人を待って泣くのはごめんだわ」そりゃ俺だってカティシアを待たせて仕事に行くのはごめんさ。
「フォンなら用心棒になれば良いのよ! この店にも柄の悪い客はたくさんいるし。オーナーが用心棒を雇おうかって話をしていたのを聞いた事があるわ」すごく嬉しそうにカティシアは言う。
少女のように夢見がちに声を弾ませ、心なしか頬まで上気している。
「なんてね。夢の話よね」急に声のトーンを落としたカティシアに俺は何も言えなかった。
そんな暮らしも悪くない。悪くはないけど……エレの顔が浮かぶ。
エレのことを思うと、気持ちが揺れる……。
何も言わない俺にカティシアはまた抱きついてきた。
「この間、客から聞いた仕事教えてあげようか? かなり稼げるみたいよ」
「え?」
「とりあえず今はハンターの仕事をしなさい。お金稼いで、それからどうするか考えれば良いじゃない。ハンターを辞めるかどうか。……エレクトラの事も……」
「…………」
「そのぐらい私だって待ってられるわよ? それにもし私を本当に助けてくれるなら、それなりにお金が必要なの。こう見えても私結構高値で売られたんだから」そんな事をそんな笑顔で言われても困るけど……。
カティシアは本当に優しくて俺の事をよくわかってる。
優柔不断で何も決められない俺に機会を与えてくれてるんだ。
一つ仕事を終えればハンターを続けたいのかどうかわかるんじゃないかって……。
エレとの関係もどうしたいのかって……。
今、初めて気がついた。
カティシアが俺に気づかせないようにしてたんだと思うけど、俺が思っていた以上にカティシアは俺の事本気だったんだ。
俺の事本気で好きでいてくれたんだ。
俺はカティシアを抱きしめていた手に力を入れる。
そしてそんなカティシアが教えてくれた仕事を請けることにした。
その仕事を最後にしよう。そしてハンターを辞めてカティシアとの穏やかな暮らしを始めよう。
カティシアを抱きしめる手により一層力を入れて、俺はそんな事を考えていた。
でも、その最後にしようと思っていた仕事で、俺の運命を狂わされる出会いが待っていたなんて、その時の俺は知る由もなかった。