03.マ=リアン
「やめてください!」路上に女の叫び声が響いた。
一瞬周りの通行人が足を止め声の方向に注目したが、すぐに何事も無かったかのように再び歩き出す。
みんな自分は何も見なかった、そう言い聞かせているかのように下を向いている。
「……冷たいもんだな」俺はついひとり言を呟いた。
声の聞こえた路地を覗き込むと案の定複数の男が一人の女を囲んでいた。
「こんな時間から熱心だねー」その光景につい声をかけた。
すると男たちは一斉に俺のほうを向き罵声を浴びせてくる。
「ナンパ? 楽しそうだね。俺も混ぜてよ」わざとらしく言うと、余計に男たちは叫ぶ。
「ふざけんなてめー! 邪魔だからどっかいってろ!」
「怪我したくなかったらどきな」
「俺達はこのねーちゃんに用があんだ!」
それぞれが勝手な事を言いながら俺に近づいてくる。
ばかだな、こいつら。
自分と相手の力量も測れないようじゃ雑魚だ、雑魚。
俺は何も言わず男達が俺の間合いに入った瞬間動いていた。
一人を右ストレートで。次いで左肘でもう一人。向かってきた男のパンチをかわし、右アッパー。最後、後ろにいた男に蹴りをお見舞いする。
あっという間に四人の男はその場に気絶した。
やっぱり雑魚だ、雑魚。
「あ、あの。ありがとうございます」
「気にしないで。こいつらが馬鹿なだけ」地面に転がっている男たちをつい顎で指す。
「……何も、言わないのですか?」
「……? 何を? 突発的な事じゃないの?」
「わたくしのこと、わからないのですか?」
え? 何? そんな有名人? 俺会った事あったっけ?
俺が首をかしげていると、女は初めて笑った。
「ごめんなさい。助けていただいたのに疑ってしまって。あなたもハンターみたいだから……」
「って言うと、こいつらハンター? 冗談、ただのごろつきだろ?」
「この町で派手な事をしている人達です。この町の人も困っているみたいでした」
それでか。通行人が助けの声を無視したのも、今遠巻きに俺達の様子を伺っているのも納得だ。
治安のいい町だって聞いてたんだけどなぁ……。
「申し遅れました。わたくしキット・ティ・リー神殿で巫女をしておりますマ=リアンと申します」
「みこ!? ……それは、失礼いたしました」巫女となれば王族と立場は同じだ。無礼があれば大変だ。
よくよく見ると頭からすっぽりとフードを被っている。
だがキット・ティ・リー神殿はイシュタル皇国にあるはず。そしてこの町からは多少離れている。
その巫女様が何でこんな小さな町に? しかも一人で。
そんな疑問が顔に出てしまったのか、マ=リアンはまた笑った。
「もし、よろしかったら立ち話もなんですし、場所を変えません?」そう言って、見物人を横目でそっと見る。
まぁ、確かに。こんなに野次馬がたくさんいる路地裏じゃぁ、話は出来ないよな。
別に急ぐ用はないし。と言うか暇つぶしに外に出てたわけだし、正直ちょっと興味あるな。
どんな込み入った話なのか。
そんなんですぐ近くにあった軽食屋に入り話を聞く事にした。
「さっきのやつら、ハンターだって?」敬語は止めてくれと言われたので普通に話す。
しかし変わった巫女さんだ。
フードを取り顔を見せてもらったが、かなりの美人だ。
でもエレクトラの様にきつくはっきりとした美人ではなく、こう柔らかくてフワフワしてて。守ってあげたくなるような女性だ。
巫女なんて人間は権力を笠に着て、どこかお高く傲慢な人種かと思っていたが、このマ=リアンは全然違う。
まぁ、ちょっと変わってるみたいだけど……。
「わたしくしに法を使えと強要してきました」
そうか、精霊石か。
巫女は魔法を具現化することが出来る。それが精霊石だ。
その具現化した石を使えば、自身の力では法を使えない人間でも少しの間、法を使う事が出来る。
だから俺も持つ事を考えたが、消耗品のくせしてべらぼーに高いんだよな。
そんな精霊石の使い道は普通、王族とか貴族とかのここぞと言う時のお守り代わりだ。
「それでハンター崩れのやつらがあんたを襲ったわけか」納得。精霊石を作らせて売れば大金持ち。そりゃ誘拐したくなるな。
でもそんな巫女様なんだから、狙われる事ぐらい察しがつくだろうに。
「本当は連れがいたんです。でも……その……はぐれてしまって」
「あぁー。でもこんな田舎町で?」しかもそれじゃぁ護衛の意味ないだろ。
「その……あの……」
「じゃぁ宿に帰ればいいだろ?」そんなに広くない田舎町。すぐにわかるはず。
「……その……あの……」
「……方向音痴か?」言い辛そうにしているので、俺がそう聞くとマ=リアンは顔を真っ赤にして俯きながら、
「極度の……」と言った。
悪いとは思ったがつい吹き出す。
するとより一層小さくなって俯いている。
「悪い悪い。いや、悪気は無いんだけど、つい」
「わかってます」マ=リアンは慌てて顔を上げて微笑んだ。
まるで聖女のような、すばらしい笑顔だな。なんて思ってしまった。
その後しばらく談笑し、彼女が泊まっていると言うすばらしく豪華で場違いなホテルに送り届けた。
もう二度と会うこともないだろう、そう思っていたのに次の日。
どうやって調べたか知らないが、俺達の泊まっていた宿にお付の若い青年と一緒に彼女は現れた。
そして俺の顔を見るなりこう言ったんだ。
「わたくし、フォン様について行く事に決めました!」
「はぁ?!」俺だけじゃなく、一緒にいたエレもシャインも眼を丸くする。
なんでも常々神殿から抜け出したいと思っていたらしく、使いに出た今回そのまま姿をくらませるつもりだったらしい。
「じゃぁ、あんた達二人でどっか行けばいいじゃない」エレが少し怒った様子で言うと、マ=リアンは聖女のようなあの笑顔で宣言した。
「わたくし、フォン様を愛してしまいました! あの出逢いは運命でしたの!」
「はぁ――?!」俺はそのまま何も言えず、眼と口をひたすら丸くするしか出来なかった。
そしてエレとシャインとお付の男の冷たく鋭い視線が、俺に突き刺さっているのをただ感じていた。
そんなんで俺達は急に五人になったんだ。