14.封印
シェリオと真剣を交わしながらデュオは攻める事が出来ないでいた。
シェリオから繰り出される剣技を見切り寸前で交わす事に務めていた。
この島の中ではシェリオもかなりの達人なのだが、デュオにそれはまったく通じていない。
剣と出会う前でもデュオの魔法を使わない剣技・体技は素晴らしく、敵う人間はそういなかった。
しかも今は剣の宿主となり異生でもデュオには勝てない。
それなのに魔法も使えず、少し剣が扱える程度のシェリオではまったく相手にならなかった。
デュオから攻めれば一撃で決着は付くだろう。だがデュオは決めかねていた。
『何をもたついている。殺さず止めれば良いだろう』剣の多少イラついた声が響く。
言われればその通りなのだが、力づくで抑える事にデュオは乗り気にはなれなかった。
暴力で止めて解決したとしても、シェピアの本意ではないはずだ、とデュオは考えていた。
息も切らさずそんな考え事をしながら余裕でシェリオの攻撃をよけている。
そんなデュオを受けてシェリオは余計怒りの剣を浴びせてくる。
捨て身のような、全身を使った大振りな攻撃をシェリオは繰り返している。
怒りで剣先は鈍り、より一層デュオは余裕そうだ。
「きさま! なぜ真剣に闘わない!」全身で息をしながらついシェリオは叫んだ。
攻撃の手を休め、怒りの形相でデュオを睨みつけている。
「……悪いが俺は剣を交わしに来たわけじゃない」一つ深呼吸をしてデュオは答えた。
「話し合いで解決したい、そう言うつもりか!?」
「俺やあんたがどうあがいた所でシェピアの心は決まらないだろ。自分で選ばず生き残った方と一緒に過ごしていくなんて事を素直に認める女じゃない。そんな事あんたが一番よくわかってるんじゃないのか?」
「……貴様に言われなくても!」
「分かってんだろ? じゃぁ、俺達が闘っても無意味だ」デュオにそうはっきりと言われ、シェリオは悔しそうに歯軋りしている。
シェリオがどうあがいた所でシェピアはデュオと一緒に行ってしまうだろう。
ならばデュオを殺してしまおうと思っていた。デュオが死ねばシェピアは何処にも行かない。
例え自分の事を一生許さず、恨み憎まれようとも側にいられるのなら本望だ。だがその夢はかなわなかった。
シェリオがどんなに全力を尽くしてもデュオは殺せない。
絶好の機会だった最初の不意打ちで倒せなかったのだ。これからも倒せないだろう。
やり場のない思いがシェリオを包み込む。
シェピアを、シェピアの心を奪ったこの男が許せない。
殺してやりたい。だが殺す事が出来ない。殺せなければシェピアはこの男と一緒に旅立ってしまう。
そんなことは許さない。許さない!
自分の元から離れていくと言うのなら、いっその事……。
シェリオがそう考えていた時だ。急に扉が開きシェピアが駆け込んできた。
「デュオ! 兄さん!」
「シェピア!」走りこんできたシェピアにデュオは慌てて駆け寄りきつく抱きしめる。
「デュオ! デュオ!」シェピアもデュオに抱きつく。二人は固く抱き合った。
「デュオ、ごめんなさい。ごめんなさい」
「いいんだ! わかってる。俺の方こそごめん。悪かった……」泣きながら謝罪するシェピアの顔を見つめデュオはそう言った。
二人は見つめあい自然に唇を重ねる。そして再び固く抱き合う。
再会しお互い気持ちを確かめる事が出来て二人は浮かれていた。
シェリオのことなど目に入らず、ひたすら二人の世界に浸っていた。
だから修羅のごとく形相で二人を睨んでいたシェリオが動いた事に二人は気づかなかった。
『おい!』剣の焦った声がデュオの頭に響いた時はすでに遅く……。
鮮血が宙に舞った。スローモーションのようにゆっくりとデュオの手からシェピアの体が離れていく。
◆ ◆ ◆
「はは、ははは。ははははは!」シェリオが血に染まった全身を広げ高らかに笑え声を上げた。
その声でシェピアが倒れる様子を呆然と見ていたデュオは我に返る。
「シェピア? シェピア……? シェピア!」慌ててシェピアを抱きかかえる。
背中から止め処なく血が溢れていた。薄く開いた赤い瞳は涙で濡れている。
「デュ、オ……わたし……」
「しゃべるな! しゃべるな、大丈夫。大丈夫だ! 俺がすぐ治すから、大丈夫だ」そう叫びながら、デュオは回復させる術を知らなかった。
超人の力を手に入れ、自分の怪我もすぐ治る彼が唯一できない事……それは他人の治癒だった。
後から後から流れ出るシェピアの血液を押さえる事しか出来なかった。
「なぜ! なぜ! 誰か……誰か助けてくれ!」傷を押さえているデュオの手はすでに真っ赤に染まっている。
「デュオ……いいの……、わたしは、大丈夫……」息苦しそうにシェピアはそう言うと、デュオの顔にそっと触れた。
「シェピア、シェピア!」デュオは頬に触れたその手をきつく握り締める。
「ごめんなさい……、こんな、思いをさせて……。でも、私、ひどい女ね……。出会わなければ良かった、なんて思えない。あなたに逢えて本当に幸せだったから……。あなたと少しの時間でも……一緒にいれて、本当に幸せだったから……」
「シェピア!」
「でも……私は……あなたを苦しめただけ……」
「そんな事ない! 俺だって、俺だってシェピアに逢えて幸せだ! これからもずっと一緒にいたい。だからそんな事言うな!」デュオは首を激しく振りながら言ったが、眼には涙が溢れている。
「いいの。聞いて……お願い。わたしは、あなたより先に……逝ってしまう」
「うぅぅ」
「だから、忘れて……。この島であったこと、全て忘れてあなたは、外の世界へ……行って……」
「嫌だ! そんなのは嫌だ!」
「デュオ……愛してるわ。本当に愛してる……。でも、私は、あなたとは一緒に行けない。私はこの島に残る。この島に残るわ……」
「シェピア! 俺も愛している。愛してるよ!」
「デュオ……ありがとう……」笑顔でそう言ったシェピアは瞳を閉じた。
そしてデュオの頬を触れていた手の力が緩む。
「シェピア? シェピア! 嫌だ、嫌だ! 死なないでくれ! 誰か、誰か助けてくれ!」
力の抜けたシェピアを抱きかかえたままデュオは動いた。
大量の血が筋を作る。そのあまりの量にデュオはその場に泣き崩れてしまった。
こんなにたくさんの血が流れてしまってはもう助からない……。
「いやだいやだ。俺の命をあげるから、俺は死んでも良いから! こんな力もいらない! だから、だから死なないで」デュオはそう泣き叫んだが、この広い部屋には狂い笑い続けているシェリオしかいなかった。
「誰か……誰か助けてくれ……」脱力し、泣き続けていたデュオは急に顔を上げ、腰に帯びていた剣を取る。
「そうだ! おまえ! 俺から離れてシェピアに付くんだ! そうすればシェピアは死なない!」名案を思いつき歓喜してデュオは言ったが、非情な剣の声が響く。
『無理だ。この娘にその資格はない』
「資格?! 資格ってなんだよ、そんなの関係ない! いいから、何でも良いからシェピアを助けてくれ!」剣を揺らし嘆願するが、剣は無言で否定した。
再びデュオはうなだれたが、またすぐに顔を上げ今度はいやに低い声で淡々とこう言った。
「……なら、封印を解く」
『馬鹿なことを言うな! そのような事をしてもシェピアは助からない』かなり慌てた剣の声が抑制したが、デュオはまだ辛うじて息のあるシェピアを凝視したまま答える。
「やってみないとわからないだろう!! お前が、破壊の妖剣だったとしても、俺にもっと力が流れ込めば治療できるかもしれない! 助けられるかもしれない!」
『……そこまで言うならやってみるが良い。そしてこの島を抹殺するのか?』
心がどこか遠くの方へ行ってしまったかのようなデュオを脅してみたが聞いていなかった。
『……なら、叫ぶが良い。我が名を……』
剣の声などやはり聞き入れていなかったが、デュオは青みを帯びた刀身にそっと指を近づける。
柄に埋め込まれた赤い宝石すぐ近くの刀身に、とても小さな模様が刻まれていた。
文字のような、絵のような……。不可思議な模様。
デュオはその模様を指でなぞりながら叫んだ。
「シルフォン」と……。
◆ ◆ ◆
島は光の渦に覆われた。
何も見えない白い世界。何も聞こえない白い世界。そこには唯一人デュオしかいない。
助けたかったはずのシェピアの姿は何処にもなく。
握っていたはずの剣の姿も何処にもない。何もない真っ白な世界。
デュオが何か叫んだが音は生まれることなく口だけが空しく動いている。
まだ何か叫んでいるがそのデュオもゆっくりと消えて行く……。
そして光は衝撃となって島中を駆け巡った。少し遅れて音が戻り爆発音が響き渡る。
『我が名はシルフォン。破滅を司る者。生きとし活ける全てのものを抹殺する』
不思議な声が島人全員の頭の中に響き渡った。そして島中のいたる所で爆発音や人の悲鳴が上がる。
廃墟の城の中デュオもその声を聞いた。それは紛れもなく意思を持つ剣の声だった。
すぐ足元にシェピアが横たわっていた。
ここは現実だ。白い世界ではない。
シェピアはすでに息絶えていた。何とか生き返らせようと力を込めるが、うまく働かない。
シェリオを見ると彼も倒れている。肩に傷を負い気絶しているようだ。傷を治そうと力を振るうが、やはり出来なかった。
「俺は……またやってしまった……」デュオは独白する。そして握っていた剣を見た。
中心の赤かった石は変化し黒く輝いている。
「……シルフォン……。戻ってくるんだ……。シルフォン! 戻って来い! 全てを抹殺してはいけない!」
『お前に命令されるのは気に食わんが……』聞きなれた声が頭に響き、宝石の色が黒から赤く変わっていく。
そして島から爆発音が消え静かになった。
泣き叫ぶ人々の声はまだ響いていたが、徐々に静かになっていく。
デュオは息をせず固く眼を瞑ったシェピアの横に膝を着いた。
もう涙は出ていなかった。
「俺は人を治す事が出来なかった。やっぱり、お前が破壊をつかさどるからか……」
『私には分からない……。ただ全てを破壊しろ。それだけが私を創っている。封印を解かれれば尚、その使命だけに包まれる。だが……私は……本意ではない……』
「分かってる。人を幸せに出来ない力ならいらない。お前だってやりたくもないことやるのは嫌だろ」
『……作り物のはずの私にこの様な意思……馬鹿げているが』困惑気味に剣がそう言って揺れた。
その声を受けてデュオは少し口元を緩めた。そしてシェピアの赤い髪にそっと触れる。
「シェピア。俺、やっぱり行くよ。こいつと二人で……。君と離れるのは辛いけど……、俺は……行かなくては。でも、シェピア……君の事は絶対に忘れない。どんなに長く生きても、忘れないから」そう言ってデュオは立ち上がった。
『……この男はどうする』
「……どうもしない。俺は、もう人を殺したくない……。シェリオを殺しても、シェピアとは一緒に行けないんだ。どんな事をしても、シェピアは、もう……」
シェリオの方を見ず、横たわるシェピアを凝視したまま言った。
剣はそれ以上何も言わなかった。デュオも何も言わず立ち竦んでいる。
すると慌しい足音と人の叫び声が聞こえてきた。
風の王やナユツァ、闇の部族の人間達がシェピアやシェリオを探しているようだった。
デュオは再びシェピアの前に屈みそっと髪を撫でる。そして触れるか触れないかの口付けをし、旅立った。
風の王とナユツァが駆けつけた時デュオの姿は何処にもなかった。
彼らは金色に輝く髪に碧い瞳を持ったデュオと言う青年のことを決して忘れなかった。
閉鎖されたこの島に訪れ輪廻を断ち切り救世主となった青年の事は、後世に語り継がれるようになった。