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シルフォン  作者: 尾花となみ
本編Ⅰ 砂漠の皇女
13/29

13.対峙

「こんばんは。色男さん」台詞は軽いものの重い殺気を含んだ声が部屋に鳴り響く。

「おまえがツェスカ……いや、シェリオか」疑問ではなかった。ただ確認の為デュオは言った。


 王座に座りデュオを凝視していたシェリオはふっと口元緩めた。

「……本当に色男だな。シェピアが好きになるのも分かる」

「シェピアはどこだ!」


「まぁ、そうあせるなよ」イラつくデュオとは対照的にシェリオは余裕そうに笑っている。

『格がお前より上だな』


「……そう言う冗談は嫌いだ」剣の響きにムカついたもののそのおかげか少し冷静さを取り戻した。

 熱くなってはダメだ。しっかりと状況を判断しないと。


 落ち着いてきた頭で初めてデュオは周りを見渡した。

 広い部屋だ。部屋の奥、何段か上がった所に王座がある。

 城の跡と言う事はここは謁見の間だったのだろう。


 部屋の中にはシェリオ一人しかいなかった。

 案内してくれたナユツァとは部屋の前で別れたのでデュオの連れもいない。

 広い謁見の間に二人の男。

 同じ女を求める二人の男が対峙している。


「見ての通りここには俺達しかいない。人目をはばからず話をしようじゃないか」シェリオは両腕を広げながらそう言った。

 デュオは無言でシェリオの出方を見る。


 デュオのその態度に機嫌を良くしたのかシェリオは笑顔で語りだした。



 ◆ ◆ ◆



 俺は自分の意思で風の民を発った。あのままシェピアと一緒にいれば傷つけてしまう。そんな事をするぐらいなら自分が死んだほうが良い、そう思った。

 だがいざ旅立つと遣る瀬無い気持ちに支配された。


 なぜ俺はこんな気持ちに支配されているのか。なぜこの様な衝動に駆られるのか……。疑問が頭を駆け巡った。

 そしてふっと他の……シェピア以外の色の違う皇女を見てみたくなった。


 エレクトラは隔離されていて天幕の外に出てくることもなかったので見ることが出来なかった。

 アクセラにも会えなかった。


 カイルは割りと自由な暮らしを送っていたようで、我儘を言っては兄のエリスに助けてもらっていた。とても仲睦まじい兄妹。

 しばらく観察しているとエリスが俺と同じものを抱えているのに俺は気がついた。


 隠していたようだが俺にはわかってしまった。そして正直狂うのは時間の問題だと思った。

 エリスを見ていて俺は皇女より他の皇子達に会いたくなった。


 もしかしたら皆俺と同じ思いを抱えているのかも知れない、そう思って。

 マヴラァスに会いに行くと露骨に分かった。クラウディアが愛しくて愛しくて堪らないという事が。


 だがあいつは強い男だ。俺やエリスと違い衝動に駆られる事なくこれからも抑えていける、そう思った。

 最後にツェスカに会いに行くと、すでに狂っていた……。


 ナユツァを自分のものとしていた。

 殺してやろう、そう思ったわけではない。だが憎しみを感じたのは確かだ。


 俺は傷つけたくないが為に風の民を発ち苦しんでいると言うのに、ツェスカはこの衝動に逆らう事もせず狂気にみちていた。

 許せなく思った。それと同時に羨ましくも思ってしまった……。


 そして気がついたら殺していた。

 ナユツァを不憫に思った。少しシェピアと重ねたのか、助けてあげたいと思って母親を脅した。


 その時はツェスカに成り代わるつもりはなかった。

 だがナユツァに頼まれしばらく城に滞在している時、血の契約の話を耳にした。


 ツェスカ不在の今、闇はクラウディアを招くつもりはなかった。マヴラァスならクラウディアと一緒にいても大丈夫だろうとも思った。

 風の民も俺がいないのだから、シェピアが炎へ行く事はないだろう、そう思っていた。


 だが契約が進んでいると聞いて俺の中で何かが壊れた。

 父には全てを話し、シェピアを守って欲しいと願ったのにマヴラァスの嫁にするなど!


 許せなくなった。父も、マヴラァスも……。

 マヴラァスは一番大切な妹も手元に残しシェピアも手に入れる。そんなこと許せなかった。


 俺は決めた。

 手を拱いて傍観するのをやめ、自ら動く事を決めたのだ。


 ツェスカに成り代わりシェピアを我が物とする。

 俺はシェリオじゃない、闇の部族が王ツェスカだ! ならシェピアを手に入れて何が悪い?

 シェピアは俺のものだ! 俺のところへ来るはずだった! なのに貴様のせいでっ!



 ◆ ◆ ◆



 シェリオは一人語るうちに激情を抑えられなくなったのか、憎しみに満ちた恐ろしい形相でデュオを睨みつけている。

 先ほどまでの余裕の表情は消え、肩で息をするほど声を張り上げている。


「貴様のせいで! 貴様のせいで俺の完璧な計画が狂ってしまった。貴様が現れたせいでシェピアが俺の元へ来なかった! シェピアは俺のものだ! 貴様などにくれてやるものかっ」

「……シェピアはものじゃない。どうするか決めるのはシェピア自身だ」シェリオとは対照的にデュオの頭は冷え切っていた。


 シェリオが熱くなればなるほどデュオは冷静だった。

 今すぐにでも飛び掛ってきそうなシェリオを観察する。


 ナユツァの言っていた通りだ。

 シェピアのこととなると良識を超えている。気がふれたように俺のものだ! と叫び続けている。

『確かにこれでは呪いと言っても間違いではないな』デュオ以上に冷静な声が響いた。


『このまま話していても平行線だと思うが。どうするのだ?』

「……シェリオのことはどうでもいい。俺はシェピアに会いに来たんだ」考えるまでもなくデュオはそう言うとさっさと踵を返し謁見の間を後にしようとした。


 すると後ろから急に斬りつけられた!

 デュオは寸前の所で気づき慌てて回避する。


「何処へ行くつもりだ?」シェリオは今までの叫び声とは違うゆっくりで淡々とした声をかける。

「……狂っている男は放って置こうと思ってね」デュオも同じような口調で話す。

 二人は再び対峙する。お互いにらみ合い動かない。

 デュオを見つめるシェリオの瞳は藍黒く光っている。全ての憎しみをデュオに向けているかのように光っていた。


 眼で人が殺せるのなら今のシェリオはそれが出来たかもしれない。そう思わせるほど恐ろしい瞳だった。

 だが同じくシェリオを見つめるデュオの碧い瞳には哀愁が漂っている。


 憎しみや怒りなどの感情は決して込められてはいなかった。

「……そんな眼で俺を見るな! 俺はっ、貴様に哀れまれる覚えはない!」シェリオは苛立ち再びデュオに斬りつけた。

 その一太刀をデュオは意思を持つ剣で受け止める。


 三度対峙……。だが視線が合うと今度はすばやくシェリオが後方へ飛び退く。

 そして咆哮をあげながらまた突進してくる。デュオはまた受け止める。

 そうしてそのまま二人は闘いへと身を投じ始めた。



 ◆ ◆ ◆



「シェピア!」

 父と二人泣き続け涙も枯れ果て静寂が訪れていた空間に、ナユツァの声が割り込んできた。

 全速力で走ってきたのか肩で息をし、髪も服も乱れている。


 だがそんな事は気にした様子もなく、シェピアの姿を確認するとしがみ付いて来た。

 ナユツァは泣いている。走ってきたためだけではなく、いたく興奮しているせいか呼吸が異常に早い。


「あの、人がっ! シェリオ、が! 私……シェ、リオがっ」

「ナ、ナユツァ。ナユツァ! 落ち着いて」

 息を詰まらせうまく言葉の出てこないナユツァの背中をシェピアはさする。


「ゆっくり息をしない!」ただ事ではない様子に風の王も側によりシェピアと同じように背中をさする。

「……あの人が、来たわっ! 私……シェリオの元へ案内してしまった……。あの人は……シェリオを殺してしまうかもしれないのに! どうしよう。どうしよう!」ナユツァはそう言ってまた泣き出す。

「…………」


「……彼が?」何も言えずにいるシェピアの代わりに風の王がナユツァに簡潔に聞く。

 ナユツァは顔を両手で覆ったまま無言で頷いた。

「……デュオが……来たの? 私を……追いかけ、て?」今にも泣き出しそうにシェピアも聞いた。

「ええ……ええ! 来たわ。馬をすごいスピードで走らせて正面から堂々と! 私、シェピアの所へ案内しようと思ってた! でも見張りが付いてて……私……またシェリオに嫌われたくないって思って……」ナユツァは泣けずにいるシェピアの代わりのように声を張り上げ泣いている。


「私はっ、どうしたらいい? どうしたらいいの?!」やはりシェピアの気持ちを代弁するかのようにナユツァは叫んだ。

 風の王は泣き叫ぶナユツァの背中をさすりながらシェピアを見つめた。


 焦点が定まらないままシェピアは固まっている。瞬きもせず口も半開きだ。

 風の王はそんなシェピアの正面に座り、顎に触れて視線を合わさせる。


「行きなさい。お前が止めるんだ。二人を、死なせてはいけない」風の王は静かに赤い瞳を見つめて言った。

 そう言われ、やっとシェピアの表情が引き締まる。


「シェピア。お前ならあの二人を止める事が出来る」優しい声で微笑みでそう言われ、シェピアは唇を噛み締めた。

 今にも涙がこぼれて来そうだった。


 でも泣いてはいけない! そう我慢してシェピアは父に頷いて見せた。

 そしてそれと同時に気がついたら走り出していた。


 どうすれば良いかなんて分からなかった。

 どうすれば二人を止められるのか、自分はどうしたいのか。


 デュオは、シェリオはどうしたいのか……、まったく分からなかったが、行かなければいけないと言う事だけは分かっていた。

 闘いを止めなければ。どちらか一方が死んでの終わりなんて嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ! そう思いながらシェピアは全速力で走り続けていた。

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