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シルフォン  作者: 尾花となみ
本編Ⅰ 砂漠の皇女
12/29

12.闇の部族

 デュオは馬を一人走らせ尋常ならない速さで闇の集落へたどり着いていた。

 馬に深くお礼を言いそのまま自由にしてやる。


 馬はかなり疲れているようだが名残惜しそうにデュオに鼻筋を押し付けてきた。

 だが歩き出したデュオを追おうとはしなかった。


「廃墟の城か……」

『人の気配がするな。見られているぞ』


「分かってる。でも関係ないさ。どうせ堂々と乗り込むつもりだった」そのまま気にせずデュオが進んでいると女の声が響いた。

「今更ご到着ですか?」嫌味ったらしい声の方を向くと一人の女が立っている。


 空色の髪、空色の瞳。真っ黒い衣装に身を包んでいてもその鮮やかさは隠れていない。

 瓦礫が広がる場所には異色だった。


 デュオが観察していると視線が合う。すると女は固まってしまった。

 いきなり攻撃されるか? と思っていたデュオは拍子抜けだ。


「本当に、外から来た方……。救世主……」呆然とたたずみデュオをただ見つめている。

「ちっ」まら知らずデュオの口から舌打ちが漏れる。

 正直うんざりだった。またかよ、と言う気持ちが強い。


 この島に来てからと言うものどの人間も人の顔を見ては固まったり泣いたり。

 いい加減にしてくれと思わずにはいられなかった。


 ただでさえシェピアからかなり遅れ気が焦っているのに。

 闇の部族の皇女だと思うがこの女を無視して先へ進むか……。そう思い足を出そうとした途端女が口を開いた。


「中はとっても入り組んでいます。ですから、私が案内いたします」

 疑いながらもデュオはついて歩き出した。


「シェピア皇女はずいぶんと前に着いて、今は風の王と一緒にくつろいでおられます」

「…………」


「私のことはお分かりでしょう?」城内を案内しながらナユツァは自分の事を話し出した。

「神を目の前にした罪びとが懺悔してしまうよう、あなたを見たら何もかも話してしまいたくなりました……。もっとも、私はリーヴァなど尊敬しておりませんが」そう前置きしてナユツァは語りだした。



 もうご存知ですよね。闇の王ツェスカの正体がシェピア皇女の実兄シェリオだと言うことは……。

 どう言う経緯で彼が風の民から出たのかは知りませんが、私は彼に命を救われたのです。


 闇の部族の王は事実上私の実兄ツェスカでした。

 父は早くに亡くなり母が立場を継いでいましたが、兄の言われるがままで兄が王でした。


 神の呪いか、太古の皇子の呪いか、そんな事はどうでもよく兄はすでに狂っていました。

 そして私はそんな兄のおもちゃでした。


 乱暴され、優しくされ。愛され、憎まれ……。

 ひどい毎日でした。コロコロと豹変する兄の態度に振り回され殺されそうになる事も何度となくありました。


 それでも母は見ないふり、知らないふりをしていました。苦しかった。辛かった……。

 そんな生活を変えてくれたのがシェリオです。


 いつものように私が乱暴されている所彼が偶然通りかかり、ツェスカを……私の兄を殺してくれました。

 その時は殺すつもりなど無かったのでしょう。ただ運が悪かっただけ。

 でも私の話を聞いて母を説き伏せ、自らがツェスカに成り代わったのです。


 闇の部族の民はみんな分かっています。別人だと言う事は知っています。

 それでも死んだツェスカとは比べようも無いほどすばらしい人だから……、優しい人だから皆何も言わずついて行っているのです。



 ◆ ◆ ◆



「止めろ!!」デュオは途中で口を挟まずにはいられなかった。

 素晴らしい? 優しい? そんな人間がこんな事をするだろうか。

「いえ、話させてください。知っていてください、彼のことを」立ち止まりデュオを見つめるナユツァの瞳は真摯なものだった。


「優しい彼も妹のシェピア皇女のこととなるとまるで別人のように恐ろしくなります。私の……兄と同じような目をして……」そう言ってナユツァは眼を伏せた。だがすぐにまたデュオを見つめる。

「私はツェスカを愛しています。私を救ってくれたとか、契約で夫となるはずだったとか、そんな事関係なく、愛しています」


「……だから殺さないでくれ?」デュオはナユツァと眼を合わさないようにして投げやりに言う。

 そんなデュオの態度にもナユツァは真摯に頭を振る。

「そのようなことお願いするつもりはありません。ただ知っていて欲しかった。……ごめんなさい。あなたには関係ないことなのに。やっぱり、そう思っているから……つい……」そう言って泣き出しそうになる。


 デュオはため息をついた。自分の態度はやっぱり人をいじめているみたいだ。

 憎きツェスカ。そのツェスカを愛してる、いい人だなんて言うナユツァにかなり腹がたったが、冷静にならなくてはいけない。


 ツェスカを愛している人がいる。死んで欲しくないと思っている人がいる……。

 だからなんだ? 関係ない! 俺はツェスカを倒しに来ただけだ! などと言い放つ事も出来なかった。


 シェピアが兄の事を話す時の態度で相手が素敵な人だと言う事はすでに分かっていた。

 だからってシェピアのことを譲るつもりは到底ない。ジレンマだ。


 相手の事を知らなければ良かった。そう思わずにはいられなかった。

 ナユツァのことも知らなければ倒す事は容易に出来たのに……。

 だがそんな事言っても終わらない。知った上でどうするべきか、どう動くべきか考えなくては。


『成長したな』

「…………」嫌味か! と突っ込みたくなるのを抑えつつ頷いてしまうデュオがいた。

 確かに、昔の彼はかなり後ろ向き思考の持ち主だった。

 自分がうまくいかないせいを回りに押し付けた。神を恨み、仲間を詰った。


 それから比べれば何と前向きな事か。

 例え答えは今出ていなくても、気持ちを前に持っていけることは素晴らしい事だ。


 シェピアのおかげかな? そうデュオは思った。

 恐ろしく真っ直ぐで素直で明るい。何にでも真剣に取り組み辛い事でも前向きに捉えられる。

 そんなシェピアを好きになったおかげで自分も変わりつつある。


 嬉しかった。シェピアを好きになれた事が……。

 シェピアに会わなければ。そして気持ちを確かめたかった。


 自分の事を好きでいてくれているかなんて事じゃなくてシェピア自身がこの問題をどうしたいのか。

 ツェスカが実の兄と知った今、どう解決したいのか。


 そしてそのシェピアの思いを叶えてあげたい。そうデュオは思った。



 ◆ ◆ ◆



「シェピア!」

「父様!」ボロボロに傷ついた父に抱きつきシェピアは泣いていた。

 父はひどい格好だった。


 身体のいたる所が傷つき血は固まり汚れ衣服は乱れ、足には重りのついた枷が取り付けられている。

 とても実の父にする仕打ちとは思えなかった。


「なぜ! なぜこんなことにっ」すがり泣きじゃくるシェピアはそう言わずにはいられなかった。

 傷ついた身体でしっかりと娘を抱きしめていた風の王の力が緩む。


「……すまない、シェピア。私がいけないのだ……」

「父様……」シェピアは父の胸から顔を離し見上げる。

 すると風の王は泣いていた。娘と同じように泣きながら話し出した。


「あの子は、シェリオは私に自分の胸のうちを全て話してくれた。私は何もかも知っていたのに!」

「……ツェスカがシェリオ兄さんだって事?」


「それだけではない。シェリオがお前の事をどう思っていたかという事も……」

 そう言われシェピアは何も言う事が出来ず俯いた。

 そんな少女の両肩を抱き、風の王はまた泣いている。


「あの子は自らの意思で風の民を出て行ったのだよ」

「…………」


「ある日、あの子は私に全てを打ち明けてくれた。シェピアを愛している事。大切で愛しく思っていること……。そしてそれと同じぐらいに傷つけてしまいたいと思っていること」

「…………」


「そして自分から風の民を出て行くと言った。このままここにシェピアと一緒にいたら絶対に苦しめてしまう。シェピアを苦しめ悲しませ泣かせるぐらいなら、自分が異生に食われてしまう方が余程良い! そう言った……」

「…………」


「私は止められなかった。何か言ってやる事も出来なかった。シェリオもお前も大切な子供だ……。シェリオが死ぬのを見過ごす事など出来ない。だがあんなに思いつめたシェリオをはじめて見て、あの子の言っている事が現実となってしまう事が理解できた。……何も言えなかった」風の王はシェピアから離れ両手で顔を覆う。

 シェピアはやはり何も言えず俯いたままだ。


「次の日あの子は何も言わずいなくなっていた。ただ一言シェピアを守ってください。と言う書置きを残して……」

「……父様……」


「私も何も言えず、何も出来なかった後悔を胸に抱えたまま時を過ごした。そして契約の話がそれぞれの部族から上がった。炎の部族の王からシェピアを貰うと言われ私は逆らう事が出来なかった。そんな私の元に闇の部族の王ツェスカに成り代わったシェリオが現れたのだ。自分の息子だ、すぐに分かった……。だが私はあの子にも逆らう事が出来なかった。そして言われるがまま契約を交わした……」

「もういい! もういいわ! 父様っ」


「情けない父だろう? 誰にも何も逆らう事も出来ず、結局息子も娘も自らの手で守ることさえ出来ない。私は自分の保身だけを考えている最低な人間だ……」

「もう……やめて……」

 心も身体も傷つきボロボロの父にシェピアは抱きつく。


 二人はそのまま何も言わず抱き合い泣き続けていた。

 父を恨む気持ちは生まれて来なかった。ただ、悲しかった。

 ただ悲しくて、シェピアは泣いた。


 自分の事を思ってではなく、父と、兄の苦悩を思い、悲しくて悲しくて泣き続けた。

最近説明ばっかり。読み辛くてすいません。

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