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シルフォン  作者: 尾花となみ
本編Ⅰ 砂漠の皇女
11/29

11.呪われた皇子

「いらっしゃい。シェピア皇女。一人なのね?」

 馬に跨り廃墟へと到着したシェピアを出迎えたのは色素の薄い女だった。


 白と見間違える空色の髪上目遣いのその瞳は憧れる遠い異国の空のような色。

 肌も透き通るほど白く唇はピンク色に花開くバラのようだ。


 ずっと……ずっと恋焦がれてきた容姿を持った女が目の前にいた。

 まさしく四女を形容するに相応しい。


「はじめまして。闇が部族第一皇女ナユツァよ。ツェスカが待っているわ、来て」

 女に言われるがままシェピアは馬から降り女の後を追う。


「……一人で来いって言ったのはツェスカでしょ?」シェピアは最初の質問に律儀に答える。

「まぁ、そうだけど。本当に一人で来るとは思わなかったわ。噂の白馬の王子様を見てみたかったのに、残念だわ。臆病風に吹かれたのね」


「彼を馬鹿にするのは止めて! 何も知らないくせに」笑われ口調が強くなる。

 先程からナユツァの態度は誉められるものではなかった。

 ナユツァのほうが好戦的にシェピアを煽っていた。


 気に入らないと思っているのはシェピアのはずなのに、それ以上にナユツァはシェピアが気に入らないようだ。

 憎んでいるかのような雰囲気を醸し出している。


「……何処まで行くの?」廃墟と化した場内を黙々と進むことが耐えられなかったのか、シェピアは聞いた。

「ついて来れば分かるわ」ナユツァは冷たく言い放ち会話が途切れる。

 それ以上シェピアも何も聞かず、話さず、長い廊下であっただろう場所を進む。


「この城、知ってる?」そのぐらいの知識はあるの? と馬鹿にした口調で急にナユツァのほうから話しかけてきた。

「……知ってるわ」憮然とシェピアは答える。


「この島の王国の城。ずいぶんしっかりと建てられていたみたいでまだ十分雨風をしのげるわ」

「そう」シェピアは内心ムカつきながらも一応返事をする。


 だが横を歩くナユツァのほうを見る気にはなれなかった。

 なぜ恨まれているのかも分からないし、自分勝手に高圧的に話しかけてくるのも気に入らなかった。


 人の顔も目も見て話さない。そんなナユツァを受けシェピアは苛立ちよりも不安のほうが強くなってきた。

 これから会うツェスカと言う男は彼女の兄だ。


 妹がこれでは兄も知れている。そう思わずにはいられなかった。

 自分はどうなるのだろう。父は無事だろうか。その二つばかり考えていた。


「なぜ滅んだか知ってる?」ナユツァは今度普通に剣呑な気配なく聞いてきた。

 思考を止められたものの、その態度の変化に驚きシェピアも普通に返事をする。

「一応知ってるわ」


「そう……。ならいいわ」先ほどまでの高圧的な態度は消え、弱々しく答える。

 だが会話は続かずまた無言。

 するとナユツァは急に立ち止まった。そしてシェピアのほうを向く。


 何か言いたいことがある。だがなかなか言い出せない、そんな様子だった。

 唇を噛み締め下を向き、辛そうな様子についシェピアのほうから切り出した。


「……何?」

 シェピアに促されナユツァは目線を合わせる。二人は初めて見つめ合った。

「このまま真っ直ぐ行った部屋にツェスカがいるわ。……でも、その前に言っておきたい事があるの」


 ナユツァは視線を逸らさずシェピアを見つめたままはっきりと宣言した。

「私はツェスカを愛しているわ」

「! お兄さんでしょう?! 」シェピアのその問いには答えず、ナユツァは話し続ける。


「私のお腹の中にはツェスカの子供がいるの」

 シェピアは眼も口も面一杯開け絶句。

「私から抱いて欲しいってお願いしたわ。ツェスカはあなたの事ばかり……。どんなに私が愛しても、尽くしても、私を見てはくれない」


「そんな……私のこと知らないのに」

「私も狂ってる。風の王を囮に使うよう提案したのは私よ」


「そんな! なんで」

「だって、少しでもツェスカの役に立ちたかった。少しでもツェスカに気に入られて、少しでも私のほうを見て欲しかった……。でも結果として、あなたは一人で来てしまった」ナユツァはそう言うと、頬に涙が流れた。


「私馬鹿ね……。あなたが憎くて、顔を姿を見たら殺してしまおうって思ってたの。ツェスカに気づかれる前に」そんな物騒な事を言われついシェピアは構える。

 そんなシェピアを見てナユツァは泣きながら笑った。


「でも、出来なかった。……どうしてかしら? ただ憎かったはずなのに」そう言うと、嗚咽が漏れ出した。

 両手で顔を覆い涙を拭く。だが拭いても拭いても後からとめどなく涙は溢れてきている。


 シェピアはつい彼女を抱きしめていた。

「ごめんなさいシェピア。ツェスカは本当にあなたの事を愛してる。でもそれはやっぱり間違ったものだわ……」ナユツァの言っている意味は分からなかったが、シェピアはうなずく。

 ナユツァが泣きながら言う言葉にただただ頷き、抱きしめ背中をさすり続けた。


「こんなお願い私が言うのもどうかしてる。でも、でもお願い……」

「わかってる。大丈夫よ。私は違う人の事が好き……愛しているもの」唇を噛み締めながらシェピアはナユツァの悲痛な願いを聞いていた。



 ◆ ◆ ◆



「こっちへいらっしゃい。シェピア」ツェスカにそう手招きされたがシェピアは動けなかった。

 ナユツァと廊下で別れ一人部屋に入ると、玉座と思われる椅子に一人の男が座っていた。


 ナユツァのことを思いながら近づくと、男は自分の事を闇の部族が王ツェスカと名乗った。

「怖がる必要なないよね? シェピア」そう言われてもシェピアは男の顔を凝視したまま動けないでいた。


 息を吸うのも忘れ瞬きも出来ない。

「……そんな……」どうにか出た言葉はそれで、それ以上も出てこなかった。


「まったく。俺から迎えに行かないとダメかな?」そう言ってツェスカと言う男は玉座を降り近づいてくる。

 姿が近づくにつれシェピアは腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。


 男はシェピアの目の前まで来るとしゃがみ、顔を覗き込んで来た。

「俺の名前を言ってごらん?」見つめあい男に言われるがまま、シェピアは口を開いた。


「……シェリオ兄さん……」

「当たり」男は満面の笑みを浮かべると急にシェピアを抱き上げる。


「ちょっと太ったかい?」そんな軽口も、今のシェピアの耳には入らない。

「会いたかったよ、シェピア」私も会いたかった、そう口に出しかけて思いとどまる。

 その代わりに出た言葉は疑問だった。


「……なんで……?」

「そうだね、何処から話せばいいかな?」


「なんで……?」言いながらシェピアの瞳に涙が浮かんできた。

 混乱していた。シェピアの頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 いろいろな事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。


 すると自然と涙がこぼれてくる。

 そして駄々をこねる子供のように、「なんで」だけを繰り返し口に出している。


「シェピア、シェピア。ごめんよ。落ち着いて」兄のはずの男はシェピアをきつく抱きしめると、溢れ零れ落ちるシェピアの涙筋に唇を這わせた。

 涙が下に落ちてしまう事が惜しいかのように、そして愛しそうに涙の流れる頬、瞳、全てをついばむ。


 その行為にシェピアは我に返った。そして兄の唇から逃れるため顔を背けた。

 無意識に体も堅くなる。


 そんなシェピアを受け男は抱きしめていた力を緩めシェピアを立たせた。

「本当に、シェリオ兄さんが闇の部族の王ツェスカ?」エスコートされるがままシェピアは椅子に座り、冷静になってきた頭の中で一番の疑問をぶつけた。


「そうだよ」シェピアの心の葛藤をわかっているだろうに、それでも男はあっさりと肯定した。

 シェピアは自分の体中が震えているのを感じた。力が抜けていきそうだったがナユツァの言っていた事を思い出した。


 きつく唇を噛み、大好きだった兄を睨みつける。

 シェリオはその真っ直ぐな視線を受けたが、すぐに逸らした。


 そしてまったく別の事を話し出した。

「本当の昔話をしてあげるよ」そう言うと、シェリオはシェピアをそこに座らせたまま、自分は玉座に座った。



 ◆ ◆ ◆



 本当の皇族はとても仲睦まじい家族だった。

 姉妹みんな仲良く、弟を可愛がり、父とも険悪になどなっていなかった。


 だが四人の皇女達それぞれが子供を授かった時から何かが壊れ始めた。

 四人全員が同じ時期、同じような容姿の男の子を出産した。


 四人の皇女達の色素をそれぞれ受け継いで入るもののその色は濃かった。

 四人の赤ん坊は黒かった。深い黒青・黒赤・黒緑・黒紫。矛盾しているものの、そう形容するほか無く、父皇は不審に思った。


 四人の皇女誰一人として父親の名を明かさないし、似通った容姿に色を持った子供。

 そう父親は四人の皇女の弟だった。


 それが判明すると皇子は猫かぶりをやめ狂いだした。

 父と母がいけない。私のようなものを産み育てたからいけないのだ! と。


 皆に愛させ何も知らず温室で育つ四人の姉が憎くまた愛しい。

 皇子は自身の中に巣食う狂気を抑える事が出来ず、愛しくて憎い姉達を力ずくで奪ったのだ。


 その狂気の大元は出生の秘密にあった。

 彼女らの母は弟の出産時に死んだのではなく皇が連れてきた赤子の出生の秘密を知り、自害したのだ。


 たった一人の皇子、彼は不義の子供だった。

 皇が不倫の末産まれた子供。それだけでも問題となるものだがもっと重要な事が隠されていた。


 そう、その相手。皇子の実の母親。

 それはこの島の守護神、愛と真実の女神アルテル・デーだった。


 神と人間の間の子供。愛と真実の女神と言う二つ名を持ちながら、不倫をしその結果産まれた子供。

 自分が許されない人間だと思い込むには十分な要素だった。


 そして皇子は狂って行った。

 人間とは比べ物にならない女神の力を受け継ぎ心も体も壊れていく。


 自分の事を何も知らず、知らないからこそ純粋に自分を弟として愛してくれる姉達が愛しい。でも何も知らずのうのうと暮らしている姉達が憎くもある。

 皇は嘆いた。なぜこのような事になってしまったのだろうか?


 女神と愛し合ってしまったが故、妻は裏切りと秘密の重大さに耐え切れず自殺してしまった。

 産まれて来た皇子もその事実に耐えられず発狂し、大切な娘たちまでもが被害を受けてしまった。


 愛と真実の女神も皇子を出産すると赤子を置いて姿をくらましてしまっていた。

 皇は都が見渡せる高台に一人たたずみ叫んだ。愛した女神の名を。


 この島の守護神であり自らの行いから逃げ出した愛と真実の女神の名を……。

 事の運びを、全てを認知していたのだろう。女神は呼ばれるがまま現われ修羅場と化した。


 神と皇との戦いではなく、ただの女と男の醜い言い争い。お互いに責め合い、愛し合ったことさえ忘れ、罪をなすりつけ罵倒する。

 そして女神は怒りと、自らの立場を失う事の恐怖からこの島の全てを抹消しようとした。


 その結果中途半端な力が働きこの島は女神の結界に覆われ、閉鎖された砂だらけの島になってしまった。

 四人の皇女は父と弟の側にいる事が耐えられなくなり城を発った。

 皇も自らの責に押しつぶされ、自害した。そして狂った皇子だけが一人城に残った。



 ◆ ◆ ◆



「つまり俺達は女神と皇の間に出来た子供と腹違いの姉の間に出来た子供の子孫となるわけだ」

「そんな話信じられない」シェピアは正直な感想を述べた。


 驚愕とか落胆とかそんな感情は生まれてこなかった。

 ただ嘘だ! としか思えなかった。


「第一そんな話どうして兄さんが知っているの?」

「それは……説明する必要が無いな」そう言ってシェリオは言葉を濁した。

 より一層シェピアの不信感が募る。だがシェリオは違う事を言った。


「皇子の呪いなのか、人外の力なのか……狂っているのは五部族の皇子達なんだよ。皇女達は何も呪われてなどいない」

「そんな! だったらなんで私たちの色はおかしいの?」シェピアは先の質問に食い下がるつもりでいたが、自分たちの事を言われつい反応してしまった。


「……これは俺の憶測だが、女神が関与していると思うな。少しの愛情? ……そんなわけは無いか……とにかく、皇子達の狂気から逃すためだろう」

「……逃すって」


「言ったろ? 狂っているのは皇子さ。大昔の皇子と同じように血を分けた姉妹を愛し、憎み、大切にし……壊す!」そう語った兄の瞳には、確かに狂気の色を感じずにはいられなかった。

「……シェリオ兄さん……」シェピアは急に目の前の男がシェリオではなく、ツェスカと言うまったく知らない人間に思えた。


 シェピアの全身を恐怖が支配する。

 そんなシェピアを悟ってか、シェリオは目の力を緩め優しい声で言った。

「今日は疲れただろう? 時間はたくさんある。お伽噺はまた明日してあげるから、今日はもう寝なさい」そう言われ、シェピアはここへ来た目的をやっと思い出した。


「……父様はどこ?」

「あの男か。心配しないでも元気だよ。会いたいかい?」


「もちろんよ!」

「なら今日は一緒の部屋で過ごすがいいよ。部屋に案内させよう」シェリオはそう言うと二人の男を呼び寄せ耳打ちする。

 その黒ずくめの男たちは、シェリオに深く頭を垂れるとシェピアを促し先導した。


 シェピアはまだ色々と聞きたい事があったが素直にその場から離れた。

 シェリオの言う通り確かに疲れていた。色々な事がありすぎて頭が付いて行けていなかった。


 そして正直あの場所にいるのが辛かった。何も聞かず何も見なければよかった。こんな事実知らなければ良かった。

 誰か助けて欲しい。そう思わずにはいられなかった。


 体を、心を締め付ける恐怖、嫌悪……そう言った全ての負の感情から守って欲しかった。

 全てを忘れさせてくれるように抱きしめて欲しかった。


 誰かではなく、たった一人の相手に……。

 シェピアは自ら体を強く抱きしめ、知らず呟いていた。

「デュオ……」と……。

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