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シルフォン  作者: 尾花となみ
本編Ⅰ 砂漠の皇女
10/29

10.緑の民

「あの方を……お助けください……」

 案内してくれた男がデュオに最後にささやいた言葉だ。耳について離れない。


 あの方とは誰の事か?

 緑の民に嫁に来た水の皇女の事か。それともこれから会う緑の民の皇子の事か。


 この集落は他の所に比べてずいぶんと閉鎖的な雰囲気がする。

 水の集落へ行った時はデュオ達二人を珍しそうに見ている人たちがいた。

 だがここではデュオが到着して天幕に案内されているまでの間、誰一人として会うことがなかった。


 誰もいないわけではない。

 それぞれの天幕の中息を潜め固まっている人の気配はする。

 だが誰一人として外を様子見ようとする人間はいない。


 デュオはエシャロットの事を思い出した。

 彼女はずっと手枷足枷をつけられ幽閉されていたと言っていた。

 確かにこの集落ならありえることかも知れない。そう思ってしまう独特な雰囲気が集落全体には立ち込めていた。


 ならば男が助けて欲しいと言う相手は皇女のほうか……。

 案内された天幕内でデュオが一人考えているとそこへ一人の男が入ってきた。


 真っ黒い衣装に身を包んだ茶色い髪、深い緑色の瞳を持った男だった。

 入って来たのに何も言わずその男はデュオを見つめている。


「…………」デュオも何も言えず重苦しい空気が流れる。

「あなたが外から来たお方……」その男は震える声でそう言うと急に泣き崩れてしまった。

 成人した大の大人が、声も抑えず泣き叫んでいる。


 許しを請うように頭を床に押し付けデュオの足にしがみ付かんばかりだ。

 デュオは何も言えずだからと言って慰めたりもせず、自分の足元に崩れ落ち泣き叫ぶ男をじっと見つめていた。


 冷静に観察する。

 この男が緑の民の皇子だと言う事は確かだろう。

 だがなぜこのような格好をしているのか……。


 緑の民の人間ならば、必ず緑色の服を着ているはずだ。しかもそれが皇子となれば尚更だ。

 だが男は真っ黒い衣装に身を包んでいる。

 そしてデュオを見るなり泣き出してしまった理由が分からない。


 デュオは自分が出来る限りの分析を試みたが疑問は解消されなかった。

 そして次第にイライラが募る。自分に会いたいと言って呼び寄せたくせに何も話さず泣く男。


 シェピアと離れ悶々としていた心により一層苛立ちが浮かぶ。

 とても優しく慰める気になどならなかった。


 それどころか胸元を掴んでやりたいぐらいだ。

 そんなデュオの不穏な空気を感じたのか、しばらく泣き続けていた男はデュオを見上げ口を開いた。


「……申し訳ございません。あなたの、あまりの神々しさに我を忘れてしまいました……」涙を拭い立ち上がると深々と頭を下げる。


「……あんたが緑の民の皇子?」口調がつい強くなる。

「はい。紹介が遅れました。緑が皇アランの第一子皇子アクセラと申します」デュオの刺々しさに気づいているだろうに、それでもそう自己紹介するとまた深々と慇懃にお辞儀をする。


 立ち振る舞いも言葉遣いも丁寧で、礼儀もなっているのだがその雰囲気はエリスとまったく違う。

 エリスの優しい柔らかいものとは違い、アクセラは硬くきつい物言いだ。


 その態度がまた癪に障った。正直八つ当たりに近かったがデュオは気にしなかった。

「……なんであんたそんな服着てるんだ? 皇子だろう?」デュオは自分のことは何も言わず、デリケートであろう疑問をすぐぶつけた。


 口調がかなり嫌味になったがやはりデュオは気にしなかった。

「…………」さすがに嫌味な口調と、いきなり聞かれると思っていなかった質問をされアクセラは言葉に詰まった。

 だがすぐに意を決したのか、眼をつぶり答える。


「……喪服、です。妻が…亡くなりました」そう言ってからまた激情が溢れてきたのか、両膝を着き顔を両手で覆う。

「……妻って……」なんだか弱いもの苛めをしている気分になったのか、デュオは再び泣き出しそうなアクセラの肩に手を置き落ち着かせる。


 さすがに聞き捨てならない話のようだ。詳しく聞きたかった。

「全て、お話します」アクセラは膝をついたまま唇をかみ締め、デュオの顔を見て語りだした。



 ◆ ◆ ◆



 水の集落へ行かれたのでしたら、皇女がすでに交換されたのはご存知ですね。

 私はエシャロットの兄です。

 あまりに緑の民とはかけ離れた容姿。それを恥と感じていた父と母はエシャロットを幼い時から幽閉しました。


 その美しさ……外見だけでなく、心根の素直さは幽閉され続けても何一つ変わらなかった。

 ただ一人の妹。不憫に思い父も母も訪れない天幕に私は通い、世話をしました。


 でもエシャロットは外の世界に憧れていた。

 私がどんなに諭しても解ってはくれなかった。


 ずっと、ずっと私が世話をし、慈しんできたエシャロット。

 それなのに嫁に行く日エシャロットは今まで見た事もない様な笑顔で自由になれると喜んでいた……。

 許せなかった。私の元から離れる事を喜ぶエシャロット。 


 そして代わりに妻となったカイルはエシャロットとかけ離れた容姿にとても勝気な性格でした。

 許せなかった。カイルと過ごして行けば行くほどエシャロットの事を考え、会いたくて……でも、憎くも思えて。


 許せなかった。許せなくてカイルにあたりました。

 カイルは頑固で強気な性格だったので、私の前で泣いたり叫んだりするような事はありませんでした。

 でも、限界だったのでしょう。


 緑の民の中でまともに話してくれる相手は誰もいませんでした。

 そしてその唯一の相手だった私からもひどい事を言われ……ひどい事をされる……。


 内に溜め込んだまま彼女は自害しました。

 その時私は初めて気づきました。

 私はカイルの事を愛しく思っていたと言う事に。


 でもそれ以上にエシャロットの事を一人の女性として愛していたのです。いや、今も愛しています。

 狂っているのは私です。呪われているのは私です。


 エシャロットの事を愛し、憎み……そしてカイルの事も愛して憎んだ。

 エシャロットもカイルも何も悪くはない。色が違うからと言って疎まれ隔離されるなんて間違っている。

 本当に幽閉しなくてはいけないのは私達皇子のほうなのです。



 ◆ ◆ ◆



 語りながら耐えられず泣き叫ぶアクセラにデュオは何も言えなかった。

 妹を愛している? 呪われているのは皇子達?


 皇子達と言う以上他の皇子も同じように妹に想いを寄せているのか……。

 確かに今思えばマヴラァスのクラウディアに対する執着は普通ではなかった。


 エリスがカイルの事を語ったとき感じた違和感は気のせいではなかった?

 そしてアクセラはエシャロットを愛している。


 闇は……どうなのだろうか?

 闇の皇子はなぜシェピアを望んだのだろうか?


 風の民の王が握られていた弱みとは一体なんだったのか。

 嫌な考えが頭を支配しだした。


 そして今更になってシェピアが心配で堪らなくなってきた。

 シェピアは今何処にいるのだろうか。何をしているのだろうか。そして、どんな気持ちでいるのだろうか。


 デュオは素直な気持ちでシェピアの側にいたい、そう思った。

 自分の元から何も言わずいなくなってしまったシェピアに対する苛立ちや裏切られたと思う気持ち。

 デュオ自身の気持ちを優先した後悔、罪の意識。


 そんな様々な思いがデュオの中から薄れ、ただ純粋にシェピアに逢いたかった。

 シェピアが心配で、愛しくて、この手に抱きしめたかった。


「私は愛すべき二人を失いました。自分の愚かさゆえに……。エシャロットを妹と思うなら、カイルを大切にするべきでした。エシャロットへの想いを突き通すなら、何と言われても嫁がせぬべきでした。結局どちらの意思も押し通せず、中途半端な私のせいでカイルは死んだのです」

「…………」


「あなたが現れ、シェピア皇女をさらって行ったと聞いたとき、目が覚める思いでした。エシャロットを心から愛しているなら私だって連れ去り逃げればよかった。でも私には出来なかった。そしてそれはやはり許される行為ではない。だからあなた方には逃げて頂きたかった。何処までも何処までも逃げて幸せになってもらいたい、そう思ったのです」

「…………」


『今からでも遅くはない』ずっと傍聴していた剣が声を響かせた。

 剣の声が心にも沁みこんで来る。遅くない、そう言われデュオの心は固く決まった。


「アクセラさん。話してくれてありがとう。俺、行くよ。闇の部族の集落へ」デュオがそう言うと、アクセラは顔を上げ初めて笑った。

「私の勝手な自己満足です。でも、ありがとうございます。皇女を呪われた血から解放してあげてください」今にも泣きそうな切ない笑顔で優しくそう言った。

 その言葉を受けてデュオは力強くうなずき、笑顔で緑の集落を後にした。


 デュオが立ち去ったのを確認したのか、案内してくれた男が天幕の中へ入ってきた。

「アクセラ様……」

「すっきりしたよ。ありがとうセリ。だが私は喪服を着続ける。それが、私の罪……」入ってきたセリの方を見ずにアクセラはそう言った。


「はい……ですが、私もお付き合いさせてください。カイル様をお助けできなかったのですから……」セリは膝をつき頭を垂れたまま言う。

「そうか……。セリ、お前にはこれからも迷惑かけるな…」アクセラは振り返りセリの顔を見て、また笑顔を浮かべた。


「何をおっしゃいますか! 私はあなた様の忠実なる僕ですから!」慌ててセリがそう言うとアクセラは初めて声を出して笑った。

 一緒にセリも声を出して笑った。

 だが、その二人の瞳には涙が浮かんでいた。

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