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瀬戸内マリンドラゴン  作者: 井田雷左
序部 マリンドラゴン現る
2/3

第1話 過激派の殺し方教えます Act.1 炎の剣 2



     2



炎の剣はある瞬間、消えた。

では照井遼斗はどうしたのか?

単純に勤め先の湾岸工事のプレハブ控室に急いだ、それだけ。

ひとや化け物の姿だったら、また違った行動に出たかもしれないが、蜃気楼やオーロラ、あるいはそれらの変化球だった、と遼斗は思うことにした。

確かにスゴいものを見てしまったのだが、アレは呪いとかこの世に未練とかの霊的なものでなく、宇宙人や秘密結社等のオカルト的なものでもないのは、彼もどこかで気づいた。

それに、遼斗は同級生の女の子を妊娠させてしまい、肉体労働に従事している少年、それを学校の仲間にも唯一の肉親である母親にも云えない高校生男子、あれくらいの超常現象を見たからといってなんかが改善されるワケでも変化もないことを知っている。

―秩父、に秩父のじいちゃん・ばあちゃんを頼る、か。

いや、それはその祖父母と敵対していた母親を裏切ることになるし、この約10年間以上、訪れることもなかったので、自分への感情も大したことなかったのかもしれない、とこの問題が起こってから、そういう堂々巡りを遼斗はしていた。

―いくら持っていれば、お金が間に合うか判らない。出産費用に新居の敷金返金、当座の生活費、80万円は欲しいところだ。

直ぐにでも別天地でくみ子と生活すべきだった。彼女は未だ母子手帳すら持っていない。

―今月の給料が来月入って、貯金が増えてから、母さんに言う、イヤだな、怒られるの。

そんな人生の崖っぷちを青春時代に体験している遼斗としては、音を立てる炎の火柱ごとき、なんでもなかったのだ。

「へぇー、炎の剣!?それは蜃気楼やオーロラではなく、海からの間欠泉か鯨の潮吹きが光に乱反射して炎に見えさせていたんじゃないかな」

唯一遼斗はくみ子には云った。

深夜の散歩中。日中はお腹が目立ち始めたくみ子を外に出せない。

二人は手を繋いでいる。

「でも『リラリラリラリラ』って、音するもんかね」

「何かが石とかが抵触してそんな音を立てたのかも」

くみ子は興味深そうに答える。

―笑うんだよな。

遼斗の印象として、くみ子は無表情で授業を受け、無表情で不味そうに購買部のパンを食べているイメージしかなかったのだが、遼斗いる時によく笑った。

「それはね、不機嫌な母親だけとしか生きていなくて、その母親にさえ捨てられて、死にたくなっていた時に遼ちゃんとそういうことになって、今お腹に生きる意味ができたからだよ」

10代の女子高生が妊娠したのに、くみ子はその境遇から今の状況に喜びを見出していた。

「この子が小学校に上がるまでいてくれればいいから、その後はその時に考えよう。それでも私たちは未だ20代半ばだよ。それまではお願いね」

くみ子はお腹を撫でながら云った。

死にたくなったというくらいだから、まったくないワケではないだろうけど、くみ子からは悲壮感を遼斗は感じなかった。

―おそらく母親になれることからの克己心と万能感がくみ子をそうしたのだろう。

遼斗はそんな自分のカノジョを好ましく思い、頼りにさえしていた。

だから、これからの行く末に悩んでも、湾岸工事に従事しても、がんばれた。

―母さんは大学に行ってくれと言っていたが、案外これこそ一人前の男になれる道なのかもしれない。

この二人はこの二人なりに未来や希望を抱いていた。

時刻は22時。

ひと気はない。

だが、二人は千丈川のたもとで出会ってしまった。

―確か、若菜のお母さんの妹さんがここいらに住んでいると聴いたことがあったな。

「遼斗くん、まさかまさにその場面に出会うとはね。驚き、すっごく驚いている」

つかつかと若菜は遼斗に歩み寄る。

そして近距離でいきなりダッシュを駆け、遼斗に体当たりする。

身長175の遼斗だが、その意外な行動に戸惑ったこともあったたろう、身長155の若菜のタックルによろけた。

すかさず、若菜は遼斗の向こうづねを蹴り、地面に倒れさす。

そして若菜は思いっきり右足で遼斗の腹を踏む。

若菜は体術の心得があるのは祖父が古武術の使い手であるからだ。

「アンタねぇ!乗り換えるのは仕方ないけどさ!よりにもよって、孕ませるとはどういう了見だ!くみ子に学校辞めさせて、堕胎費用も出せないからするずると夜のデートでごまかして、そんな卑劣なヤツだと思わなかったよ!」

若菜の右足は更に重くなる。

「若菜ちゃん、やめて、やめて。お願いだから、やめて」

くみ子は若菜の右手を包みながら。

「あのさ、お母さんいなくなったって本当なの?」

そう、町内の数名は気づいていた。

「ええ、本当。だから、独りぼっちになったから、あなたから、室井くんを奪った。ワザとやったんだよ。ワザと」

このくみ子の言葉に地面に今は若菜の足を払いのけて座り込んでいる遼斗はショックを受けた。

―いや、くみ子のことを悪く言えない。明らかにおれ自身もくみ子の部屋とそこですることが大好きになっていったから。

「くみ子、あんたの横面はたきたいけど、赤ちゃんがお腹にいるコにそんなことしないよ。むしろ、許せないのはこの男だ!」

対し、遼斗は早口で湾岸工事のアルバイトをしていることと来月にはこの町を出ていくことを説明した。

「そっか、そこまでの覚悟あるか。確かに遼斗くんならばそういうことを決断するよね」

「いや、若菜を裏切った事実は変わらない。それは謝罪しかない」

「謝罪?謝られると許さなきゃならなくなるんですけど!いいよ、私ももう次のカレシいるし、そのひととアンタたちみたいに来年はこの町出ていく話しているし」

―本当かな。若菜、優しいウソじゃないか。

「出ていくときにはひと声かけてよ。わたしの元カレと元チームメイトなんだし」

その若菜の言をくみ子に説明を求めると「中学の時に同じ水泳部だった」と答えた。

そういえば、若菜はくみ子に話しかけるところを外のクラスメートよりは多くみていた。


結局、狭い町だ。

若菜に昨夜会った時に気づいた。

―若菜とはキスから先に進めない状態が何か月も続いた。そこに、今から考えると誰も相手にしてくれない絶望状況のくみ子とは会って間を置かずそうなった。そういうものなのだが、男女は。

当事者としていささか偽善めいた感想を思ったが、そういうズルさすら受け入れるべきと遼斗は思った。

港から帰る時に、やはり狭い町だなと遼斗は思うことになる。

「照井じゃないか!どうした?手も顔も汚して」

クラスメートの妊娠した女子と駆け落ちするため肉体労働です、と担任教師には云い辛いので、「母一人子一人ですんで、少しでも親孝行を」と教師・五島努に答えた。

40代だが10歳は若く見える。太陽が照りつける中なので色白の肌が目立つ。

今年度から遼斗たちが通う高校に歴史の先生として赴任してきた。

「関心、関心!」と五島先生は答え、フェリーで大島を散策してきた、と云った。

北海道の出身のため、ここいらの景観や地形が珍しいと休みの日は周囲の島々を回るのが趣味だと云っていた。

そして考古学や民俗学も好きなので史跡を調べているという。

笑顔を絶やさぬ教師なので、生徒や保護者に人気が高く、遼斗も好きな先生だ。

「照井、所瀬と付き合いあったか」

大島の感想を語っていたと思ったら、急に五島が切り込んできた。

くみ子は所瀬くみ子である。

「いえ、そんなには」

実際、くみ子の部屋に入り浸るようになってから、くみ子とは学校で挨拶すら交わさなくなっていた。

「2学期が始まったら、家庭支援センターと連動して、お宅にうかがう予定だ。どうも一人で暮らしているらしい」

「え、冬月から聴いたんですか?」

冬月は若菜だ。

「冬月と所瀬って接点あまりないだろう、なんでそう思った?」

教師に昨夜の愁嘆場なんて言えるハズもなく、「なんとなく」だけ遼斗は答えた。

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