第2話 その船貰っていい?
銀河歴162年。
赤毛猫海賊団が銀河を席巻する、ちょうど5年前のことだ。
ニャニャーン神聖帝国領、海洋惑星クラーニャ。その豊かな水と狭い陸地に、大都市がひしめく裕福な星で、後に伝説となる三人の少女は、まだくすぶっていた。
ニャニャーン神聖帝国は貴族によって治められる国家であり、何にしても貴族が優遇される差別社会であった。平民が裕福になるためには商人や研究者といった専門職に就く必要があり、それ以外は下級市民扱いをされて鉱山や農村、あるいは一般兵士として貴族の支配下におかれるのが常であった。
カタリナ姉妹は準男爵家に生まれた貴族だ。だが準男爵はその最も最下層の低位貴族であり貴族としての優遇はほとんど受けることはできていなかった。
彼女の本当の名前はカタリナ・コルヴァ・ニャーニス。
彼女たちの家系、コルヴァ・ニャーニス準男爵家は没落寸前で、わずかに残された財産は、優秀な執事コタ・シャルロットただ一人という有様だった。この国では、カタリナ姉妹のように最下層の低位貴族は、平民と大差ない扱いを受けるのが常だ。
だが、彼女たちの才能は、その境遇とは比べ物にならないほど突出していた。カタリナはレーザーブレードの二刀流で舞うように戦う天才的な剣士で、かつては危険生物の巣を一人で掃討した伝説も持っていた。
また、この才能に隠れてはいるが、妹のサクラモカの軍才は、銀河帝国の最中央でも通用するほどの実力があった。かつて士官学校の入学試験で戦術シミュレーションの史上最高得点を叩き出しながら、彼女は不合格となった。
理由は、裏で糸を引いた伯爵家の息子。噂だけが先行した凡庸な人物は、自身の将来設計に「主席合格」、そして「主席卒業」という箔が必要だった。
将来的にもその邪魔な存在として、サクラモカは密かに除外されたのだ。
彼女達はもし中央に出れば、その才は国家級と言ってもよかったが、実際に日の目を見ることはなかった。
コタにはミネという一人娘がおり、カタリナ、サクラモカ、ミネの三人は年齢も近く、いつも一緒に放蕩生活を送り、その類稀なる才能を日々無駄にしていた。
クラーニャの活気あふれる大通り。
カタリナとサクラモカ、ミネの3人が、特に目的もなく街をぶらついていた。
そんな中、前方から歩いてきた、傲慢そうな商人の男が、カタリナの肩にぶつかった。
男はカタリナを横目で見て、露骨に嫌な顔をした。
「おいおい、気を付けろよ。そこらの野良猫が、俺様にぶつかるんじゃねぇ。
お前ら貧乏貴族は道の端を歩け!」
男は、カタリナの服装を見て、あからさまに見下した態度をとった。
カタリナの顔から、一瞬にして表情が消える。
「……今、なんて言ったかしら?」
カタリナが冷たい声で問いかけると、サクラモカが慌てて割って入った。
いつものようにカタリナがブチ切れて、無用なトラブルになるのを防ごうとした。
「おねえちゃん、ストップ!こんなところでケンカはやめよう!」
サクラモカに腕を掴まれ、カタリナは渋々引き下がった。
男は「ざまあみろ」とでも言いたげに、不敵な笑みを浮かべて去っていった。
しかし、その男の背中が見えなくなった途端、カタリナはにっこりと笑い、手に握りしめていた男の財布をひらひらと振りまわす。
「ふふん。まぁ、これで勘弁してあげるわ。」
「え、お姉ちゃん!財布盗んだの!?」
サクラモカが非難するように声を上げると、カタリナは得意げに鼻を鳴らす。
「何言ってるの?これは慰謝料よ」
「は?慰謝料って、何のだよ!」
「ぶつかった時、あいつの鼻くそが私の肩についたのよ。この高貴な服に、汚い鼻くそなんてあり得ないわ。その慰謝料としては当然でしょ?」
「肩同士がぶつかって鼻くそつくわけないじゃん!」
サクラモカのツッコミも虚しく、カタリナは意に介さない。
ミネは冷静に、そして事務的に追加した。
「鼻くそはみえませんが、鼻毛がついてますね。」
「え!?取って!取って!」
ミネが淡々と返す。
「嫌です。鼻くそが付いたかもしれない服なんて触りたくないです。」
「ぎゃぁーー、鼻くそついてないから鼻毛取ってー!」
サクラモカが呆れて言った。
「鼻毛が付くわけないでしょうに…。」
ミネの冷静なツッコミで落ち着いて周りを見回すと、通りすがりの人々が奇異な目で見ていた。無理もない。美少女3人が鼻毛やら鼻くそを大声で叫びながら騒いでいたのだから。
「え…コホン!どうでもいいから行くよ、二人とも!私がそう言ったら、これは慰謝料なの!さっさと美味しいものでも食べましょ!」
カタリナが歩き出して財布の中身を確認する。
財布を開けると、大金と一緒に、見慣れない電子カードが入っていた。
「これ何?」
「見せて。えっと・・番号が書いてあるね。説明あるじゃん、ちゃんと読もうよ。」
「うん、で、何?」
「宇宙港の番号だね。ちょっと待ってね。ホログラフスイッチがあった。」
スイッチを押すとホログラフでコルベット級高速戦闘艦が映し出される。
「商船っぽくないですね。」
「うん、完全な軍船だね。これ海賊船っぽい。」
カタリナは目を輝かせる。
「慰謝料だし、この船、私のものにしていいってことよね?
それにほら、悪人から盗んでも無罪って法律あったじゃん。」
サクラモカは「そんなわけないでしょ!」と反論するが、カタリナはすでにその気満々だった。
そこで、3人は執事のコタ・シャルロットに相談を持ちかけた。
最初の内は「何を馬鹿なことを……」と言った顔で反対していたコタだったが遂に折れた。
「はぁ……お嬢様はこうなると絶対に折れませんからね……私は見て見ぬふりをします。
旦那様のことは私にお任せください。お嬢様のお世話はミネ、お前に任せたぞ。」
「ちょっと、お父さん!何でそんな軽いの!その船、海賊のよ!盗みよ!?」
「悪者から盗んでも罪にならないという法律があったはずだから大丈夫だよ。
名義は私が奇麗に書き換えておくよ。」
ぱぁっと明るい顔になってコタの背中をバンバン叩くカタリナとは裏腹にミネの顔はどんより曇っていた。
「カタリナ様の性格はお前のせいかよ……」
娘の不審顔を無視してコタが真面目な顔で語り掛ける。
「この船を我がコルヴァ・ニャーニス家の再興の足掛かりにするしかありません。カタリナ様、どうかご武運を。」
満足気にうなずくカタリナを見て、姉に甘いサクラモカも腹をくくった。
「でも、いいんじゃない?私達失うものなんてないんだし。私とミネがいれば、物流の商売でもそれなりに儲けをだせるでしょ。一山当てるつもりで商売やってみようっか!」
「ん?」
カタリナが分かりやすく怪訝な顔をした。
「んん?」
それにつられてモカ、ミネ、コタは同時に不思議な顔をした。
「軍艦だよ?商売?海賊でしょぉ。やるなら!」
「ええぇ?!」
顔を見合わせた三人が同時に叫んだ。
「だーいじょうぶ、大丈夫!悪い奴らからしか盗らないから、法は犯さないよ。」
「……。おねえちゃん。コタの冗談を本気にしてない??盗みは盗みよ?」
カタリナはそれを無視して自室からレーザーブレードを2本持ち出してきた。
そして銃をサクラモカとミネにも渡す。
「よし、やろうか!」
「ピクニックに行くみたいに言わないでよ。」
「あ……忘れてた。これこれ!」
カタリナはマイペースに動き回って、何か手に持って戻ってきた。
「……何これ?」
「眼帯。」
「いや、見てわかるって。そういう意味じゃなくて!」
「え?海賊って言ったら眼帯でしょ?」
「はあ?」
「大丈夫。顔を洗ったり、お風呂に入るときはちゃんと外すから。」
「はああああ!?」
カタリナは二人の困惑を無視して、颯爽と歩き出した。
「もういい、もういい。ミネ、準備して。行くよ。」
こうして、三人の少女は、コルベット級高速戦艦を「もらう」ために、宇宙港へと向かった。
彼女たちの「野望」への第一歩が、思わぬ形で、そして想像もしなかった方向へと舵を切った瞬間だった。
第一章開幕です。
これから大海賊団の原点を描きます。コメディ、ちゃんと面白く描けてますかね?
こっちはスピンオフのサブの方なので更新周期は早くできませんが、最後までよろしくお願いします。