第1話 赤毛猫海賊団っ!
「赤毛猫海賊団!お前達は既に包囲されている。大人しく投降せよ!」
宇宙の闇に響く声は、約30隻からなる第21海賊哨戒艦隊の提督のものだった。数えきれないほどの砲門が、星系境界に追い込まれた3隻の海賊船を完璧に取り囲んでいる。
「おねーちゃん、囲まれてるけどどうする?」
赤毛猫海賊団副団長No2のサクラモカが、余裕げに団長である姉のカタリナに向けて問いかけた。猫耳がぴくりと動く。ニャーン種族である彼女たちは、外見こそ地球人とほぼ同じだが、この愛らしい猫耳だけが違いだった。それに、20代頃には老化が止まるという不老長若種。いつまでも若々しく、活力にあふれている。
これまた余裕げに化粧直ししながらカタリナが呟く。
「そりゃ、ねえ?・・宣戦布告して戦うでしょ? あ、でもちょっと待ってもらおう。
提督~、ごめんね、ちょっと待ってね。」
通信のマイクをOFFにした。
「ねえ、モカ? このリップ、ちょっとオレンジが強すぎると思うのよね。」
通信モニターを前に、真剣な表情でパレットを凝視していた。
サクラモカも両手を腰に当てて呆れたようにため息をついている。
「お姉ちゃん、リップはもういいから。 通信中だよ?」
彼女にとって、宣戦布告は単なる戦闘の開始を告げる儀式ではない。
それは、銀河の支配者として、そして銀河一の美を誇る女帝としての、華麗なる舞台の幕開けなのだ。
その美しきステージに、完璧ではない自分を晒すことなど、あってはならない。
「ちょっと待ってモカ、今この角度だと、光が強すぎてファンデのノリが分かりにくいわ。ミネ、そっちの光、あと10%落としてちょうだい。」
カタリナはモニターを見ながら、もう一人の副団長であるミネ・シャルロットに指示を出した。
通信席の片隅で、端末を叩いていたミネは、ぴくりと反応してモニターの輝度を調整する。
「カタリナ様、このままでは相手の艦隊に接近しすぎます。戦闘に入るなら、もう少し距離を取る必要があります」
ミネは淡々と実務的な報告をするが、その目はどこか遠くを見つめている。
彼女の弱点……いや、天敵であるGが、この豪華なブリッジにいないか目を光らせているのだ。
実は先日、この姉妹が平気でブリッジでお菓子を食べこぼすせいで、あの恐るべきGがでたのだ。
彼女にとっては宣戦布告や哨戒艦隊に包囲されているよりも最重要警戒事項だった。
「あら、大丈夫よ。相手も分かってるわ。この銀河で、このカタリナ様が化粧直ししてる間に攻撃なんて、野暮な真似をする提督はいないわ。ね、モカ?」
カタリナが優雅に振り返ると、サクラモカは
「それはそうかもしれないけどさ!」
とさらに声を荒げた。
「あの提督のおっさん、黙ってるけど凄い怖い顔しているよ?」
「あら、イライラさせてこそ、海賊よ。それに、完璧な私を見て、どうせ惚れ直すんだから」
カタリナはそう言い放ち、再び真剣な表情で鏡に映る自分を見つめる。
彼女の指先が、小さなブラシを操り、頬にハイライトを入れた。
「それにしても、このファンデ、やっぱり少し浮いてる気がするのよね。ねぇ、モカ。やっぱりミネラル系のファンデーションのほうがいいのかしら? でも、長時間だとヨレやすいのが難点なのよね…」
「もう、知るか!ってば!」
サクラモカのツッコミがブリッジに響き渡る。
そんな姉妹のやり取りを、ミネは無表情で見つめていた。
彼女は端末を操作しながら、次の戦闘シミュレーションを頭の中で組み立てている。
今日の相手は、対海賊哨戒艦隊。
正規軍の中でも精鋭揃いで、手ごわい相手になるだろう。
しかし、カタリナ様とモカ様がいれば、どんな相手でも……。
「ファンデーションは、やっぱりリキッドにしましょう。うん、この光加減なら、テカらないわ。ねえ、ミネ。リップの色も、このピンクとオレンジの中間色のこれがいいかしら?」
「それは成分的に航海中の乾燥には向きません」
そう返事したミネがふと何かに気付いた。
「団長、提督が口パクしてますよ?」
「あ、ほんとだ。こいつのあだ名、金魚にしよう。」
「おねーちゃん、さっき押したボタンってどれ?」
「これ。」
「だから、それマイクオフじゃなくてスピーカーオフだって!」
………三人が顔を見合わせた。
照れくさそうにスピーカーをオンにもどした。
「あー・・マイクのテスト中。
私は赤毛猫海賊団団長、カタリナ・ヴィナルシュ・フォン・ニャーニス。
やぁ提督!ごきげんよう。
私達を包囲できてご満悦ね!でもね、一つだけ言っておくわ。
いくら私達のことが大好きだからって四六時中追い回すのはストーカー行為と言って犯罪なのよ。
気を付けた方がいいわね………。えっとぉ。ごめんね、どこから聞いてた?」
問いかけられた彼は怒りで真っ赤に染まり、額には青筋が浮かんでいた。
通信は、カタリナが先ほどからずっと繋ぎっぱなしにしていたのだ。
彼女のリップの色選びから、ファンデーションの話、あだ名が金魚のくだりまで、すべてが筒抜けだったのである。提督の怒りは頂点に達していた。
「貴様! 宣戦布告の通信で、何をしている! 我々を愚弄するつもりか!」
「あら、そう怒らないで。提督も、私の美しさに見惚れて、つい時間を忘れてしまったんでしょう? 」
「は、はあ?何を言ってるんだ!私は貴様たちを逮捕しに来たのだ!観念しろ!」
敵提督が号令を発しようとして腕を振り上げた。
カタリナは、少しだけ真面目な顔で、しかし悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お前たちが私を捕まえたいのは分かってる。でも、その前に少しだけ、私の美学に付き合ってもらわないと困るのよ」
完璧な化粧を施した顔で、カタリナは不敵な笑みを浮かべていた。
その途端に星系境界に複数の熱源反応が現れる。
カタリナ達を取り囲む第21海賊哨戒艦隊をさらに取り囲むように100隻を超える艦船が次々とFTLジャンプして現れた。それも戦艦級を多数そろえた、星間国家の主力艦隊とも一戦交えることが出来るような国家戦力級の陣容だった。
通信モニタ上で振り上げた手を震わせながら金魚提督が口をパクパクしている。
「……やっぱり金魚じゃない。
えっと私達は人殺し集団じゃないの。物資を全て放出したならばこのまま立ち去って良いわよ。」
にっこりと笑って宣言する。
第21海賊哨戒艦隊は弾薬、シールドエネルギー、食糧などを最低限残して全て放出し、全速力で星系境界からFTLジャンプして逃げ出した。
「モカぁ・・・金魚、傑作だったね!ミネ、物資の回収を指揮して。」
赤毛猫海賊団、銀河有数の列強、ニャニャーン神聖帝国に巣食う大海賊団。
その名は神聖帝国だけにとどまらず、近隣諸国を含めて知れ渡っている。
これは、銀河で最も恐れられ、そして愛される、彼女たちのドタバタの日常である。
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あとがき
これは私の代表作「ニャニャーン大乱記」のスピンオフ作品です。
あちらがクソ真面目な政治・心理戦・謀略戦ならば、こっちはドタバタコメディです。
大乱記側見てると全く伝わりませんが、ギャグやキュン恋を書くのも好きなんですよ。
ということで・・・ライト層読者はこっちの方が好きかなぁと勝手に思って書き始めます。
実はこの作品のプロット、2~3年くらい前にはできていたんですよ。
人物紹介です
団長:カタリナ・ヴィナルシュ・フォン・ニャーニス
気品と高位と貴族風から考えられたおそらく偽の家名・・。
赤毛猫海賊団を率いるカタリナ・ヴィナルシュ・フォン・ニャーニスは、銀河一美しい自称を掲げ、気まぐれと毒気を纏った女帝として君臨する。
軽口と優雅さを混ぜ合わせた話し方の裏には、星系レベルの強硬さと判断力が潜んでおり、敵に回した瞬間に“洒落にならない”事態を引き起こす。
副団長として軍才を誇る妹サクラモカ、秘書的実務を司るミネ・シャルロットとの連携は絶妙で、艦隊運用も懸賞金交渉もすべて「彼女の気分ひとつ」で宇宙を揺らす。
彼女の通信録は脅迫文と冗談が混ざり合う美学の結晶であり、“略奪が礼儀である”という信念を茶目っ気で包み込む。
赤毛の赤は、熱と欲望と飽きっぽさ。銀河のどこかで笑い、どこかで盗み、そして一部では崇拝されている。その存在は──敵であっても、惚れさせる。
「お前の物は私の物、私の物は私の物。私がやりたいこと邪魔する奴は許さない。
あ……悪者に限る……。」
No2:サクラモカ・ヴィナルシュ・フォン・ニャーニス
赤毛猫海賊団の副団長にして、銀河のデコ髪ツッコミ役・サクラモカ・ヴィナルシュ・フォン・ニャーニスは、見た目こそ幼く華やかだが、軍事的才能は団でも随一。
艦隊運用から戦術設計まで姉カタリナを凌駕する能力を持つ…と本人は言っているが、おねーちゃんラブが爆発しすぎて説得力が消滅することも多々。
姉への尊敬が強すぎて逆に振り回され、懸賞金の似顔絵が気に入らないだけで激怒したり、とにかく感情豊か。
だが一度戦場に立てば冷徹な軍略家に変貌し、サクラモカ艦隊が動いたというだけで敵艦が撤退することすらある。
ツンとした口調の奥には姉への絶対的な忠義と、“おねーちゃんの海賊団を銀河最強にしたい”という真っ直ぐな夢が詰まっている。
デコが揺れれば艦隊が揺れる。彼女が副団長である限り、赤毛猫は迷わず進む。
「あー、私の方がおねーちゃんより人気あるのは内緒だよ、おねーちゃん拗ねるからね。」
No3:ミネ・シャルロット
赤毛猫海賊団、二人目の副団長。
なんでもパシッと決め込む超有能な委員長タイプの秘書的海賊。
冷静になんでもこなす。 記憶力もいいので、とりあえず戦利品の分配から換金、経費の処置、物資の補給、団員へのボーナス、色々やる万能っ子。
だけど、唯一の弱点・・・・・・ゴキブリが死ぬほど嫌い。
会議中でも見かけた途端泡を吹いて気絶するほど。
それでいて、だらしないカタリナ姉妹が食べ物を放置するからアジトには必ずゴキブリが湧く・・・。可哀想な子(笑)
しゅっとした凛々しい美女なのに、Gが見かけたと聞いたら涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃにしながら逃げ回る。
どんなに駆除しても上司がアレなんで、すぐにゴキブリが湧く。
カタリナ達は世話が焼けるのでいつしか海賊衣装をやめてメイド服を制服に・・・・だが一応幹部なので舐められないようにメイドフリルではなくて海賊帽をかぶっている。時々、ちまたにゴキジェットプロとかの殺虫剤を買いに来ているミネさんだが、どこかのメイドさんと思われていて、まさかあの悪名高い赤毛猫のNo3だとは誰も気づいていない。それくらい良識的な人(笑)
「団長、それにお嬢!!食べたものはちゃんと片付けてください・・・あ・ああ・あああ・・あのおぞましいGがでますっ!!!!」