9 養子縁組
その日はアイラに抱っこされて、子供達と一緒に野菜を栽培している畑に出ていた時の事だった。
ガラガラと音がして、一台の馬車が孤児院の前に止まった。
今日は貴族の訪問はないはずだけどな。
そう思いながら馬車の方をじっと見ていると、一組の夫婦が孤児院の門をくぐって入ってきた。
それを見ていたアイラが僕を抱いたまま、慌てて訪問者の方に近寄っていった。
「こんにちは。何か御用ですか?」
アイラに抱っこされたまま、僕はその夫婦を観察する。
三十前後くらいの夫婦で、着ている服はなかなか上等そうだ。
馬車を乗り付けて来る辺り、貴族なのだろうか?
「院長はおられるか?」
少し横柄そうな物言いにモヤッとしたものを感じたが、アイラはまるで気にする事もなく「今、呼んで参ります」と、建物の中に入って行った。
アイラは一旦僕をベッドに寝かせると、そのまま院長室の方へと向かった。
しばらくして院長先生がバタバタと廊下を走る音が聞こえた。
「ようこそいらっしゃいました。院長のマーク・タルコットと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
玄関先で対応している声が僕の所まで聞こえてくる。
「我が家に養子を迎えたいと思ってな。なるべく小さい子がいいのだが…」
まるで犬か猫の子をもらいに来たような言い方だ。
だが、よくよく考えてみると、この孤児院の中で一番小さい子供と言えば僕の事だ。
まさか、僕があの夫婦の所に貰われて行くのか?
そんな事を考えていると、足音が僕の寝ているベッドへと近付いてきた。
「この子がこの孤児院の中で一番小さい子供です。エドアルドと言ってまだ三ヶ月の赤ん坊です」
院長先生に連れられて先ほどの夫婦が僕のベッドを覗き込む。
値踏みをするような視線に耐えきれず、僕はついと視線を逸らす。
「ふむ。髪の色は金髪で瞳は青か。これなら私達の子供だと言っても通るな」
ここに来てようやく自分の髪の色と瞳の色を知った。
この孤児院の何処かに鏡があるのかもしれないが、今まで目にして来なかったからだ。
その声を聞いて僕は改めて夫婦を見つめた。
夫の方は金髪に緑の目、妻の方は赤茶の髪に青い目をしている。
「それではこのエドアルドを養子にされますか?」
「ああ、この子にしよう」
「それでは養子縁組の手続きをいたしますので、院長室の方にお越しください」
院長先生と夫婦は僕のベッドから離れて院長室の方へと向かう。
あっさりと養子縁組先が決まって僕はちょっと拍子抜けした。
「エドはどっかに行っちゃうの?」
「しっ! 静かに」
部屋の外からこちらの様子を伺っていたらしく、子供達のヒソヒソ声が聞こえてくる。
このにぎやかな孤児院といきなりお別れになるなんて考えてもみなかった。
手続きはすぐに終わったらしく、三人が戻ってくる足音が聞こえる。
「それではエドアルドをお渡しします」
院長先生がヒョイと僕を抱き上げると、妻の方が僕を受け取った。
「あら、意外と重たいのね」
そんな言葉を投げかけられ僕はちょっと口を尖らせる。
そのまま夫婦は孤児院の建物を出て、馬車の方へと進む。
「エド! 元気でね!」
「エド! バイバイ!」
子供達が口々に僕に別れを告げてくれるが、僕は何も返す事が出来ない。
遠ざかる子供達の顔をチラリと目にしただけで馬車へと乗り込む。
初めて目にする馬車の中を僕はキョロキョロと見回す。
「あらあら、馬車の中が珍しいのかしら?」
「あそこの子供が馬車に乗る事なんてないだろうからな。それにしても随分と粗末な服だな。おい、何処か子供服の店に寄ってくれ」
夫の方が御者へと行き先を告げている。
確かにお世辞にも良いとは言えないけれど、粗末な服はないんじゃない?
僕の不満を他所に馬車はガラガラと走り出した。
抱っこされているとはいえ、馬車って結構揺れるものなんだな。
しばらく走った後で馬車が止まる。
どうやら子供服の店に着いたようだ。
夫婦は僕を連れて店に入ると、あれやこれやと服を買い求めていた。
一体いくらかかったのかはわからないが、かなりお金持ちなのは間違いないようだ。
御者に服を運ばせると、再び馬車に乗り込んで走り出した。
馬車の揺れが妙に心地よくていつの間にか僕は眠っていたのだった。