86 自習時間
次の授業までは十分の休憩時間を挟むが、その間にディクソン先生が時間割りのプリントを持ってきた。
「次の授業は『宮廷マナー』です。受けない方は隣の教室に移動してください」
『宮廷マナー』か。
およそ僕には関係無さそうなので隣の教室に移動した。
アーサーも僕と一緒に隣の教室へと移動する。
「アーサーは受けなくていいのか?」
僕よりも家柄は上なのだから、王宮に呼ばれる機会はあるはずだ。
けれどアーサーは軽く頭を振ると僕の隣の席に腰を下ろした。
「跡を継ぐのならマナーは必要だと思うけど、僕は継がないしね。何処かの家に婿養子なんて話もないし…」
そう言って。アーサーは教室内をぐるっと見渡した。
こちらに移動して来たのはほとんどが男爵の家系の者だった。
しかも次男か三男で、家督を継ぐ予定のない者達ばかりだ。
おそらく、何処かの貴族の婿養子に入る予定もない人達なのだろう。
それとも、僕みたいに端から貴族とは距離を置きたいと考えている人もいるのだろうか?
他人の事情など聞いて回るわけにもいかないので、そこまではわからない。
始業のチャイムが鳴ったので大人しく自習をする事にした。
「自習って、何をやる?」
アーサーに尋ねると、アーサーは今貰った時間割のプリントに目を通した。
「そうだなぁ…。うえっ! この後は計算の授業かよ。…はぁ…、一気にやる気が無くなったな…」
ペタリと机に突っ伏すアーサーに僕は苦笑するしかない。
「今度、掛け算の仕方を教えてあげるよ」
そう、声をかけたが返事がない。
おかしいな?
いつもなら、ガバッと身体を起こして「ホントか? 流石はエド、頼りになるな」
とか言いそうなものなのに…。
まさか、あの一瞬で寝ちゃったのか?
「アーサー、聞いてる?」
隣にいるアーサーの身体をユサユサと揺するけれど何の反応もない。
「アーサー?」
再びアーサーの身体を揺すってみるけれど、起きる気配すらない。
一体、アーサーの身に何が起こったんだ?
立ち上がろうとした僕は教室の中がやけにしん、としている事に気付いた。
誰からも何の反応もないのだ。
慌てて隣の席を見ると、静止画のように止まったままの姿の生徒がいた。
彼だけでなく、僕以外の皆が今までしていた仕草のままで止まっているのだ。
まるで、僕以外の人の時間が止まってしまったかのようだ。
「何で…? どうしてこんな事に…?」
呆然としている僕の目の前に突然、誰かが現れた。
真っ白な長い髪をして、真っ黒なローブを着た若い男性だ。
その耳が尖っている事に気付いた僕は思わず呟いた。
「エ、エルフ?」
そのエルフの男性は僕を見て、ニッと笑ってみせる。
「心配いりませんよ。私とあなた以外の人間の時間をちょっと止めただけです」
時間を止めた…?
「どうして、そんな事を?」
「あなたとゆっくり話すためですよ。エドアルド君」
僕の名前を知っている?
今、初めて会ったばかりなのにどうして僕の名前を知っているんだろう?
驚いている僕を見て、エルフの男性はまたもやクッと小さな笑いを漏らす。
「おや。不思議そうな顔をしていますね。私が誰だかわからないのでしょうか? これならどうでしょう」
エルフの男性の身体を白い霧が包む。
その霧が晴れると、背の低い老人が現れた。
その顔を見て僕は思わず呟く。
「マ、マーリン先生?」




