8 貴族の訪問
三ヶ月が経った頃、僕の首もようやくすわってきて、抱き上げられても頭を真っ直ぐ支えられるようになってきた。
『エドアルド』では長すぎて小さな子供達が呼びにくいという事で『エド』と呼ばれるようになった。
「エドの首もしっかりしてきたから、もう誰がミルクをあげてもいいわよ」
カミラ先生がそう宣言すると、真っ先に手をあげたのはマイクだ。
「はい! 僕があげたい!」
そんなに張り切って手をあげるほどの事でもないと思うんだが、マイクは鼻息も荒くやる気に満ちているようだ。
「わかったわ、マイク。それじゃそこにすわってちょうだい」
カミラ先生は椅子ではなくて床にマイクを座らせた。
マイクが足を投げ出した状態で床に座ると、カミラ先生は僕を抱き上げてマイクの膝に乗せる。
「左手でエドの首の後を支えて…。そうそう、上手よ。右手で哺乳瓶を持ってミルクを飲ませてね」
僕がミルクを飲む様子をマイクがキラキラとした目で見ている。
僕もミルクを飲ませてもらいながら、マイクの事を観察した。
歳は五~六歳くらいだろうか。
赤みがかった茶色の髪に薄い緑の瞳をしている。
どういう事情で孤児院に来たのかはわからないけれど、何かとお騒がせなのがこのマイクだ。
毎日のように誰かが「マイク!」と叫んでは、説教をしている。
やんちゃ坊主というか、トラブルメーカーというか、とにかく大人しくしていられないようだ。
その問題行動が、孤児院にいる事への反動から来るものなのか、元々の性格なのかはわからない。
首がすわった事で、寝かされっぱなしではなく、誰かに抱っこされるようになってきて、ようやく見えてきたものもある。
子供達の中には、誰とも遊ばずポツンと部屋の片隅で一人遊びをしている子供がいた。
ソフィーという女の子で十歳くらいだろうか?
この子は僕の顔も覗きに来なかった。
カミラ先生やルイーズ先生が呼んでも、頑なに他の子の輪に入ろうとしない。
子供達もソフィーが拒むものだから、まるきり相手にしていないようだ。
孤児院なんて来たくて来たわけではないだろうから、仕方のない事なのかな。
孤児院には時々、貴族の慰問があった。
この孤児院にはここの領主であるサウスフォード侯爵から、領主の妻が来ていた。
慰問の日は前もって連絡があるようで、前日は孤児院の大掃除になっていた。
当然僕に手伝いが出来るわけもなく、掃除の最中はベッドごと外に出された。
慰問の当日は、皆こざっぱりとした服を着せられて、庭に整列して貴族を迎える。
僕は、といえばアイラに抱っこされてお出迎えだ。
「ようこそいらっしゃいました、エリザベス様」
いつになく上等な服を着た院長が、手もみをしそうなくらいバカ丁寧な挨拶で領主の妻を迎える。
「院長先生、お出迎えをありがとう。新しい子供が入ったと聞いたのだけれど、どの子かしら?」
領主の妻に尋ねられてアイラに抱っこされた僕とジャックが、前へと進み出る。
「こちらのエドが孤児院の門の前に捨てられておりました。ジャックは父親の仕事の都合でこちらに預けられております」
領主の妻は痛ましそうな目で僕を見てくる。
「まあ、こんな小さい子を捨てるなんて…。ミルクは足りているのかしら? 必要な物があれば遠慮なく言ってちょうだいね」
「はい、それについてはあちらでお話をいたしましょう」
院長は領主の妻を院長室の方へと連れて行った。
恐らく寄付金についての話をするんだろう。
僕はまたベッドへと寝かされ、子供達はルイーズ先生の授業を受ける。
しばらくして院長室から出てきた領主の妻は子供達の授業を見学した後、馬車に乗って帰って行った。
それを見送った院長はホクホク顔で僕の寝ているベッドを覗き込む。
「いやぁ、エドのおかげで寄付金の上乗せが決まったよ。厄介者を押し付けられたと思ったが、こんな事ならもう一人捨てられた子がいてもいいな」
などと、随分と勝手な事をほざいていた。
院長は子供達の世話は一切しないくせに、よくそんな事が言えるもんだ。
カミラ先生にしても、夜小さな子達が寝たあとは、自分の家に戻って朝まで出て来ない。
夜中にトイレに起きた子供達の世話をするのは年長者のアイラとミアだ。
僕の夜中の授乳とオムツ替えもその二人が交代で行っている。
僕も出来れば夜中の授乳は避けたいが、いかんせん胃が小さい赤ん坊のため、三~四時間毎の授乳は欠かせない。
アイラとミアのためにも早く夜中の授乳を卒業したいものだ。
そんな時、一組の夫婦がこの孤児院を訪ねて来たのだった。