6 目覚め
ガヤガヤと騒がしい声に目を覚ますと、僕を取り囲むように覗き込んでいる子供達の顔が見えた。
「あ! 目を覚ました!」
「エドアルド、お腹空いた?」
「しー! 静かに! びっくりして泣いちゃうわよ!」
「アンの声の方が大きいよ」
「何ですって!」
口々に話す子供達にキョトンとしていると、さっきの女の人にまたしても産着の裾を捲られた。
「ミア、そこのオムツを取ってちょうだい」
「はい、カミラ先生」
いくら子供達ばかりとはいえ、こんな衆人の前に晒すなんて恥ずかし過ぎる。
そんな僕の羞恥心を他所に、カミラ先生はテキパキとオムツを替えていく。
裾を戻されてホッとしていると、カミラ先生に抱き上げられた。
「そろそろお腹が空いている頃ね。ミルクをあげましょうか」
すると子供達が口々に名乗りをあげる。
「あ、私がミルクをあげたい」
「僕も!」
「いや、僕だよ!」
そんな小さな争いにカミラ先生は苦笑を漏らす。
「はいはい、順番ね。マイクはまだ小さいから一人では無理よ。エドアルドもまだ首がすわっていないからしばらくはアイラにお願いするわ」
カミラ先生はわりと年長の女の子に僕を渡した。
アイラは慣れた手つきで僕を抱っこすると椅子に座ってミルクを飲ませてくれた。
ミルクを飲みながらじっとアイラを見つめて観察する。
歳は十五、六歳くらいだろうか?
茶色の髪に同じく茶色の目をしたわりと可愛い女の子だ。
僕とアイラを取り囲むようにして子供達が僕がミルクを飲むのをじっと見ている。
ざっと数えて五、六人の子供達が、僕がミルクを飲むのを興味深そうに眺めている。
ここにいる子供達で全部なのかな?
それとも他にもいるのかどうかは今の僕には判断がつかない。
僕は周りを見回すのは止めて、ミルクを飲む事に集中した。
アイラは僕がミルクを飲み終わったのを確認すると、やはり慣れた手つきで僕のゲップを出させてくれた。
ゲップが出てもしばらくそのままの状態で抱いててくれたが、やがてそっとベッドに戻された。
「カミラ先生。エドアルドは随分と大人しいですね。今までお世話してきた赤ちゃんは、大抵ベッドに戻すと泣いてぐずったりしたのに…」
アイラの疑問に僕はちょっとドキリとする。
僕って普通の赤ちゃんらしからぬ行動をしてしまったのかな?
普通の赤ちゃんらしくなくって「気味が悪い」と言われて、何処か別の孤児院に捨てられたりしてしまわないだろうか?
アイラの横からカミラ先生が僕の顔を覗き込んでいる。
ドキドキしながらカミラ先生の顔を見ていると、カミラ先生は僕にニコリと笑いかける。
「あまり泣かない赤ちゃんもいるわ。手がかからなくて助かるけれど、気がついたらおしっこでおしめがびしょびしょになっている事もあるから、こまめに見てやってね」
「そうなんですね。わかりました、カミラ先生」
アイラが納得したような顔で頷くのを見て僕はホッとした。
とりあえず変な赤ちゃん扱いはされていないようだ。
これ以上疑問を持たれないように、お腹が空いたりおしめが濡れたりした場合にはちゃんと泣いて知らせた方が良さそうだ。
だけど、オムツにおしっこをするのは少々抵抗があるんだよな。
これも前世の記憶を持っているせいだろうか。
こんな事なら前世の記憶を取り戻すのはもっと大きくなってからの方が良かったと思ってしまう。
ラノベの展開でよくあるように、ある日突然高熱を出して前世を思い出すとか、落馬とかして頭を打って前世の記憶を取り戻すとかさ。
そんな事を愚痴っても仕方がないのはわかるけれど思わずにはいられないよね。
ミルクを飲んでお腹が満たされた僕の瞼が段々と重くなってきた。
頭脳は大人でも身体は赤ちゃんだ。
なんて何処かで聞いたようなフレーズが頭をよぎる。
そのまま僕は深い眠りへと入っていった。
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エドアルドが眠ったのを見て、カミラはホッと安堵の息を吐いた。
アイラには「あまり泣かない赤ちゃんもいる」とは言ったけれど、それでもエドアルドの場合は少し異質過ぎる。
生まれたばかりで捨てられたのもそんな所が原因かもしれない。
そう考えるとエドアルドが不憫で仕方がなくなる。
幸い生まれて間もない赤ちゃんは養子に迎え入れられやすい。
赤ちゃんにしては綺麗な顔をしているから、きっとすぐに養子先が見つかるかもしれない。
その場合はあまり手がかからない方が上手くいきやすいだろう。
カミラはそう自分を納得させた。
王都ではようやく跡継ぎの王子が誕生したという事でお祭り騒ぎらしい。
「同じ赤ん坊でも生まれた先が違うとこうも扱いが変わるのね」
カミラはしみじみと呟きながら、エドアルドのこれからを思いやった。