56 一難去ってまた一難?
馬車は街中を進んでいくが、何故かエルガー男爵家の門の数メートル手前で停まった。
こんな所で停まるなんて何かあったのだろうか?
訝しげに思っていると、馬車の扉が開いて御者をしていた執事が顔を出した。
「エドアルド様、申し訳ございませんが、ここで馬車を降りていただきたいと思います」
いきなり言われて僕はちょっと戸惑った。
馬車に何かトラブルが起きたわけでもないのに、どうしてこんな所で降ろされるんだろう?
「どうしたんですか? 何か問題でも?」
僕が尋ねると執事は、ついと目を逸らしてバツの悪そうな顔をする。
「いえ…、実は…。エドアルド様をお迎えに行った時に『コールリッジ家の使い』と偽っておりましたので…。このままエルガー家に入っても、偽った事が発覚しておりました場合、少々問題があると思われますので…」
ゴニョゴニョと語尾をぼかす執事に僕は納得した。
僕がエルガー家を出発してから随分と時間が経っている。
その間に本当のコールリッジ家から、何かしらの接触がなかったとは言い切れない。
そんな中にノコノコと僕を連れ去った御者が顔を出したらどうなるか。
想像に難くない話だな。
万が一、チャールズが関わっていた事が発覚したら、陞爵どころの話ではなくなるかもしれない。
執事の説明にエミーはちょっとムッとした顔をしているが、口を挟まずに黙って僕の対応を待っている。
「わかりました。ほんの少しの距離ですからね。ここからは歩いて帰りますよ」
執事は深々と僕に向かってお辞儀をする。
「本当にエドアルド様にはなんと感謝を申し上げてよいやらわかりません。どうかよろしくお願いいたします」
僕は馬車からポンと地上に飛び降りた。
一度こんな事をやってみたかったんだよね。
多分、後ろにいるエミーは渋い顔をしているだろうな。
深々と頭を下げたままの執事の表情は読めないけれど、身体がピクッとなっていたからちょっとは驚いていたのかもしれないな。
僕の後にエミーが降りると執事は馬車の扉を閉めて、またもや深々と僕にお辞儀をした。
「それではエドアルド様。失礼いたします」
執事は御者台に戻るとすぐに馬車を走らせて行ってしまった。
それを見送るエミーは僕の後ろで大きなため息をつく。
「まったく、エドアルド様はお優しすぎます。騙されて連れて行かれたのに文句も言われないなんて…」
確かにそうなんだけど、それよりも僕はポップコーンを食べられた事の方が嬉しくて仕方がないんだよね。
あ、エミーは食べてないんだったね。
市井に出回るようになったら、真っ先にエミーに食べさせてあげよう。
それよりも、エルガー家に戻る前にエミーにちゃんと口止めをしておかないとね。
「エミー、今日の事は誰にも内緒でお願いしたいんだけど、いいかな?」
「え、エドアルド様、何を仰っているんですか? きちんと奥様と旦那様にお知らせして抗議をしていただかなくては!」
エミーはそう言うけれど相手は子爵だし、養子の僕としては義両親に迷惑をかけたくないんだよね。
「エミーも僕が養子だと知っているだろう? 騙されて連れて行かれたのは事実だけど、何の被害も被っていないんだから…。あ、エミーは手に怪我をしちゃったけどさ…」
「私の怪我はエドアルド様に治していただいたので、何の問題もありません。…はぁ、エドアルド様がそうおっしゃるのでしたら、『私は別室で控えていましたので何もわかりません』と答えておきます」
「ごめんね、エミー。この埋め合わせるは必ずするからね」
そんな話をしながら歩いているとすぐにエルガー家の門が見えてきた。
門番が歩いて帰って来た僕達を見てびっくりしている。
「エドアルド様? 馬車はどうされたのですか?」
「ちょっと街を歩いてみたかったから途中で降ろしてもらったんだ」
「えっ? あっ、あの…」
更に何か言いかけた門番を無視して僕はさっさと屋敷に向かって歩き出した。
すると、玄関脇の馬車止まりに他所の馬車が停まっているのが見えたが、特に気にしなかった。
エミーが開けてくれた玄関を入ると、僕の姿を見た他のメイドが驚いた表情を見せたかと思うと「奥様ー! 奥様ー!」と叫びながら向こうへ走って行った。
何かあったのかな?
不思議に思っているとすぐに義母様がバタバタと走ってきた。
「エドアルドっ! あなた何処へ行っていたの!? アーサー様がお見えになっているのよ!? コールリッジ家に行ったんじゃなかったの!?」
あちゃー!
どうやら本当のアーサーがこっちに来ていたようだ。
…さて、どうやって誤魔化そうかな?




