47 お迎え
その日も日課となった屋敷内のランニングに精を出していた。
初めの頃は一周回るだけでヘトヘトになっていたが、今は二周回れるほどに体力も付いてきた。
走り終えた僕が玄関先に戻ってきた時、何処かの馬車が屋敷の中に入ってきた。
今日は来客があるとは聞いていないけれど、僕が聞き漏らしたのだろうか?
待っていたメイドから手渡されたタオルで汗を拭いていると、馬車から降りてきた御者が僕達に近づいて来た。
「失礼いたします。もしかしてエドアルド様でしょうか?」
初めて見る顔に警戒しつつ、答えようとするとメイドが僕を庇うように前に出た。
「どちら様ですか? まずはそちらから名乗るのが筋でしょう?」
人当たりの良さそうな顔をした御者は、ばつが悪そうに目尻を下げる。
「これは申し訳ありません。実はコールリッジ家からの使いで参りました。アーサー様がぜひエドアルド様に遊びに来て欲しいと仰られまして…」
「アーサーが来てるの?」
僕はメイドの後ろからひょっこり顔を出したが、馬車からアーサーが降りてくる気配はない。
御者は僕の視線を受けてブルブルと首を振る。
「いえ、アーサー様はいらしておりません。手が離せないとの事で私を迎えに寄越されたのです。一緒に来ていただけますか?」
御者にそう聞かれてもすぐには答えられない。
それに、今ランニングを終えたばかりで汗まみれの状態だ。
このままの格好で出かけるわけにはいかない。
「少々お待ち下さい。奥様にお伺いをたててきます。エドアルド様もお着替えをなさらなくては…」
メイドが僕に代わって返事をすると、御者は恭しく頷いた。
「承知いたしました。それではこちらで待たせていただきます」
僕とメイドは御者をその場に残して屋敷の中に入った。
それにしても、アーサーが僕を屋敷に招いてくれるなんて初めての事だ。
だったらアーサーが馬車に乗って迎えに来てくれてもいいのにな。
でも、待てよ。
御者の人がアーサーは「手が離せない」とか言っていたな。
もしかして僕と遊ぶための準備を何かしているのかな?
そんな事を考えながら僕とメイドは義母様の所へ向かった。
「奥様、失礼いたします」
義母様の執務室に向かうと、義母様は手紙を読んでいる最中だった。
「あら、エドアルド。汗びっしょりじゃないの。早く着替えていらっしゃい。…何かあったの?」
義母様は僕と一緒に入ってきたメイドに問いかけた。
「奥様、コールリッジ家の使いという方がいらっしゃいました。何でもエドアルド様を迎えに来られたとか。いかがいたしましょう?」
「コールリッジ家から? そんな話は聞いていないのだけれど…」
突然の事に義母様も困惑を隠せないようだ。
そもそも、前もって予定を告げてこないのもおかしい。
だが、相手は子爵家だ。
後で不興を買う事になっても困る。
義母様はしばらく考えた後で、渋々と頷いた。
「仕方がないわ。とりあえずエドアルドは着替えて来なさい。それから、エドアルド一人で行かせるわけにはいかないから、あなたも付いていってちょうだい」
「かしこまりました。それではエドアルド様。まずは着替えてきましょう」
「はい。義母様、失礼します」
義母様は少し心配そうな視線を僕に向けてくる。
僕は義母様の執務室を出ると僕の部屋へ向かった。
着替えを出してもらい、急いで身支度を終える。
メイドも出かける準備を終えて、僕の部屋へ戻って来る。
「エドアルド様、準備はよろしいですね」
「良いよ。付き合わせてごめんね」
「とんでもありません。これが私の仕事ですから」
メイドはニコッと笑って僕を先導して玄関へと向かった。
玄関を出ると馬を撫でていた御者がパッとこちらを向く。
「お待たせいたしました。エドアルド様を一人で行かせるわけにはいきませんので、私が付き添いで参ります」
「わかりました。では、どうぞ馬車にお乗りください」
御者が馬車の扉を開けてくれた。
僕が先に乗り込んで、その後をメイドが乗ってくる。
座席に座ってすぐに、この馬車には窓がない事に気づいた。
だが、馬車の中は灯りが点いていて真っ暗ではない。
「変わった馬車だね」
そう呟くとメイドが不安そうに眉を寄せている。
僕達が乗り込むとすぐに御者が馬車の扉を閉め、しばらくすると馬車が走り出した。
僕達は外の景色がわからないまま、馬車に揺られるのだった。




