39 密談
庭園の自分の席に戻ると、隣の席のアーサーが話しかけてきた。
「随分とゆっくりだったね。もしかして何処か具合でも悪くなった?」
心配そうな視線を向けてくるアーサーに、僕はどうやって誤魔化そうかと考えを巡らせる。
流石に『王妃に会っていた』とか『実母と話をしていた』なんて言えるわけがない。
グルグルと考えを巡らせた結果、廊下の壁際に飾られていた絵画を持ち出す事にした。
チラッとしか目にしていないけれど、廊下には何枚かの絵が飾られていた。
「お屋敷に入った所の廊下に綺麗な絵が飾られていたんだ。勝手に動き回るのも申し訳なかったけれど、ついつい見ちゃって…。…あ、これは内緒だよ」
こっそりとアーサーに打ち明けると、アーサーは意外そうな表情を浮かべた。
「へぇ。エドアルドって絵画に興味があったんだ」
「興味っていうか、僕自身、絵が下手だから、あんなふうに描けたらいいなって思いながら見てたんだ」
実際、前世での美術の成績は散々だった。
良く芸能人がイラストを描いて笑われてる場面があったりしたけれど、僕が描く絵も似たりよったりだ。
友人達と一緒になってテレビを観て笑っていたけれど、「お前も書いてみろ」と言われないかとヒヤヒヤだった記憶がある。
そんな僕の誤魔化しにアーサーは納得したように頷いた。
「わかるよ。僕も先日、母上が肖像画を描いてもらうところを見学させてもらったけれど、ただただ驚くばかりだったね。絵の具の色の種類以上の色が出せるなんてさ」
そう言って目をキラキラさせながら、絵師が絵を描いていた時の話をしてくれる。
他人に見られながら絵を描くなんて相当なプレッシャーじゃないのかな?
それとも絵を描く事に没頭したら、そんなのは気にならないのかもしれない。
それにしても、この世界には写真なんてないようだな。
もっとも、カメラなんて僕に作れるわけがないから、どうにも出来ないけどね。
誰か開発してくれないかな?
和やかな雰囲気のお茶会もやがてお開きの時間になる。
僕とアーサーも帰り支度をしてアーサーの母親であるサヴァンナ様を待っていたが、彼女はまだ誰かと歓談中ですぐには帰れそうもない。
アーサーは「やれやれ」といった表情を僕に向ける。
仕方なく僕達はその場に佇んでアーサーの母親を待っていた。
すると、僕達の背後にある茂みの向こうから「アーサー」「エドアルド」という声が聞こえた。
僕達は思わず顔を見合わせるが、そっと茂みに近づいて聞き耳をたてる。
声の主はどうやらこのテイラー伯爵家の娘であるレイナとその友人のようだ。
「それで? レイナはアーサー様とエドアルド様だったらどちらが好みなの?」
友人の問いかけにレイナは「そうね」と前置きした後でこう告げる。
「どちらも素敵だけれど、やっぱりエドアルド様かしら」
「あら? エドアルド様は男爵家でしょう? しかも養子らしいから家督は継げないんじゃない?」
「そんなの、私がこの伯爵家を継げばいいだけだわ。そうしたらエドアルド様を婿養子に迎えられるでしょう?」
「それはそうだけれど、伯爵家は弟のルイ様が継ぐんじゃなくて?」
レイナの弟はまだ五歳だそうで、今日のお茶会には参加していない。
「まだ決まったわけじゃないわ。まだ五歳なんだから、この先何があるかわからないでしょう。ウフフ」
レイナのその笑い声に何処か暗いものを感じて僕とアーサーは思わず顔を見合わせる。
それ以上は聞く気になれず、僕達はそっとその場から離れた。
自分の事で手一杯なのに、他所の貴族の御家騒動にまで巻き込まれたくはない。
十分な距離を取ったところでアーサーがポツリと呟いた。
「怖っ! 実の弟に対してあんな考えを持っているのかよ。年上だけど美人だし、ちょっといいかもって思ってたのにな」
「…僕、もう、ここのお茶会に参加するのは止めるよ」
そう宣言すると、アーサーはボンボンと僕の肩を優しく叩く。
「僕もなるべく言い訳を考えて彼女と顔を合わせないようにするよ。万が一、何処かで出会っても関わらないようにしような」
僕とアーサーはそう決意を固めて、テイラー伯爵家を後にした。