36 会話
僕を見下ろす視線が更に鋭さを増したように見える。
とても生き別れた自分の子供と久しぶりに対面出来たという母親の眼差しとは思えない。
「あ、あの…」
何をどう言えばいいのかわからず、それだけを絞り出すのがやっとだった。
「あら? 私を見てもあまり驚いていないようね。私が誰か知っているのかしら?」
王妃が意外そうに呟くけれど、「はい、そうです。王妃様ですよね」なんて口が裂けても言えない。
けれど、自分の母親らしい事は直感でわかったから、それだけは伝えても大丈夫だろう。
「あなたが何処の誰なのかはわかりませんが、僕を産んだ人じゃないかとは思ってます」
それだけを伝えると、僕を見る視線が少しだけ柔らかくなったような気がした。
「あら? 私があなたを産んだ母親だとわかるのね。つまり、自分が養子だと知っているって事かしら?」
「はい。最近、義父様から聞きました」
クリスが生まれてから義父様とその話をしたのであながち間違いではない。
エルガー男爵家に子供が生まれた事は王妃も知っているようで、納得したように頷いている。
「エルガー家にようやく跡継ぎが生まれたとは聞いているわ。それでもあなたを手放さないなんて、あなたの実の親が誰かを知っていて手放さないのかと思ったけれど…。どうやらそうじゃないみたいね」
王妃のその言い方に僕は思わずムッとした。
「ちょっと待ってください! それではまるで僕を交渉材料として引き取ったみたいじゃないですか! 義父様も義母様もそんな事はしません! そもそもあなたは何処の誰なんですか!?」
一気にまくし立てると王妃は虚を突かれたようにポカンと口を開けていた。
やがて「プッ」と吹き出したかと思うと「オーホッホ」と、まるで悪役令嬢のような高笑いをしてみせる。
うわぁ。
本当にこんな笑い方をする人がいるんだ。
小説の中だけの話かと思っていたが、そうじゃないようだ。
思わずドン引きしながら王妃の高笑いを聞いていたが、王妃はすぐに笑うのを止めた。
「エドワードですら私にそんな口はきかないのに…。本当に私が誰だか知らないのね」
…いや、知っているけど?
それを言ったら色々と説明が面倒だから言わないだけなんだよね。
そんな僕の事情を知らない王妃は、ツンとすました表情で僕を見下ろす。
「私はこの国の王妃のリリベットよ。つまりあなたはこの国の王子というわけ。わかったかしら?」
「ええっ! 僕が王子!?」
大げさに驚いて見せたけれど、わざとらしくなかっただろうか?
小学校の頃、学芸会をやったことがあるけれど、『皆に平等に役を』って事で、四~五人で一つの役をやって、台詞も一言づつだったからな。
学芸会もへったくれもあったもんじゃないよ。
…ちょっと話が脱線しちゃったな。
そんな僕の迫真(?)の演技が効いたのか、王妃は僕の驚きを疑っていないようだった。
「あら、本当に知らなかったのね。あの日、私が双子を産んだのであれば、あなたは私が産んだ子だわ。鑑定に回せばはっきりするでしょうけれどね」
ん?
その言い方だと、王妃は自分が双子を産んだとはっきり認識していないのだろうか?
「あの…。ご自分が双子を産んだ事を覚えていらっしゃらないのですか?」
僕の質問に王妃は軽く息を吐いて答える。
「ええ、そうよ。先日、街であなたを見かけるまでは、そんな事は考えもしなかったわ」
「…僕を見かけた?」
テイラー伯爵夫人から王妃に情報が行ったのかと思ったがそうではなかったようだ。
けれど、義母様と街に出かけたのは、テイラー伯爵夫人のお茶会の後だけだから、結局彼女が関わっている事に間違いはない。
「ええ、そうよ。街でエドワードにそっくりなあなたを見かけて、あの日、私が産んだのは双子じゃないかと思ったの。王宮に戻ったその足で陛下を問い詰めたけれど否定されて…。それで私が産んだのは双子だと確信したの」
陛下に否定されたから確信したって…。
ちょっと乱暴過ぎないか?
そもそも本当の事を言っている可能性だってあるわけだし…。
「サラとお医者様には話を聞かなかったんですか?」
言った後で『しまった!』と思ったが、もう遅い。
口から溢れた言葉は取り戻す事は出来ないのだった。




