30 来客
その日、義父様は既に登城し、義母様もまだベッドから起き上がれず、生まれたばかりのクリスと部屋にいた。
僕が自分の部屋で一人で本を読んでいると、ノックと共に執事が顔を出した。
「エドアルド様。お客様がお見えです」
…お客様?
僕に会いに来る人なんていただろうか?
不思議に思っていると、執事を押し退けるようにして一人の人物が顔を出した。
「やあ、エドアルド君、久しぶりだね。私の事を覚えているかな?」
「…ウィリアム叔父様…」
そこに現れたのは義父様の実の弟であるウィリアムだった。
三男なので、トンプソン子爵家に婿入りをした人だ。
ウィリアム叔父には男の子が三人いて、このまま義父様達に子供が生まれなければウィリアム叔父様の所から、養子を貰う予定だったらしい。
僕がこの家に貰われて来てからも、何度かやって来ては義父様と話をしていた。
そんなウィリアム叔父様が僕に何の用事なんだろう。
僕は本を閉じて椅子から下りると、ソファーに腰を下ろしたウィリアム叔父様の所へ向かった。
「こんにちは、ウィリアム叔父様。ご無沙汰しています」
ペコリとお辞儀をする僕にウィリアム叔父様は鷹揚に頷く。
「今日はエドアルド君に話があってね。まあ、そこへ掛けなさい」
まるでウィリアム叔父様がこの部屋の主で、僕が呼び出されたみたいな対応をされる。
実際、この家と血のつながりがあるのはウィリアム叔父様の方で、僕の方が余所者だ。
そういう対応をされるのは当然かもしれない。
執事はウィリアム叔父様を部屋に通すと、侍女にお茶を淹れさせる事もなく出ていってしまっていた。
きっとウィリアム叔父様の方から無用だと言われていたのだろう。
ウィリアム叔父様は僕と二人きりになったのを確認してからようやく口を開いた。
「エドアルド君は自分が養子だと知っているというのは本当かな?」
まさか、そんな言葉がウィリアム叔父様の口から出てくるとは思わなかったので、僕は咄嗟には返事が出来なかった。
「え、あの、どうしてそれを…」
そう言いながらも、義父様から聞いたに違いないと思い至る。
「この前、兄上に会った時に聞いてね。君がそれを知っているのなら話は早いと思ってこうやって訪ねて来たんだ」
話が早いって、何の事だろう?
「えっと、それはどういう…」
ウィリアム叔父様は真剣な眼差しを僕に向けてくる。
「この度、ようやく兄上達に子供が生まれたよね。そう、クリスだ。クリスが生まれるのを心待ちにしていたのは兄上達だけではない。私や他の親戚達も皆待っていたんだよ。エルガー家の正式な跡取りが生まれるのをね」
正式な跡取り…。
その一言で、ウィリアム叔父様が何を言いたいのか、僕にはわかった。
「…つまり、正式な跡取りが生まれたから僕にこの家から出て行けという事ですか?」
言いながら、僕は心がギュッと押しつぶされそうな気がしてきた。
義父様は直接僕に伝えたくないから、こうやってウィリアム叔父様に言わせたんだろうか?
わざわざウィリアム叔父様に言わせなくても、直接僕に言ってくれたら良いのに…。
だが、ウィリアム叔父様はちょっと慌てたような表情を見せた。
「ちょっと待ってくれ。誰もそこまでは言っていないよ。ただ、エルガー家の家督を継ぐのはクリスだと承知していて欲しかっただけだ」
オロオロとし始めたウィリアム叔父様に、僕は滲んだ涙を手の甲で拭って顔をあげる。
「…本当に?」
「ああ、本当だとも」
僕が少しホッとして気を緩めたところで、ドタドタとした足音が近づいて来たかと思うと、扉が勢いよく開かれた。
「ウィリアム! お前何しに来た!」
そう怒鳴りながら入ってきたのは義父様だった。
その途端、ウィリアム叔父様は非常に気まずそうな顔をしている。
あれ?
義父様がウィリアム叔父様に言わせたんじゃなくて、ウィリアム叔父様のフライングだったのかな?
「い、いや、これは、その…」
しどろもどろになっているウィリアム叔父様だったが、義父様の隙をついて逃げ出して行った。
「まったくもう…」
義父様はウィリアム叔父様を追いかけずに僕のそばに来て、身をかがめて目線を合わせてくる。
「すまない、エドアルド。まさかこんなに早くウィリアムがやって来るとは思っていなかった」
こんなに早く…という事は、いずれウィリアム叔父様が来るという事はわかっていたんだろうか?
僕は固唾をのんで義父様の次の言葉を待った。