25 お茶会の始まり
庭園には既に何組かの親子が来ていて、立ち話をしている。
僕と義母様がそちらの方へ足を進めていくと、こちらに顔を向けていたご婦人がニコッと笑顔を向けた。
「まあ、セレナ様、お久しぶりです。お身体の方は大丈夫ですか?」
義母様は僕を連れて彼女達に近づくと、軽くお辞儀をした。
「ユージェニー様、ご無沙汰しております。先日はお見舞いをありがとうございました」
どうやら義母様のお友達の一人らしい。
確かにあちこちからお見舞いの品が届いていたな、と思い出した。
「いいのよ。それよりも良くダニエル様が参加を許してくれたわね。最近あなたへの過保護ぶりに拍車がかかったって聞いていたんだけれど…」
いたずらっぽく笑うユージェニー様の言葉に、義母様は苦笑を漏らす。
「まあ、嫌だわ。何処でそんな噂が?」
「王宮では評判らしいわよ。ダニエル様は執務の終了時間ビッタリになると一目散に退出されるって」
あー、なるほどね。
義父様は義母様の妊娠がわかってからは、帰宅時間がめっぽう早くなったんだ。
以前は残業手間遅くなったりした事もあったのに、最近はすっかりなくなっている。
侍女達の噂話によると、帰宅の際は他に支障が出ないギリギリの猛スピードで馬車を走らせているらしい。
周りのご婦人達も微笑ましいものを見るような目で義母様を見ている。
「王宮でそんな噂になっているなんて、恥ずかしいわ」
「以前からダニエル様のセレナ様への溺愛ぶりは有名でしたから、誰も驚きませんわ。…あら、ダイアナ様がいらしたわ」
ユージェニー様の指摘に振り返ると、テイラー伯爵夫人が一組の親子を連れてこちらにやって来た。
どうやらお茶会の参加者が全員揃ったようだ。
「まあ、セレナ様。座ってらしたらよろしかったのに…。さあ、お座りになって、お茶会を始めましょう」
テイラー伯爵夫人は自分が連れてきた親子連れの男の子と僕に視線を巡らせた。
「子供達はあちらにお席を用意してありますからね。エイミー、案内してあげて」
テイラー伯爵夫人が近くにいた侍女に声をかけた。
「はい、奥様。エドアルド様、アーサー様、こちらへどうぞ」
僕と「アーサー」と呼ばれた男の子はエイミーに連れられて庭園を歩いていった。
そこには子供用のテーブルと椅子が置いてあり、他の子供達が席に着いて待っていた。
「こちらへお座りください。それではレイナ様、後はお任せいたします」
レイナと呼ばれた少女が、微笑んで僕達を迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。今日は我が家のお茶会にようこそ。とりあえずは自己紹介をしましょうか。まずは私から…」
僕達よりは少し年上らしいレイナ様が、自己紹介を始めた。
レイナ様は九歳だと話していた。
後で知った事だけれど、お茶会の主催者の子供は招待する子供達より年上の女の子で、年下の子供達を接待する事で、貴族としての振る舞いを勉強するそうだ。
貴族としての振る舞いなんて、僕に出来るとは到底思えない。
「エルガー男爵家の息子、エドアルドと申します。よろしくお願いします」
僕が自己紹介をすると、皆の目が一瞬変わったように見えたが、勘違いではないだろう。
きっと皆、僕が孤児院から貰われた養子だと知っているのだろう。
これが、貴族のご落胤で孤児院にいたところを引き取られた、とかいう話ならば何の問題も無かったんだろう。
けれど、僕はエルガー男爵家とは縁もゆかりも無い。
何処の馬の骨ともわからない平民の子供だと。思われているのだろう。
そう思っていても誰もそれを顔に出さないところを見ると、何処の家庭もそれなりに貴族としての教育が行き届いているようだ。
皆の自己紹介が終わると、レイナ様は僕達を見回した後で顎に手を当てて少し考え込んでいた。
「どうしようかしら。これだけの人数で話をするなんて、ちょっと難しいかしら? 会議を開いているわけではないしね。とりあえず、お隣の方とおしゃべりしてみてくださいな」
なんか、『勝手に喋ってろ』って丸投げされたような気もするが、会ったばかりの子供達では話題にも困るよね。
隣の方、と言われたが、右隣は女の子で既にその隣の女の子とおしゃべりを始めていた。
流石にその中に割って入る勇気はない。
左隣は僕と一緒にここに連れてこられたアーサーだ。
チラリと左を向くと、こちらを見ていたアーサーと目が合った。