22 二度ある事は三度…あった
義母は駆けつけた使用人達によって寝室へと運ばれた。
既にお茶会どころではなかった。
執事によってお茶会の会場である伯爵家に連絡が行き、僕達の不参加が伝えられた。
王宮の義父にも義母が倒れたと連絡が行っている。
僕はといえば、ベッドに寝かされた義母の横に座り、その手を握っている事しか出来なかった。
「…エドアルド…、ごめんなさいね…。せっかくのあなたのお披露目だったのに…」
「義母様、そんな事は気になさらないでください。お茶会なんてまた何時でも行けますから」
滲みそうになる涙をグッとこらえる。
あんなに元気だった義母が急に倒れるなんて、とても重い病気なんじゃないだろうか。
バタバタと廊下を走る音が聞こえてたと思うと、侍女が医者を連れて入ってきた。
「先生! どうか、義母を助けてください!」
僕が立ち上がって医者に頭を下げると、医者は頷きながら僕をベッドの側から遠ざけた。
「先ずは診察してみないとね。とりあえず男性陣は外に出ていなさい」
侍女を残して僕は部屋の外へと追い出された。
バタンと閉じられた扉の前で、僕はただ立ち尽くすしかなかった。
「エドアルド! セレナは!?」
ドタドタとした足音と共に名前が呼ばれた。
振り返ると義父がこちらに向けて駆けてくる。
「義父様、それが…」
義父は僕を押し退けるように扉の前に立つと、ドンドンと扉を叩き始めた。
「セレナ! セレナ!」
あ、ちょっと…。
そんな事をしてると後でどやされるよ。
気持ちはわかるので義父の行動を止める気はないけれど、流石にちょっと不味いよね。
「義父様、静かに…」
一応窘めるつもりで、義父の腕を引っ張ろうとしたところで、カチャリと扉が開いた。
侍女長が怖い顔で立っている。
「旦那様、静かに待てないんですか? 診察が終わりましたのでお入りくださいませ」
侍女長の顔に一瞬怯んだ義父だったが、「入っていい」と言われて、侍女長を突き飛ばさんばかりの勢いで部屋の中に入った。
僕もすぐに義父の後を追って義母の枕元に近寄った。
ベッドの中には相変わらず青い顔をした義母が横たわっている。
「先生! セレナは大丈夫ですよね! 死んだりしませんよね!」
義父が医者の胸ぐらを掴まんばかりに迫っていく。
「落ち着いてください、ダニエル様。セレナ様はおめでたです。まだ妊娠三ヶ月といったところですね」
「「は?」」
医者の言葉に義母も義父もポカンと口を開けている。
…やっぱりか…。
僕が養子に来て六年も経っているから、義母の妊娠は無いかと思っていたけれど、『三度目の正直』じゃなくて『二度ある事は三度ある』だったようだ。
「私に…赤ちゃん?」
「セレナが…妊娠?」
二人はにわかには医者の言葉が信じられないようだ。
「嘘でしょ? だって結婚して十六年も経つのよ? 今年で三十四にもなるのに…。そんな私が妊娠なんて…」
え?
義母様ってまだ三十四歳だったのか。
随分と早い結婚だったんだな。
こっちの世界では普通なんだろうか?
「三十過ぎての初産ですからね。色々と気をつけなければいけない事があります。しばらくは安静になさってください」
侍女長と医者が退出していき、部屋の中は義両親と僕の三人だけとなる。
義父も義母もまだ半信半疑のようで、夢見心地のような顔をしている。
「…今の先生の話、本当なのかしら?」
義母がポツリと零す。
義父もそれに同調するように頷いた。
「まさか、後で『嘘でした』とか、言われないよな? エドアルド、これは夢じゃないよな? 試しに頬をつねってくれないか」
義父に両肩をガシッと掴まれて、ユサユサと揺さぶられる。
しょうがないな。
「義父様、いきますよ」
右手で義父の左頬をキュッとつねってやる。
「痛くない、やっぱり夢か?」
…ちょっと力が足りなかったかな?
もう一度、さっきより強くつねった。
「痛い! エドアルド! もうちょっと加減してくれよ」
…ああ、めんどくさいな。
「痛いって事は夢じゃないの?」
「ああ、セレナ! 夢じゃないんだ!」
「おめでとうございます、義母様」
現実の事だと実感したのか、義母がボロボロと涙を零し始めた。
「本当なのね。…嬉しい…」
義父は横になっている義母の涙をそっと拭ってやった。
「今はゆっくりお休み。側についていてあげるから…」
僕はそっと二人から距離を置くと、音を立てずに部屋から出て行った。