163 身支度
僕とブライアンは宰相の後をついて、プライベートゾーンから隣の棟へと向かう。
「言葉遣いには注意してください。エドワード王子が敬語を使われるのはご両親である国王陛下と王妃様だけです。それから使用人達はエドワード王子が熱を出して寝込んでいた事は知っております」
宰相に言われ僕は鷹揚にうなずいてみせた。
「わかった」
そのまま背筋を伸ばして渡り廊下を通り、隣の棟の入り口に向かう。
「エドワード王子。お加減はもうよろしいのですか?」
扉の入り口に立っている騎士が僕に話しかけてくる。
「ああ、もう大丈夫だ」
頬を軽く緩めてみせると、騎士達もホッとしたような笑顔を返してくれる。
どうやら僕をエドワード王子だと信じて疑っていないようだ。
入り口を入ってしばらく進んだ先の扉を宰相はノックした。
「はい」
扉が開いて一人の侍女が顔を出す。
「エドワード王子をお連れしました。お着替えをお願いします」
「かしこまりました。エドワード王子、どうぞこちらへ」
侍女に誘導されて部屋の中に入るとそのまま鏡の前に座らされた。
正装に着替える前に髪型を整えられるようだ。
侍女がコームで僕の髪を梳かしながら、ハサミでカットして長さを揃えている。
それが終わると今度は眉ブラシで眉毛も整えられた。
それが終わると椅子から立ち上がり少し広い場所に移動する。
僕が抵抗する間もなくシャツとズボンが脱がされ、正装用のシャツとズボンを履かされた。
僕はただ言われるまま、足を上げたり手を動かすだけだった。
最後に上着を着せられると、鏡に映るのはどこの貴公子かと見まごうほどの自分だった。
「熱が出て伏せっていると聞いておりましたから、心配しておりましたけれど、無事に回復されて何よりですわ」
「顔色が悪いようでしたらお化粧をすることになるかもしれないと用意しておりましたが、必要なかったようですね」
侍女の言葉にそんな事態にならなくて良かったとホッとした。
僕の支度が終わる頃、着替えを終えたブライアンが部屋に入って来た。
「エドワード王子。準備は整いましたか?」
そう聞いてきたブライアンを見て僕はちょっと噴き出した。
ブライアンの髪は整髪料できっちりと整えられていて、いかにも従者という出で立ちになっている。
「何がおかしいんですか?」
少しばかりむくれたような声のブライアンに「いや、別に」と言いながらも口元が緩むのを抑えられない。
僕達のやり取りに侍女達もニコニコと微笑ましいものを見るような顔をする。
ブライアンは気を取り直すように軽く咳払いをすると、僕に椅子に座るように促してきた。
「サウスフォード王国の使節団が到着するまではまだ時間があるようです。それまでは座ってお待ちください」
「わかった」
僕は軽くうなずくと、侍女が用意してくれた椅子に座った。
背もたれにもたれかかると服がシワになるので、背もたれから身体を離して背筋を伸ばす。
少しでも気を抜くとふにゃりと背中が丸まってしまいそうだ。
ブライアンはそんな僕の後ろに影のように立っている。
結構疲れてくるが、だらしない姿をみんなに晒すわけにはいかない。
そろそろ限界に差し掛かりそうになった頃、扉がノックされて宰相が部屋に入ってきた。
「エドワード王子。間もなく使節団が王宮に到着するそうです。ホールの方に移動をお願いします」
「わかった」
僕は椅子からゆっくりと立ち上がると宰相とブライアンと共にホールに向かった。




