16 陞爵・叙爵の儀
エドワード王子の一歳の誕生日を翌月に控えた頃。
王宮では『陞爵・叙爵の儀』が行われていた。
国王と王妃が揃って参列し、国内の殆どの貴族が参列していた。
今回、陞爵した貴族の中にはサラの兄であるアンドルーもいた。
国王の命令をこなした見返りとして、実家のマクレガンは子爵から伯爵へと昇りつめた。
最も爵位だけで領地を与えられたわけではない。
だが、そのうち爵位を求めて土地持ちの下位の貴族から縁談が舞い込む事もあるだろう。
そうなれば少しはマクレガン家も援助をしてもらえるかもしれない。
サラは国王から爵位を授かる様子を見てホッと安堵のため息をついた。
マクレガン家の息子が伯爵位を授かる様子を見ていたスタンレイ子爵は、苦々しい思いでそれを眺めていた。
最も貴族としてそれを表情に表すことはしなかったが…。
(一体、どんな功績を上げて爵位を上げたんだ?)
一月前、今回の陞爵・叙爵を受ける人物の名簿を見てスタンレイ子爵は目を疑った。
「マクレガンが伯爵になるだと!?」
見間違いかと思い、何度も読み返したが、そこにはやはり『マクレガン』の名前が刻まれていた。
だが、思い返してみてもマクレガンが何か功績を挙げたとは聞いていない。
他の人物については色々と聞き及んでいて、当然だと納得はしているが、マクレガンに関してだけは例外だった。
(二百年前の事を許されたのか? だが、それならば我が家にも何かあって然るべきだが…)
二百年前の後継者争いの際、マクレガン家と共に降爵されたのが、スタンレイ家だった。
どちらも侯爵だったのに、後継者争いに敗れた兄王子を支持していた事で子爵に落とされ、領地も没収された。
スタンレイ家の方はまだ妻の実家の支援があったため、多少は援助してもらえたが、それでも表立っての接触は禁止された。
『何とか功績を上げてもう一度侯爵にまで昇りつめろ!』
幼い頃からそう言われて発破をかけられてきたが、何も出来ずにここまで来ていた。
それはスタンレイ家だけではなく、マクレガン家も一緒だったはずだ。
マクレガン家に何があったのか知りたくて国王に謁見を申し出ていたが、未だに会ってはもらえていない。
儀式が終わると、お祝いのパーティーが始まった。
スタンレイ子爵はすぐには動かず、じっと遠巻きにその人物を眺めていた。
次から次へとお祝いを述べられ、祝杯を上げては飲み干している。
(良い感じに酔っ払ってきたな)
スタンレイ子爵は上機嫌でお酒を飲んでいるアンドルーの父親に近寄っていった。
「ヘンリー様。この度はご子息が伯爵位を賜れました事、誠におめでとうございます」
「ん? おお、これはスタンレイ子爵ではないか。ありがとう。私もやっとご先祖に良い報告が出来て肩の荷が下りたよ」
ヘンリーは相当酔っているらしく、真っ赤な顔をして陽気に答えている。
「それにしても、一体どんな功績を上げられたのですか? 今後の参考までにお聞かせ願えませんかな?」
「え? …いやぁ…、それはちょっと…」
スタンレイ子爵の質問に、ヘンリーはしどろもどろになる。
「そこを何とか…」
食い下がるスタンレイ子爵とヘンリーの間に一人の人物が割って入った。
「まあ、お父様。こんなに飲んで…。これ以上は身体に毒ですわ」
サラはヘンリーを自分の後ろに庇うと、スタンレイ子爵を振り返った。
「スタンレイ子爵。父が何か粗相をしましたでしょうか? あまり飲ませないようにと医者にも止められておりますので、これで失礼しますわ」
サラはまくし立てるようにスタンレイ子爵に告げると、返事も聞かずにヘンリーを連れて立ち去った。
以前ならば同じ子爵であるため、そんな無礼は許されなかったが、今は伯爵と子爵に分かれてしまった。
格下となったスタンレイ子爵にサラを呼び止める権利はなかった。
(あのままヘンリーを放置しておいたら、何か余計な事を喋るかもしれないと連れて行ったに違いない)
スタンレイ子爵は遠ざかるサラとヘンリーを睨みつける。
(絶対にお前達の秘密を暴いてやるからな)
スタンレイ子爵はそう心に誓うとパーティー会場を後にした。