13 再び養子縁組
七カ月になり、ようやく一人で座れるようになった。
『七カ月の投げ座り』
前世でおばあちゃんがこう言っていたっけ。
あ、勿論、僕が言われた事を覚えていたんじゃなくって、年下の従兄弟に言っていたのを覚えていただけだ。
双子の僕達を可愛がってくれたおばあちゃんだけど、僕が死んで悲しがっていないかな…。
いかんいかん。
ちょっと思い出してしんみりしちゃったよ。
一人で座れるようになったけれど、流石にまだ立つことは出来ない。
そうか。
赤ん坊はハイハイをして足腰を鍛えてから立てるようになるんだな。
早速僕も今日からハイハイの練習をしよう。
そう、張り切ってハイハイをしようとしたのだが…。
ここは孤児院である。
当然、子供達がたくさんいる。
したがって、僕がハイハイで移動しようとすると、子供達の誰かがそれを見咎めて、僕を元の位置へと戻してしまう。
中には僕を抱っこしたまま、下ろしてくれない子もいたりする。
「アー、アー(下ろして~)」
そう訴えるのだが、相手には僕の言葉は伝わらない。
早く歩けるようになって、一人でトイレに行ってこのオムツから解放されたいのに…。
あれ?
ところでこの世界のトイレはどうなっているんだろう?
洋式トイレしかないのなら僕にはまだハードルが高いかもしれない。
今日もハイハイをしている所を後からヒョイと抱き上げられた。
も~、誰だよ。
抗議しようと思って顔を見たら、なんと院長先生だった。
なんで院長先生が?
身をよじってその腕から逃れようとするけれど、僕の身体はがっちりと掴まれたままだ。
院長先生は僕を抱っこしたまま、院長室に向かった。
院長室の前に来ると、院長先生はノックをしてから扉を開けた。
自分の部屋なのにどうしてノックをするんだ?
僕の疑問は院長室に入った途端に解消された。
「お待たせ致しました」
声をかけながら院長先生が中に入ると、ソファーには一組のカップルが座っていた。
院長先生は僕を抱っこしたまま、向かいのソファーに腰を下ろす。
「この子がエドアルドですが…。どういったご用件でしょうか?」
どうやら院長先生もこのカップルがどうして僕を訪ねて来たのか知らないようだ。
もしかして僕を捨てた両親が、僕を引き取りに現れたと思っているかもしれない。
だが、僕はこの男の人には見覚えがない。
母親は自分が双子を産んだ事を気付いていないようだと言っていたから、この女の人ではないだろう。
「私達はとある商会を経営しております」
男の人が話し始めた。
「先日、マーガレット様から『自宅に来てくれ』と連絡がありました。いつもはお店まで足を運んでくださるのに珍しい事もあるものだと思っていたのです」
男の人の後を食い気味に女の人が引き継いだ。
「そうしたら、なんとマーガレット様は妊娠中だと仰るではありませんか。私はそれを聞いた途端、とても羨ましくなって、何があったのかとお尋ねしたんです。何か不妊を治すような特効薬でも出来たのかと…。そうしたら、こちらの孤児院でエドアルドという子を養子にした途端、妊娠が発覚したと…」
え?
つまり、マーガレット様が妊娠したから、同じように僕を養子に迎えたいっていう事?
それで、万が一妊娠出来たら、また僕を孤児院に戻すつもりなのだろうか?
一体、いつから僕は子宝に恵まれるためのお守り扱いになったんだろう?
大体、不妊なんて夫婦のどちらかに身体的問題があるからなんじゃないの?
僕が側にいるだけで妊娠するなんて、そんなバカな話があるわけないだろう。
院長先生も僕と同じ考えだったようだ。
「お話はわかりました。しかし、エドアルドを養子にしたからといって、必ず妊娠なさるとは限りません。マーガレット様の場合はたまたまエドアルドを養子にしたのと、ご懐妊された時期が重なっただけかもしれません」
院長先生の話にはこの夫婦も納得したように頷いた。
「勿論、わかっています。けれど、万が一があるのならば、私達はそれに賭けてみたいのです。勿論、妊娠しなければ、そのままエドアルド君を私達の息子として大切に育てるつもりです」
なるほどね。
半信半疑ではあるけれど、望みがあるのなら試してみたいという事か。
なかなか首を縦に振らない院長先生に対して男の人はトドメの一言を放つ。
「万が一、妻が妊娠して、こちらにエドアルド君をお返しに来た際には、これだけの金貨をお支払いしましょう」
男の人がサラサラと紙に書いた数字を院長先生に見せる。
院長先生がお金にがめつい事は、今まで見聞きしてきた事でわかっていた。
「わかりました。それでは養子縁組の手続きを行いましょう」
こうして再び僕は養子に出される事になったのだった。