123 模擬戦
エドワード王子は僕を見て一瞬目を見張ったが、すぐに何も無かったかのように元の顔に戻る。
すぐに思った事が顔に出る僕とは大違いだな。
そういうポーカーフェイスが出来る所はやはり他人に感情を悟らせないように生きてきたせいだろうか?
それにしても、一瞬でもあんな表情をしたという事は僕が誰だか知っているという事だろう。
まあ、こんな特徴的な黒縁眼鏡をかけているのは学院広しと言えども僕くらいのものだろうからね。
クリフトンから僕の事を聞いていたらしいから、すぐに僕が『エドアルド・エルガー』だとわかったのだろう。
こうして初めてエドワード王子と顔を合わせてみると、やはり僕に瓜二つだと思い知らされる。
同じ運動着を着ているから余計に鏡に映った自分の姿を見ているようだ。
僕とエドワード王子がヴィクター先生の所に進み出ると、ヴィクター先生は他の生徒達を自分の後ろに下がらせた。
すると地面に四角い枠組みが浮かび上がった。
どうやらこの範囲内で模擬戦を行うようだ。
ヴィクター先生がその枠組みを指さす。
「その中に入り給え。模擬戦の最中は透明な壁に覆われるからその枠よりは外に出られないからな。勝負が決まったと思われる所で私がストップをかける。制限時間は五分間だ。それで勝負が決まらなければ引き分けとする」
他にも生徒達がいるのだから制限時間が設けられるのは当然だな。
それでも五分間なんて結構長い時間だよね。
僕が枠組みの中に向かおうとすると、エドワード王子はそれよりも先にスタスタと枠組みの中に入って行った。
枠組みの中央にそれぞれの立ち位置がマーキングされている。
僕とエドワード王子はそれぞれの場所に立つと腰に下げていた模造剣を持って構える。
「始め!」
驚くほど近くでヴィクター先生の声が聞こえたが、今はそんな事は気にしていられない。
お互いに剣を構えたまま、ジリジリと相手の隙を窺っている。
その剣の構え方からしても、鏡に映ったかのような印象を受ける。
なんだか滅茶苦茶やりにくいんだけどな。
何と言っても相手はこの国の王子だ。
怪我なんてさせた日には首が飛びそうだ。
クラスメイトが僕の相手がエドワード王子だと知って「ほっ」とため息をついていたのは、自分がエドワード王子の相手じゃなくて良かったと思ったからだろう。
それでも、いつまでもこうして見合ったままではいられない。
意を決してエドワード王子に模造剣を振り下ろそうとした時にエドワード王子も同じようにこちらに向かってきた。
二人の模造剣がぶつかり合いそうになった時、その模造剣が空中でピタリと止まった。
僕とエドワード王子が驚いて空中で止まっている模造剣を見つめると、そこに不意に人影が現れた。
「オーウェン!?」
そこには左右の手でそれぞれの模造剣を押さえているオーウェンの姿があった。
僕はオーウェンの手から模造剣を抜こうとしたがピクリとも動かない。
優男のくせに一体何処にそんな力があるんだろう。
「オーウェン? 誰だ!」
エドワード王子がオーウェンに向かって尖った声を浴びせる。
どうやらエドワード王子はオーウェンには会った事がないようだった。
「ああ、エドワード王子にはこの姿でお会いするのは初めてでしたね。失礼いたしました」
オーウェンは抑えていた模造剣から手を離した。
二人の模造剣の切っ先は行き場を失い、地面に触れる。
「改めてご挨拶させていただきます。私の名前はオーウェン。エドワード王子にはこの姿の方が馴染みがあるでしょうか」
そう言ってオーウェンは一瞬だけマーリン先生の姿を見せて、また元のオーウェンの姿に戻った。
「マーリン先生!? それにその耳はエルフ? もしやこの国を治めていたというオーウェン様ですか?」
エドワード王子はすぐにオーウェンがこの国を治めていたエルフだと思い至ったようだ。
それにしても、ここにオーウェンが現れたという事は、また時間を止めているのだろうか?
チラリとクラスメイトの方に視線を移すと、皆がそれぞれのポーズのまま、身じろぎもしていないのが見えた。
ああ、また僕だけ齢を取っちゃうのか。
今はエドワード王子も一緒だからまあいっか。
僕は諦めてオーウェンの次の言葉を待った。




