120 密会2(クリフトン視点)
「え?」
エドワード王子はクリフトンに言われた言葉の意味がすぐには理解出来ないようだった。
(まあ、無理もないか)
クリフトン自身、その顔を見た途端、思考回路が停止したような感覚を覚えたからだ。
あの男子生徒が「エドアルド・エルガー」と名乗っていなかったら、エドワード王子がクリフトンをからかう為に変装していたと思っていただろう。
「私に瓜二つだったって? …見間違いではないのか?」
ようやく言葉を絞り出したエドワード王子にクリフトンはコクリと頷いた。
「見間違いだったらどんなに良かったでしょうね。『双子』の話が出た直後の事でしたから余計に似ているように思えたのかもしれませんが…。声にしても今思えばよく似ていらっしゃいます」
「待て! 『双子』と言うからにはその男子生徒も同じ一年生だと言う事だな? このクラスにはそんな人物は居ないと言う事はその男子生徒は下位貴族のクラスと言う事か?」
「はい。その男子生徒は『エドアルド・エルガー』と名乗っていました。あのエルガー男爵家の養子です」
「エルガー男爵家の?」
『エルガー男爵家』と聞いて考え込むエドワード王子にクリフトンも当主の顔を思い浮かべる。
何度も陞爵の候補に上がりながらも辞退を繰り返している家門だ。
他の貴族達がこぞって手に入れたがる地位をあの家だけはのらりくらりと躱している。
そのうち纏めて『陞爵しろ』と言われるのではないかと噂されているが、今のところそんな気配はない。
そう言われないように小刻みに陞爵させたいらしいが、今だに男爵の地位を手放す気はないらしい。
そんなエルガー男爵家の養子がエドワード王子にそっくりだとは、一体どういう事だろうか?
「エルガー男爵家はその養子である男子生徒を私の双子の弟だと知っているのだろうか?」
エドワード王子の質問にクリフトンは考えを巡らせる。
他の貴族ならともかく、あのエルガー男爵家に関してはそうとは言い切れないだろう。
「まだ、彼が『双子の弟』だとは断言出来ませんが、あのエルガー男爵家が知っているかどうかはわかりかねます。何しろ爵位には興味のない家門ですからね。知った所で彼を盾に何かを要求してくるとは思えません」
むしろ、自分の所の養子が王族の血を引いていると知ったら全力で隠蔽しそうではある。
「エルガー男爵家の事はさておいて、とりあえずはその男子生徒に会ってみるべきだろう。彼は自分が養子だと知っているのか?」
「貴族の間では割と有名な話ですからね。それに私が『エルガー家の養子』と言った時も特に驚いてはいませんでしたから本人も知っているのでしょう」
クリフトンは話をした時のエドアルドの様子を思い出しながら語った。
クリフトンが『エルガー家の養子』と指摘しても何の動揺も見せてはいなかった。
それよりも、眼鏡がずり落ちて素顔が露わになった時の方がよほど慌てていたように思われた。
「…まさか? 彼は自分がエドワード王子と双子だと知っている?」
ポツリと零したクリフトンの言葉をエドワード王子は聞き逃さなかったようだ。
「何? そのエドアルド・エルガーは自分が私と双子だと知っているのか?」
「双子かどうかはさておき、自分の顔がエドワード王子にそっくりだとは知っているのだと思います。そうでなければあそこまで慌てて私の前から走って逃げたりはしないでしょう」
クリフトンの発言にエドワード王子は「ううむ」と軽く唸った。
「とにかく、一度彼と会って話をするべきだろう。だが、おいそれと私が下位貴族のクラスを訪ねるわけにもいかないだろうな」
エドワード王子にクリフトンも賛同する。
「そうですね。向こうから訪ねて来るならまだしもエドワード王子自ら足を運ぶのはマズイでしょう。まずは私が彼に会ってみましょうか?」
「そうだな。私よりもクリフトンの方が行きやすいだろう。それでも『何事か』と噂にはなるだろうがな」
「なるべく目立たないように行動します。また何かわかりましたらお知らせします」
「頼んだぞ。馬車を待たせているので先に失礼する」
クリフトンが深々と頭を下げるのを尻目にエドワード王子は教室を出て行った。
だが、この後クリフトンがエドアルドと話をする機会は一向に訪れなかった。
そして、そのまま季節は巡り、二年生へと進級したのだった。




